さて、今回はちょっと大きなテーマを書いてみようかと思います。
占いというのは何か困った時や不安な時、
どっちか決められない時に頼るものだと思います。
「どうしたらいいの?」に対応するのが占いっていうイメージですね。
数秘も同じだと考えていました。
しかし、このところ私の中で
「数秘ってそもそも困った時に解答を得るためのものなのだろうか?」
という謎が生まれました。
長く鑑定をしていくうちに、だんだんと芽生えてきた
「私たちは偶然 この日に生まれたのではないのでは?」
という憶測がこのところ確信めいてきます。
何らかの「意思」が働いて私たちはこの日に生まれて来たという確信です。
そんな符合や偶然の一致がたくさんあったのです。つまり
私たちの誕生には何かしらの
「こう生きなさい」という「意思」があるのではないか?
なんだか凄い話になってきましたね。
そう仮定して考え直してみると、
数秘は私たちに希望を託してくれているのではないか?と思えてきます。
ダメなところを直すとか、不都合を回避するとか、
そういうネガティブなことではなくて。
名前は人間に授けられる初めてのプレゼントだと言います。
しかし、それよりも前「おぎゃー」と生まれた瞬間に
「意思」が私たちに「希望」を授けてくれたのではないか?
という気がして仕方ありません。
なんだか幸せな気分になりませんか?
だとしたら、私たちは自分の弱点にフォーカスするのではなく、
まず自分に授けられた「希望」を知るべきだろうと思います。
ここまで来て、かつて拙著『自分を知る本』の前書きに書いた
「つばめはつばめのように生きること、魚は魚のように生きることの素晴らしさ」
を自分で再確認したように思います。
もっと広く深い意味を込めて。
自分に授けられた希望を読み解くのは少し難しいかもしれません。
2024年1月から
【数秘で運命を知るセミナー】で
みなさんの授けられた希望=運命を言語化する展開を始めました。
この8月以降、ZOOMにてセミナーをやっていこうと思っています。
興味がありましたらぜひご参加ください。
しかしセミナーに参加しなくても
「自分の数秘上の特性をすべて良きものとして捉える」
ことで大まかなビジョンが浮かんでくると思います。
数秘術は統計値だと思って始めた鑑定術ですが、
やっぱり何かしら「未知の力=意思」が働いているのだなと
今さらながら感じています。
それはとても幸せな発見だったと思います。
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