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メキシコ北部、商売は命懸け 麻薬戦争で治安悪化、中小経営者ら悲鳴

2006年に政府が「麻薬撲滅戦争」を宣言したメキシコでは、麻薬密売組織と軍との戦闘や組織間の抗争によってこれまで3万人近くが殺害されている。国内経済は好調を維持しているものの、極端に治安が悪化した北部では組織犯罪の被害に遭って休業を余儀なくされる中小企業が続出。観光業への打撃も深刻だ。政府は地方の警察組織の再編を図るなど、一段の安全強化に乗り出している。

爆発、発砲相次ぐ

メキシコ第3の都市モンテレー郊外のグアダルーペで手作りアイスクリームの店を営むビクトル・ウーゴ・バラガンさん(30)は、麻薬組織による犯罪や暴力が地域経済にもたらす影響を肌で感じている一人だ。バラガンさんの店の売り上げは、2010年1~9月の間に4割減少。10月、店を構える街の中心広場で麻薬密売人が関与した爆発、発砲事件が立て続けに発生すると、客足はさらに遠のいた。
事件では2人が死亡。負傷者は十数人に上った。バラガンさんは「広場には大聖堂などの名所もあるが、事件のせいでだれも寄りつかない。ここで15年商売しているが今年は最悪の年だ」とため息をついた。06年以降、モンテレーの年間殺人発生率は97%上昇。10年は10月末時点で954件発生している。同市の警察も、重武装した犯罪組織による暴力行為にはなすすべがないのが実情だ。モンテレー商工会議所の代表者を務めるフアン・エルネスト・サンドバル氏は「自前の警備組織を用意できる大企業と違い、中小企業の多くは強盗に遭うのを恐れて早い時間に業務を終えてしまう。経営者は誘拐されないように従業員と同じ服装で過ごす。警察はあてにならず、商売するのも命懸けだ」と説明。事態の深刻さを訴えた。

経済成長に落とす影

こうした局地的な麻薬犯罪の激化にもかかわらず、メキシコ経済は成長を続けている。10年上期の外国投資は前年同期比で28%増加。1~10月にかけて85万人を超える雇用が創出され、11月には主要株価指数が過去最高値を更新した。中央銀行は10年の経済成長率を最大5%と予想している。
それでもクレディスイスのメキシコシティー在勤エコノミスト、アロンソ・セルベラ氏は「麻薬戦争がなければ、メキシコ経済はさらに速いペースで拡大していただろう。北部の中小企業経営者は地元の犯罪組織にみかじめ料や身代金を払う必要がなくなり、その分を自社の設備投資と雇用に回せたはずだからだ」と分析する。政府は麻薬密売組織が引き起こす抗争や警察との武力衝突の影響について、毎年の国内総生産(GDP)で1.2%押し下げると試算しているが、セルベラ氏は「強盗や誘拐など一般市民が被る損失を加えれば、この程度の減少ではすまない」との見方を示した。

密売組織と癒着も

カルデロン大統領は麻薬密売組織への対抗措置として、各都市の警察当局を州ごとに統合し、新たな組織の下での治安回復を目指そうとしている。野党はこの計画に反対の意向を表明しているが、公安当局のフアン・ミゲル・アルカンターラ局長は「麻薬組織と地方警察との癒着が深刻だ。断ち切るためには組織を再編し、適正な賃金体系を確立する必要がある」と改革の正当性を強調する。

現在、メキシコ各都市の市警職員は麻薬組織を押さえ込むだけの十分な訓練を受けておらず、政府の労働統計によれば全体の6割を超える職員が月4000メキシコペソ(約2万6600円)ほどの低賃金での勤務を強いられている。国内の工場作業員の平均月収は9980メキシコペソ。当局が北部の各都市に所属する警察官を対象に調査を行ったところ、麻薬組織から賄賂を受け取り何らかの便宜を図ったことがあると回答した警察官は全体の7割に上ったという。(ブルームバーグ Thomas Black、Jonathan Roeder)