1996年2月のことですから、今年でちょうど30年になるんですね。
4月初めにインドネシアから帰ってすぐ札幌で当時の新聞をチェックして切り抜きを
ファイルしたので、私も30年ぶりに初めてそのファイルを開きました。
当時の状況を伝える動画の一番最後に、遺族が「世の中の人に覚えておいてほしい」と言っているので、ここに紹介しておきます。
悲惨とか痛ましい、という言葉しか出てこないのですが、新聞を読みながら一つだけ驚いたのが、この写真です。
事件は2月10日の早朝に起こったのですが、14日に4回目の発破でやっと崖が崩れました。
14日午前11時
そして、新聞記事が正しければ、その20分後に重機が入っている。
14日午前11時20分
実際は多少の時間的なズレはあるでしょうが、崖が落ちたすぐ後に、重機が入って、指揮する人も入っている。なんとか助けたいという気持ちが見えるじゃないですか。発破のすぐ後にソレッとばかりに入る。危険がないかどうか確認する必要があるだろうし、今ならば労災の問題も出て来るし、それでも必死の使命感が伝わってくる。
1996年.日本が一番元気だった時代です。

