これ、今年9月の大阪府高槻市の広報紙
「古墳にコーフン協会」会長の古墳シンガー・まりこふんさんと
会員さんのウルフルズ・ウルフルケイスケさんが、
『今城塚古墳・はにコット』開催地の高槻市のいろんな古墳をレポする、という
魅惑の内容でした。
高槻市民に配布された、この広報紙を
高槻市の隣町・茨木市に住む私は、高槻市に住む母から入手しました。
で、茨木市にも広報紙はありまして、
今月の茨木市の広報紙にも、古墳記事が載りました
おお、茨木市にこんな古墳もあったのか、と古墳マニアの私も初耳な古墳記事。
茨木市にある市内最大の古墳「太田茶臼山(おおだちゃうすやま)古墳」は、
かつて「継体天皇御陵」とされて
宮内庁管轄になったため、今でも立ち入りできず
以前に太田茶臼山古墳の近所に住んでいた私も、外堀の周りに張り巡らされた金網から
墳丘をうかがい見ていたものでした。
その後、「太田茶臼山古墳」の築造年代と継体天皇の埋葬年代が違うことが分かり、
茨木市の隣市・高槻市にある「今城塚古墳」のほうがどうやら継体天皇の御陵らしい、
ということになりました。
「誰か偉い人のお墓」となって、今も人を寄せ付けずたたずむ、太田茶臼山古墳。
ふてくされず、茨木市の誇る古墳として胸を、いや墳丘を張ってほしいものです。
