結局、パンの買い置きがなかったのでご飯を炊くことにした。炊飯器のスイッチを入れ、洗濯機のスイッチも押す。羽生結弦が家にいるということ以外、何の変化もない。
ワイドショーでは相変わらずコメンテーター気取りの人間たちが、大声で正論のように自分の意見を語っている。
彼はそれを、ソファに横たわってじっと眺めていた。

「ご飯、少し時間がかかるかも」
「大丈夫です。まだお腹すいてないから…」
カーテンの隙間から差し込む光が、彼の白い腕に当たり、掴まないと今にも消えてしまいそうなほどまぶしく光っていた。

「肌、白いですね」

フローリングをモップがけしながら、世間話のように話を切り出して生存確認をする。

「ずっと、リンクにいるから」
 「遊びに行ったりしないんですか?」
「外に出ると、みんなが望む"羽生結弦"じゃなきゃいけないから」
 「そんなこと、誰が言ったの?」
「言われなくても、分かるよ」

すこしずつ言葉の語尾がほぐれてくる。きっと、少し怒っている。"まだこれ以上、僕の心に入ってこないでほしい"そういわれているようだった。
皆が望む、羽生結弦の姿。彼は一体、誰の人生を生きているのだろうか。誰のために戦うのだろうか。誰の期待に応えようとしているのだろうか。

私は言葉を飲み込み、モップ掛けを終えて洗濯物に取り掛かる。三人分だと、やはり少し多い。

「お米…炊けました…」
 
静々とベランダに声を掛けにくる姿は、怒られた子供のようだった。ばつの悪そうに私から目をそらすと、再びソファに横になる。



 

 

 

 

 

 

 

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