吉田一紀プロデュース『ららら・らすと和ーど』第1回公演から早いものでもう2年半がたってしまいました。
『ららら・らすと和ーど』第1回公演
僕は今まで番組や書籍・雑誌・ネット企画モノなどを書いてきたライターですが、もっとも書きたいものは脚本です。
32歳までサラリーマンをしておりましたが、脱サラしたのは脚本家になるためでした。
マレーシアに移住できる費用を稼がせてもらえたのはライターの仕事ですが、ずっと自分の中では脚本を書きたい! という気持ちが大きくありました。
今まで何本かご依頼いただき書いた脚本が舞台になっています。
歴史ものや青春群像劇、児童劇団、人情喜劇などなど。。。
ショートムービーを書かせていただいたこともあります。
でも、収入としてはライターのほうがはるかに多く、どうしてもライターの仕事へ割く時間のほうが多くなってしまいました。
マレーシアに移住したことをきっかけに、もっとも書きたい脚本をやってみよう、そして家族愛のコメディを書きたいという思いがずっと前からあったので、それを実現したい!
マレーシアに移住して1年たち、マレーシア移住脚本家と名乗り、2012年8月に僕自身のプロデュース公演『ららら・らすと和ーど』第1回公演を開催したわけです。
舞台制作に通常1年くらいはかかります。
しかし、このときは2012年2月に思い立ち、3月に役者さんやスタッフさんにお願いし、劇場をおさえ、それから脚本を書き始めたような体でしたので、千秋楽までとにかくバタバタでした^^;
でも、役者さん・スタッフさんともに協力してくださる方に恵まれ、何とか無事に実現することができました。
特に感激だったのは原田大二郎さんが座長を引き受けてくださったことです。
僕が脚本家になった際、目標がいくつかあったのですが、その一つが原田大二郎さんと仕事をさせていただくことでした。
僕が小学生の頃、自営業をしていた両親は帰りが遅く、いつも姉とばかり遊んでいました。
危ないから外に行くなと言われていたのです。
そうすると遊ぶ相手は姉やその友達ばかり。
つまりいつも女の子と遊んでいたわけです。
そのせいで言葉使いも仕草も女の子っぽかったのでしょう。
「オカマ」「オカマ」と学校の友達から言われたものです。
そんなとき食い入るように見ていたのが、当時の大人気刑事ドラマ・Gメン75。
特に関屋警部補演じる原田大二郎さんにとても憧れました。
関屋警部補は正義のためにまっすぐ突っ走る性格で、とても男らしい!
「てめえ、なめやがって!」と犯人を追うその表情がとてつもなくカッコいい!
そして、拳銃を腰の後ろからさっと出すポーズはよく真似していたものです^^
今、あのような乱暴な言葉使いで犯人をバンバン撃ちまくったらかなり問題になるかと思いますが^^;
オカマと言われていた小学生当時の僕には、こんな男らしい大人になりたい! と憧れの的だったのです。
画像ですが、関屋警部補のかっこよさをご覧ください^^
(どなたかがアップされたものですが)
ちなみに、声は当時の関屋警部補そのままです。
Youtube『関屋警部補よ永遠に』
女優の木村有里さんからいろいろと教えていただく機会に恵まれ、僕が原田大二郎さんとお仕事をさせていただくことが目標の一つですと申し上げると、「大ちゃんなら紹介してあげるわよ」とおっしゃってくださったことがあります。
木村有里さんが出演されている舞台に原田大二郎さんが見にいらしていたのです。
ちょうど僕も同じ日に拝見していたので、劇場の通路ですれ違いました。
しかし・・・木村有里さんにはご紹介くださらないようにお願いしました。
僕は原田大二郎さんと仕事の現場でお会いすることが目標なのであって、単にお会いしたいわけではなかったからです。
でも、あの関屋警部補が近くにいらっしゃるかと思うと、ミーハー根性丸出しで^^
本当はぜひお話させていただきたいのですが、そこは目標のためにグッとこらえました。
そんなことがあってから3年くらいたった後でしょうか、『ららら・らすと和ーど』第1回公演を企画し、木村有里さんにご出演をお願いした際、「主役は大ちゃんにお願いしたらいいわよ」とその場で木村有里さんが電話してくださいましてね。
携帯で話されている様子を僕は心臓バクバクで見つめていたことをよく覚えています^^
すると、大二郎さんは僕にお会いにもなっていないし、企画書もお読みになっていないのに、「僕が主役の本を書きたいと言っている作家がいるなら、僕は出るよ」と快くご承諾くださいました。
僕が憧れているだけでなく、広く日本人に知られている大俳優さんがこんな小さな企画に参加してくださり、僕の書いたセリフを喋ってくださるのかと思うと本当に感激でしたね。
普通ではあり得ないことと思います。
原田大二郎さんの優しさと、木村有里さんのおかげで脚本家の夢の一つが実現しました。
『ららら・らすと和ーど』第1回公演はとても意味のある舞台でしたが・・・僕としてはかなり後悔が残ってしまいました。
時間とお金をかけて見に来てくださった方々には甚だ失礼ですが、準備期間が少なかったあまり、僕自身が満足するコメディを書くことができなかったのです。
しかし、原田大二郎さんや木村有里さんなどベテラン俳優陣のみなさんや、演出家の釜さんなどスタッフさんのお力を借りて何とか形になったものの、僕としては後悔ばかりが残ってしまいましてね。
あのときどうしてこうできなかったのか? もっとこうすればよかったのではないか? と。。。
すっかり自信をなくしてしまい、また主にライターの仕事をするようになりました。
その後ほとんどブログも更新しませんでしたし、僕のプロデュース公演『ららら・らすと和ーど』シリーズも止まってしまったわけですが・・・
ちょっと長くなりましたので、
この続きはまた明日^^