わたしのお母さんが
生きていたときのハナシなんですが、

「市営住宅がちっとも当たらない。
ウチには働けない息子もいて、
はなはだ不安だ」というハナシを
お母さんはあちこちでしてました。

「そうしたらね、かりん」

なんでも、
共産党に相談に行ったら
市民運動をしてくれる人を
紹介してくれるから、
一緒に活動したらいい、という
アドバイスを受けたそうです。

わたし、激怒。笑笑


市営住宅が当たらないのは、
以前に同居も介護もしていない人まで
同居人として書いて、市営住宅が当たり
その後バレたからであります。

働かない息子、と
ヒトゴトみたいに言ってますが、
あんたらの毒に当てられたことも
かなーり、かなり原因がある

のに、

「それを政治問題にするのは、違うと思う」
ということを

エライ迫力で言いまして、
働かない息子である兄を軽めに脅して、

個人裁量の問題を政治問題にすり替えを
無事阻止致しました。


その後なんですが、
またもやお母さんは

どこかの誰かから入れ知恵されて、

「自分と息子を世帯分離したら
生活保護がもらえる」みたいなことを
言い出しまして、

「分離しなきゃいけないのは、
世帯ではなく、母子だよ!」

というようなことを
またもやエライ迫力で言いまして、
ムダな税金の供出を阻止しました。


このときからですね、
政治に対する見方が変わりました。



それは、本当に
みんなのためになることを
主張しているのか?

正義のおめんをかぶった
個人の私利私欲を主張していないか?


だいたいですね、
議論は責める方がカンタンなんです。

それは優先席を譲れと
元気いっぱい目をランランとさせて
どなるジーサン、

レジを待たせると
偉そうに責めるオッさんを見ても
わかると思うのですが、

一見正義に見えることを
声高に言うって、
それはそれは気持ちいいし、結構たやすい。


しかし、
よーく、考えたら、

優先席は
元気いっぱいな人のための席ではないし、

レジはみんながたくさん買うから長くなり、
どなる人がいれば、
ますます時間がかかる。

要は、私利私欲を
声高に言ってるワガママな人であります。


ということに
お母さん事件があるまでは
まあったく気がつきませんでした。

わたしなんかは、
気が弱く、あまり偉そうなことを
言いたくないんで、

声を上げる人は義憤にかられて
やってるんだと思い込んでいましたが、

そうじゃない場合も現実にあるから
ちゃんと見極めないと
いけないなーって思います。


お母さんみたいな
一見弱者みたいな人って、
そのテ系がイロイロ寄ってきました。

信仰宗教の勧誘、
売りつけ目的やマウンティング
目的のママ友
布団屋や健康用品販売の人
(布団は粗悪品、健康用品は
サギで知られてるところである)

政治団体もそれにアプローチが
よく似てました。



そして、
お母さんは弱者ではなく、

弱い人でありました。


心が、そして、意志が。

悪いのは
政治でも、神でも健康でもなくて、
お母さん自身です。


しかし、
「あなたが悪いのではない」と言って
みんな近寄ってきました。



それらは、

お母さん自身が
本当は向き合わなきゃいけない問題から
目をそらさせてくれる代わりに

それぞれが欲しいものを
持っていきました。




わたしは
そんな理由から

ともすれば
弱者の立場でも
生きていける息子やわたしに
それを許すことは絶対にしません。


それから

自分が向き合わなきゃいけない課題に
取り組むようにしています。

弱者にも弱い人にも
なってはいけないし、


自分自身から派生した問題を
政治や神のせいにしたくないし、

わたしたちから
何かを奪う目的でやってくる人を
ちかづけたくないからです。




都知事を見てると、

かつて、
お母さんに近寄ってきた人と
同じような人がポツポツいて、

そんなことを思い出してしまいました