続きです。一気に書きました!

 

 

 

ロサンゼルス近郊にあるニクソンライブラリー訪問記です。

長くなりますので興味のある方のみ

ご覧になって下さい。

 

前回までの記事

*NixonLibraryその①大統領になるまで*

*NixonLibraryその②1期目ベトナム戦争撤退と数々の功績*

 

*ロバートオニールとヨーバリンダの街*

 

 

 

+++++++++

 

 

大統領1期目の4年間

ニクソン政権の数々の功績は認められ

2期目の大統領選挙では圧勝でした。

 

赤が共和党勝利。真っ赤っ赤!です。

民主党はマサチューセッツだけとりました。

 

まさにニクソン最高の瞬間です。

が、その後すぐ

 

アメリカの黒歴史、ウォーターゲート事件です。

 

これについては経過とそれらの資料が展示されており

事実としてしっかり残されていました。

このライブラリーの評価される大きな点です。

 

 

Libraryが出来た当時、沢山の資料は

ワシントンDCからの持ち出しを禁止されていたので

National Archives and Records Administration

(通称NARA)に保存され

ここにはオリジナルは置いていなかったそうです。

 

つまり大統領資料が2箇所に分かれて置いてある

唯一の大統領図書館なのでした。

 

そして、ニクソン図書館は2007年、NARAに運営される事となり

(他のPresidentLibraryはNARA運営がほとんど)

 

やっと、ニクソンに関する全資料を

ここに保管される事になります。

 

 

2007年以降、やっと本物のPresidentLibraryになったわけです。

 

なので、2007年以前より中はかなり変わっていると思います。

(数年ごとに模様替えするそう)

 

ウォーターゲートについては長くなるので省略しますが

ニクソンは大統領弾劾決議をされる前に自ら辞任しているので

弾劾を受けた大統領でもなければ

逮捕された訳でもありません。

 

 

辞任し、副大統領だったフォードが大統領になり

フォードはニクソンに、大統領恩赦を与えます。

それでこの疑惑は全て終了しました。

 

ヘリでホワイトハウスを去る所。

 

大統領勝利の写真と同じポーズです。

ホワイトハウスでは涙を流したそうです。

 

 

そしてニクソンの生い立ちが展示されていました。

 

LA近郊のヨーバリンダ生まれ

ウィッティア育ち。

 

家は八百屋で小さな頃から手伝っていて

なかなかの苦労人だったよう。

14才で、毎朝4時に起きLAまで行き

新鮮なフルーツや野菜を仕入れていたそうです。

 

2人の兄弟が病気で、治療費の為に家族は金銭的にも苦労したそう。

 

 

高校ではフットボールをし成績も良く

ハーバードからもオファーがきたそうですが

 

兄弟の治療費の為に地元を離れることをせず

地元の大学へ進みます。

 

家族を大切にする

どこにでもいる普通の「白人」です。

 

 

奥様とのなれそめ。

 

 

第二次世界大戦では海軍として参加。

ポーカーの達人で

戦争が終わるまで賭けポーカーで1万ドル稼いだという逸話も。

 

ロサンゼルス名物、ローズ・パレード。

この中に座ってニクソン夫妻と写真が撮れます。

手前はカメラを置く台。

大統領を辞任してからも

レーガンとは多く会談し

沢山アドバイスをしたそうです。

それはクリントンまで続いたそう。

 

ニクソン時代の事は沢山映画化され風刺画も残っています。

面白おかしくかかれた顔

ジャンプ台の様な鼻

Vサイン。

 

嫌われていたのか茶化されていたのか

何かと話題になっていた事が、展示されているのも

興味深かったです。

 

 

ただし。ここには

オリバー・ストーンの「ニクソン」のポスターはありませんでしたね。

この場所には相応しくないという事なのでしょうか。

 

オリバー・ストーンの映画については

ディズニー娘がニクソン娘に

「オリバー・ストーンは

あなたの家族、大統領、アメリカの歴史に

深刻な害を与えている」と手紙を残しています。

 

 

 

私は戦争反対ですし

共和党でもありませんが

 

ニクソンが残した約5年の功績は

驚く程の内容が詰まっていました。

 

 

キッシンジャーという強烈なパートナーがいたからこそですが

大統領はニクソンですから。

 

 

フルシチョフとの対話がその後のアメリカとソ連の関係に

繋がったのかもしれませんし

中国との接近が

今の時代に繋がっています。

 

まあ専門家でもないのでやめときますが

 

私はちょっとニクソンに興味を持つようになり

見方がもっと人間的になりました。

賛否両輪ありますが

それらも含めて。

 

 

そして今のアメリカに、多大な影響を残したのは

それまで民主党だった南部の白人層が

ニクソンの影響・政策により

共和党になった事だと思います。

 

南部は昔民主党だったのに。という疑問が解けました。

 

 

そして1993年、81才で生涯を閉じます。

 

大統領は国葬されますが

ニクソンは途中で辞任したため

それはされませんでした。

家族が国葬を拒否したという話は残っています。

 

 

このLibraryがある場所に

ニクソンの生まれた家がそのまま残っています。

 

 

こちらオリジナルのまま。場所もこのまま。

つまり、生家のある場所にライブラリーを作ったのですね。

そしてお墓はこの隣にあります。

 

1才年上の奥様が他界された翌年

ニクソンが同じ年齢で亡くなっています。

 

 

この中はガイド付きで見学出来ます。

中は絨毯机棚まで当時のオリジナルのままでした。

とても小さな普通のアメリカの家。

ピアノがありバイオリンがあり。

 

そしてマリンのヘリがここに残されており

こちらもガイドつきで見学可能。

 

中に入って右が大統領席

向かいがファーストレディの席

その左横が

ヘンリー・キッシンジャーの席だったそうです。

 

 

ニクソンの性格、人柄が見えたのはこれ。

今でもアメリカどこでもある黄色いノート。

 

ニクソンは常に自分でメモをとり、残していたそうです。

亡くなる直前までそれは続いたんだとか。

真面目で几帳面だったのですね。

 

 

 

ウォーターゲート事件、嫌いだから、興味もない、共和党だからと

知ろうとしなかったニクソン大統領のこと。

 

マスコミを怒鳴りつけたり、口が悪かったのは有名で

その度それらを報道されてイメージもよくないものでした。

 

でも、大統領としては

口だけでなく数々の功績を残した人だった。

ウォーターゲート事件がなければ

残りの任期で更に何かを成し遂げて

その後のアメリカももっと変わっていたのかもしれません。

良くも悪くも。

 

A man is not finished when he's defeated; he's finished when he quits.

人間は負けたら終わりではない。辞めたら終わりだ。

 

ニクソンの名言で終わりにします。

 

お疲れ様でした。

 

*レーガンライブラリーはこちら*

 

 

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