新型コロナウイルスに感染した人の精子数が減少するという報告は新型コロナウイルス流行当初に散見されましたが、精子数減少のメカニズムは解明されていませんでした。
今回の論文では、そのメカニズムにACE2(アンギオテンシン変換酵素2)受容体が関連していると解明されたのでご紹介します。
・ACE2受容体
ACE2は、主に血圧調整に関与している酵素であり、その受容体は肺や気管支、心臓、消化器等多くの組織に存在しています。
本報告では、このACE2受容体が精巣にも存在していることがわかりました。
・ウイルス感染の仕組み
ウイルスは生きた細胞に侵入し、細胞内で増殖します。
細胞に付着、侵入したウイルスは、自身の遺伝物質を放出し、感染した細胞にウイルスを複製させます。
ウイルスに感染した細胞は、正常に機能しなくなり死んでしまいます。
死んだ細胞から増殖したウイルスが放出され、新しい生きた細胞へと感染を繰り返し増えていきます。
新型コロナウイルスは細胞表面にあるACE2受容体に結合して細胞内に入り増殖します。
精巣では精原細胞(将来精子になる細胞)、ライディッヒ細胞(男性ホルモンを分泌する細胞)、セルトリ細胞(精子形成の過程に関与する細胞)でACE2受容体が多く発現していることがわかりました。
また、本報告ではACE2陽性の精原細胞と陰性の精原細胞の遺伝子解析結果を比較しています。
結果、ACE2陽性の精原細胞では、精子形成に関与する遺伝情報が少なく、ウイルスが増殖する際に必要な遺伝情報が多く発現していました。
これはライディッヒ細胞、セルトリ細胞での比較検討でも同様で、これらACE2陽性細胞は新型コロナウイルスの感染に対して脆弱であることがわかりました。
このことから、新型コロナウイルスは精子の元になる細胞や精子形成に関与する細胞に直接感染し、細胞が死滅することによって精子数が減少してしまう可能性が示唆されました。
本報告では精子の成長過程ごとにACE2の発現レベルを検討しています。
初期精母細胞、後期精母細胞、精子細胞でACE2の発現レベルが非常に低く、精原細胞でのみACE2が高発現していました。
よって、射出精子に新型コロナウイルスがみられる可能性が低いことが示されました。
一方、精液中にウイルスがみられないか検討した報告があります。
対象は感染後1週間以上経過した患者120人です。
結果は新型コロナウイルス感染した患者の精液では新型コロナウイルスRNAは検出されませんでした。(*2)
以上より、射出精子及び精液中には新型コロナウイルスがみられる可能性は低く、精液の感染力は低いと考えられます。
新型コロナウイルスに感染し、精子数が減少した場合、3ヶ月程度で回復するという報告も見受けられます。
ご心配な方は精液検査を受けてみてはいかがでしょうか。
当院では精液検査をweb上からでも予約することができます。
(精液検査が初回の方は一度ご来院していただき、採精の説明を受けて頂いたのちに、精液検査をご予約いただいております。)
参考文献:scRNA-seq Profiling of Human Testes Reveals the Presence of the ACE2 Recepter,
A Target for SARS-Cov-2 Infection in Spermatogonia, Leydig and Sertoli Cells
Cells. 2020 April 9
(*2):Sperm quality and absence of SARS-CoV-2 RNA in semen after COVID-19 infection: a prospective, observational study and validation of the Sperm Covid test
Fertility and Sterility December 20, 2021