沖縄の空 ジェット機

ついにその日はやってきました。

ホテル療養に入って、3日目の午前中、7月13日、酷い下血に襲われました。

最初の下血の後、ホテルの看護師に状況を説明し、直ぐに助けに来てくれるよう

頼みますが、先方も医師の判断がいる、詳細な状況が知りたい、など、なかなか

らちがあきません。これでは死んでしまうかも、、、と思い、自分で救急車を頼みますが

救急隊は、コロナ施設には勝手にはいれないーとのことで、ホテルの看護士に頼むしか

方法はありません。

何回か電話していると、看護士も、今防護服を着ている、とかもうすぐ、とか言われるのですが、こちらも大量の出血で、意識が朦朧としてきます。

ユニットバスの床、血だらけの中に、私は横たわっていました。

もう眠りたい、眠たいと思っていると、3人の看護士が防護服を着て、部屋に飛び込んできてくれました。

必死になって、フォローをしてくれて、絶対に眠るな!と言われて、何とか意識を保ちながら

救急車まで運ばれていきました。

丁度、昼飯時だったので、看護士の方が1階の療養者の皆さんを退避させていたようです。

私は、皆さんに申し訳ない、と思いましたが、どうすることもできません。

救急車の中で酸素吸入を受けて、少し回復してきたような気がしました。

入院先は、コロナ重症者センターでした。

臨時に開設された施設のようですが、集中治療室とのことで、各種管、検査装置を体に

つけられて、身動きとれない状況でした。

当初は輸血の書類にもサインしましたが、結局輸血はせず、下血は大腸憩室出血とのことで

自然治癒、出血も治まったので、コロナ治療も受けながら、7月16日に重症者センター退院

となりました。

医師にお聞きしますと、コロナと憩室出血は関係ないーとの説明でした。

そして、別のホテルに療養にもどることになります。

7月16日に別のホテル療養にはいり、次の日、7月17日、いよいよ自宅へ戻ることになります。

 

 

 

 

 

清水寺

私は沖縄から戻り、コロナ感染となり、7月7日から7月22日まで、

コロナ+ハイブリッドの戦いを繰り広げてきました。

書いていることは真実ですが、どう評価されるかは、皆さんの自由です。

また、多様な情報を公開することにより、少しでもコロナ対策を進めてほしい

という思いもあります。

 

私自身は、本年、積年の病を一掃すべく、3月23日に前立腺肥大のレーザー手術を受け、

術後の養生もなんとかこなし、全快迄、もう少しの感じでした。

ですから、体調としてはベストとは言えない状態であったことは事実です。

京都 二年坂、三年坂

近所の医院のコロナ陽性が、7月9日、発症日は7月7日とされました。

やがて保健所から連絡があり、7月11日にホテル療養に入ることが決まりました。

迎えのタクシーも手配され、VIP仕様だな、さすが日本政府と感心していました。

体調は、咳、痰、のどの痛みなどありましたが、軽症者の部類だったと思います。

 

ホテルの部屋も上質で、設備も良く、感心していました。また弁当も、偏りはあるとは言え、

肉弁当とか、幕の内でも上質でした。恐らく、1000円位はする弁当内容だったと

思います。

また、ウーバーイーツも注文することができ、実際、2日間、私はウーバーイーツを

頼んでいました。多分、コロナ感染者なのに、食を楽しむ風流人と化していたのです。

そして審判の日はやってきます。

万博公園

 

糸満の甘い思い出

いままで、コロナの情報には頻繁に接していたし、実際2020年には偽陽性にもなりました。

しかし、今回は本番だったのです。

沖縄から帰ってまもなく、同居している家内、三女、私と三人とも体調を崩したのです。

まず、家内が不調を訴え、医者へ行くとコロナ陽性となり、保健所経由でホテル療養となりました。

次の日、三女と私が不調となり、やはりコロナ感染していました。

私はホテル療養を選び、三女は自宅療養を選びました。

因みに、私はコロナワクチンを3回接種していました。

家内と三女は、コロナワクチン無接種です。

幸い、二人とも発症日から10日でコロナ療養終了となりました。多少味覚、嗅覚の低下、はありましたが、

回復してきています。

私は、ホテル療養から壮絶な体験をすることになります。

糸満のビーチ

 

翌日は、糸満のホテルに移動です。

糸満 サザンビーチホテル

抜けるような青い空

朝食ビュッフェも楽しめました

海水浴場もオープン

素晴らしいチャペルも

国際通りA&Wから

今思い出しても、身震いする7月でした。

今、振り返って思うことは、

人生の中で、そういう時期もあるーという達観でしょうか。

物語のスタートは、7月2日に始まります。

親族の結婚式で、我々は、7月2日に那覇にフライトしました。

もともと7月3日にフライト予定していたのですが、台風の接近でフライトを

一日早めたのです。

おかげで、早朝3時起き、タクシー、バスと乗り継いで、何とか関空発6時35分

のフライトに乗ったのでした。

フライトは順調で、予定通り那覇に到着。

国際通り

余分に増えた1日は、那覇の観光に、食い物探索に費やしました。

おもろまち

そして次の日のお祝い用に、安物ではありますが、ワインを準備

しておきました。

台風による雨はあったとはいえ、素晴らしい那覇でありました。