古墳の山口です。

 

 

 

1年前の今頃、2016年7月11日に書いたブログ記事を

見に行ってみました。

 

 

学童保育の職員と、ブログ管理の副業をしていた

セカンド起業時代が、

ちょうどこの時期に終わっているので

「その当時、どんな気分でいたのだろう?」と確認してみようか、と。

 

 

その当時の記事を引用します

     やじるし

 

勤務職から帰宅した後、

私のセカンド起業タイムが始まります。

 

・・・

 

のはずだった、のですが

勤務でクッタリ疲れた後は

床に座り込んで甘いもの食べたり、

「ちょっと気分転換してから」とコンビニに出かけたり、

・・・気がつけば、もう帰宅してから3時間経ってる!

 

 

皆が寝る時間も惜しむという馬車馬期に、

こんなことじゃ、起業一本で立てる日なんて夢のまた夢!

ダメじゃん私、もっと頑張らないと!!

 

 

image  

今日こそは寝落ちしないって決心したのに・・・。

 

 

まぁ、馬車馬期の私、そんな感じです。

勤務職をしながら副業で収入を得る「セカンド起業」を始めて、1年半。

始めた頃は、まれに入ってくるお客様のご注文を仕上げる時間より、

告知記事を作る時間のほうが多かった。

 

「馬車馬って、それだけ求められる仕事があるってことでしょ?うらやましい。」

なんて、実は馬車馬に憧れていた。

馬車馬真っ最中の起業女子さんのブログを追いかけて、まとめ記事を自主的に作ったりしてた。

憧れと、暇さがミックスされてたなぁ。

 

 

 

私はまったく商品が定まらない副業家を、ずっとやってきました。

きっかけは、やっぱり収入がもっと欲しかったというのもあるけど

「自分の表現を商品としてダイレクトにお客に届けたい」という希望があった。

 

勤務職は、お客様にどんなサービスをしようとも

お給料をくれるのは雇い主の企業。

「自分が個人として、どういう商品を提供できる可能性があるのか」を

起業で知りたかったのだ、と思います。

 

 

 

で、いきなり勤務職を辞めて起業します!では

生活が成り立たないシングルマザーの身の私。

そこで、午後だけ勤務のある保育職に就き、

午前中と、寝落ちしなければ夜を起業時間に当てる。

 

 

そんなセカンド起業をしてきて、一年半。

起業収入を得るのは当たり前、

次はこれで生計を立てて、起業一本化して

勤務と起業に分かれて効率の悪い時間・エネルギー・マインドをまとめよう!

という時期に入ってます。

 

 

 

この記事を書いた2016年7月11日には、

「そろそろセカンド起業をやめて、起業一本化したい」という

希望をちょろっと書いてはいますが、

まだ、学童保育の仕事を続けるつもりでいた様子が伺えます。

 

というのは、この文章の後に

「『セカンド起業の作り方』という記事をシリーズで書きたい」なんて

記しているので。

 

 

 

しかし、ブログの次の更新日、7月22日には

「突然、セカンド起業が終わりました」という記事を

書いている。

 

つまり、7/11から7/22の約10日間の間に、

学童保育の退職を決めて、上司や同僚にその意向を伝えて

辞めているのですね。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

まぁ、この10日間の間に突然、勤務が嫌になったわけではなく、

この年の4月に転勤になっていて、

その転勤先のベテラン指導員とまったく合わず、

もっと言うならば

転勤になる前の職場での1年間、その職場のベテラン指導員が

43歳で突然出来た第三子をご出産なさることになり、

産休の間、私がてんてこまいで勤務をこなしたのだけど

そのベテラン指導員が産休を終えて帰ってきたら

人数が過剰になって、私一人が転勤で外に出された、という

事情もあった。

 

その、転勤で出された先に

「一緒に働いた人が心を病んだり、亡くなったりしている」という噂の立つ

意地悪なベテラン指導員がいたんである。

 

だから、コツコツと嫌になってはいたんだろうな、と思います。

 

 

 

でも、「嫌だから辞める」なんて情けないことだと、

ブラック企業でも働いてきた私は思っていました。

一生懸命働くので、どこの職場でも重宝されていましたから、

私さえ「これが普通。仕事がある私は恵まれている」と

思い込んでいれば済むことでした。、

 

 

それが、10日間の間に突然

勤務職を辞めている。

「意外にあっさり辞めたなぁ、誰にも引き止められずに」という思い出が

なんとなくあります。

「私がいなけりゃ!」とやっきになって働いていた勤務職で、

自分が思っているほどは

私がいなくても大丈夫だった、ということです。

 

 

だから、当時の私に助言するとしたら、

「どうせどんな仕事してもお給料一緒だし、

どんな仕事しようがまず辞めさせられることも非難されることもない

職場だったんだから、

もっと要領よくボーーーーーっと勤務してりゃ、

月13万と年に2回のボーナスがずっと保障されてたのに。」と

言ってやりたい。

あの意地悪ベテラン指導員も、2年後に定年だったしな。

 

 

 

・・・・・・・・ってね、

はたからアドバイスするのは簡単だなぁ、と

ほんとにほんとに私も思う。

 

だけど、その当時、

どうしても「もっと要領よくボーーーーーっと勤務」できなかった、

そういう自分がいたんである。

だから、しょうがない。

 

 

 

周りの人が心病んで倒れるような

意地悪なベテランおばちゃんたちと働きながら、

「自分の心の持ちようだから!」と頑張ることで

「なんて頑張り屋ですごいんだ自分!」と

自らを肯定するのが、生きがいだった。

 

そんな自分に、その当時、不意に

「逃げれば?」とささやいた自分が、いたんだろうな。

 

 

 

その後、私はブログ管理として起業し、

起業もドロンドロンだなぁ、と思いながら1年を過ごしてきましたが、

1年前の逃げ足の速さについては

本当に、褒めてやりたい。

 

 

 

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