こんにちは。

 

気がつけばLA生活37年。

改めてその数字を見て自分で驚いています。

 

私がLAに来た頃は、iPhone(スマホ)もGoogleもSNSもありませんでした。

車はカセットテープです。

 

わからないことがあれば本で調べる。

人に聞く。

車社会なので地図は車に1冊必要。分厚いトーマスマップ。

目的地に行く前に、地図で調べどこで降りてどこで曲がるかまで頭に入れて出発する。

 

日本との連絡は手紙です。

電話は高かったから。

日本に彼女がいた周りの男性たちは、1ヶ月の電話代600ドルと言ってました。

まあ大変。

家賃が600ドルの時代よ。

 

あの頃のLAと今のLA

同じ場所なのにずいぶん変わったなと思います。

 

 

一番変わったと思うのは日本です

 

これはLAそのものではないのですが。

 

当時、LAで日本のものは安く手に入りませんでした。

しかも何でもあるわけではなかった。

日本のマーケットは当時からありましたが、今ほど店舗数は多くありませんでした。

 

日本食レストランも今とは比べ物にならないほど少なかった。

数が少ないから「LAの日本食レストランは大抵知ってる」状態でした。

今はありすぎて、もうわかりません。

 

当時アメリカ人は、

生の魚が食べれない

素手で触ってる寿司は無理

豆腐何それ

ご飯に醤油かけ、コーラを飲みながら食べる

そんな時代でした。

日本通の人はいましたが多くありませんでした。

 

まさか、こんなにも日本のものが安く手に入り、アメリカ人に好まれる時代になるなんて

想像も出来ませんでした。

 

 

LAの日本人も変わりました

 

今の日系社会と昔の日系社会。

 

今も昔もLAは日本人は多いですが、今は日本から来たばかりの人でも

暮らしやすくなったと思います。

 

日本語の情報は簡単に手に入るし日本のものも安価で手に入る。

 

便利になったと思います。

便利すぎて逆に「日本にいるみたい」と思うこともあります。

 

 

変わっていないLAもあります

 

車社会は全く変わっていません。

電車はアムトラックしかなかったのですが、今は路線がかなり増えました。

それでもまだ車が主流です。電車は「乗ったことない」人の方が多いと思います。

 

ちょっとそこまでが車

買い物も学校も車

そもそもここは歩いてる人がいない。

何もかもが遠すぎて、歩く人がいるという前提で街が出来ていないのです。

 

 

そしてLAの青い空を見ると

今でも「LAだな」と思います。

 

パームツリーと青い空。これは昔から同じです。

それを見ると一気に何十年も時間が戻ったように、今でもなります。

 

 

37年住んで一番変わったのはわたしかも。

 

LAが今と昔で変わったことを書こうと思ったのですが

こうやって書いていくうちに

一番変わったのは私自身かもと思います。

 

最初はわからないことだらけだったアメリカ生活。

今よりももっとここは「異国の地」でした。

文化の違いや「嘘だろ」と思うようなことだらけです。

 

今はそれらを「これがアメリカだからね」と普通に受け止めています。

それが諦めなのか、認めているのか、もうどうでもいいと思っているのかはわかりません。

ただ慣れただけでしょうけれど。

 

例えばどういうことか。

運転のマナーや全てが時間にルーズなところ

直前キャンセル、話が違う、嘘だらけ。でも驚きません。

 

特にキチキチしている日本で育っているので

このいい加減で適当で嘘だらけで表面だけのLA(言いたい放題だな)

 

それにすっかり慣れてしまい

昔は「どうしてそうなのよ」と思ったことが今は全てを普通のこととして

受け止めてる自分がいます。

 

理由はそこで立ち止まっても前に進まないからです。

すぐに別の方向へ向かって進む癖もつきました。

 

なのでたまに日本に帰ると

日本って何でこんなにすごいのだろうと思ってしまいます。

それが日本では当たり前のことであっても。

 

日本最高

やっぱり日本だよ

こんな素晴らしい国は他にない

 

そう思うのです。

多分、海外生活する人は、みんな少なからずそう思うんじゃないかな。

 

でも、LAの空港へ降り立つと

「いい加減で適当で嘘だらけで表面だけの」この場所が

妙に落ち着く。

 

そして、今も昔も私はそんなアメリカに馴染んでおり

だからこそ、37年もここに住んでいるのだろうと思うのです。

 

日本に帰りたいと思ったこと

実は一度もありません。一度も。

あんなに素敵な国なのにね。多分、私は日本人で「いつでも祖国には帰れる」と思っているからです。

アメリカは離れるともう戻れない気がする。

 

私は、ここに住まなければいけない理由があったわけではありません。

何かを成し遂げたい壮大な目標があったわけでもない。

何もないのに「アメリカに住みたいから」という理由だけで

1人でここに来ました。

 

だから「何かのせい」「誰かのせい」にしたことがありませんでした。

自分で日本の全てを捨ててきたからです。リセットして、と言った方が綺麗かな。

一応会社員でバリバリと働いていたのでね。

 

そもそもが、私自身「〜のせい」にするのが大嫌いな性格なのもあります。

全ては自分が決めて自分が行動した結果。

何かあっても「それをどうすれば避けられたのか」をまず考える。

 

話を戻します。

 

あれ、何の話を書いてたんだっけ。

 

37年前のLAと今のLAだ。はい。

長くなるのでそろそろまとめようと思うのですが更に書きます。

 

治安は昔の方が悪かった。街も今より汚かった。

皆の車も昔はすごかった。窓がない、ドアをテープでつけてる、サイドミラーが取れてる。

そんな車も、当たり前のように走っていました。

 

店の対応がよくなりました。SNSのおかげだと思います。

差別も昔ほどなくなったと思います。

逆に個人、車や人のマナーが悪くなった気がする。

昔の「古きよきアメリカ」は、今のLAには残っていない気がします。

物価は5倍、不動産や家賃も5倍。全ての値段はとんでもなく上がりました。

 

でも、私が一番感じる変化は食べ物が美味しくなったこと。

 

本当にLAって美味しくなかったんです。

 

 

街はかわり

人もかわり

生活は便利になり

食べ物は美味しくなりました。

 

でも青く広い空は今も昔も変わりません。

 

24才から永住し今年61才。

そこが一番変わったことじゃないかと思いながら

 

今でもLAで暮らしております。

 

2026年夏。

 

 

うまくまとまったところで終わりたいと思います。

 

 

本日も見てくださりありがとうございます!

 

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LAに住んで良かったこと

ラッキーと梅ちゃんの飼い主になれたことです。ワン

 

 

 

 

 

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