―時の言葉―

 

●小説「笛吹川」〜戦国時代に生きた農民一家の物語

車で中央高速道を走っていると、山梨の甲府盆地あたりに「笛吹川」という標識を見かける。

 

あたりには、その名がついた川が悠々と流れていて緑の沃野が広がっている。

 

私はこの標識を見るたびに、以前に読んだ「笛吹川」という小説を思い出す。

 

この物語は戦国時代に、このあたりで生きた農民たちの人生を描いたもの。

 

戦国武将の武田家の盛衰とともに生きた農民一家の六代にわたる物語である。

それを書いたのは作家の深沢七郎。

 

彼は、かつてカンヌ国際映画祭でパルムドール賞に輝いた「楢山節考」を書いた作家としても有名である。

 

 

さて、この小説の登場人物の名前は、

 

半蔵、半平、ミツ、ヒサ、おけい、タケ、虎吉、平吉、ノブ、惣蔵、安蔵、ウメなど。

 

みな、名前に苗字がない。

農民だからである。

 

戦国物語というと、ふつう名だたる武将たちが活躍する勇壮な世界をイメージするが、この小説は全く違う。

 

武将たちの下で、たくましく生き抜いた名もなき人々の物語なのだ。

 

男たちは戦(いくさ)に駆り出されて行く。

そして、農民ながら、時に侍よりも猛々しく戦い討ち死にする。

 

女たちは、それを傍目に家を守り、子を産み育てる。

 

生まれては、殺され、また生まれる・・・

 

その生と死の無慈悲なまでの繰り返しの中でも、農民たちは子を愛し、家族を慈しみ、時には喧嘩をしたり、大いに泣き笑いしながら人生を生き抜いていく。

 

その姿は哀しく切ない。

しかし、その日その日を、ありったけの知恵を働かせながら一生懸命に生きている。

 

いつ死ぬかも分からない境遇に、彼らにつまらない心配などをしている暇はないのだ。

 

時代に翻弄されながらも、とにかく、与えられた命を生き尽くす。

 

 

さて、“生きる”ということはどういうことなのか?

その本当の姿を、思い出させてくれる物語がここにある。

 

生と死は隣り合わせ。

糾える縄の如し。

 

だから、生きることや死ぬことに、むやみに恐れや不安を抱くことは意味がない。

 

そして人間は、いつも死を意識しているのでなければ、本当に“生きる”ことをしないのかもしれない。

 

現代人は日常の安逸な”生”の中に浸るあまり、皆が死んでいるように生きている・・・

 

戦国時代の農民の生き様を思うと、そう思えてならない。

 

 

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