1月28日に、埼玉県八潮市で起こった陥没事故。あの事故をきっかけに、我々が生活する真下には、下水道が張り巡らされていることを認識した人は多いのではないだろうか。
そのニュースを聞いた時、私は下水道をクライマックスに使った名画を思い出した。キャロル・リード監督の「第三の男」(1949年)。オールタイムベストテンのアンケートをとればベストワン、ミステリー映画のアンケートをとればベストワン、映画音楽のアンケートをとればベストワンに選ばれる名作中の名作である。
この映画の原作とシナリオを書いたのは、イギリスの高名な作家グレアム・グリーンだった。その彼が目を付けたのが、終戦直後の敗戦国オーストリアの首都ウィーン。当時、この都市は英仏米ソの4ヵ国に分割され、闇の物資が取引された黒い都だった。そのなかで、ペニシリンを闇取引するハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)が登場する。彼を追いつめるのは、ハリーから招かれたアメリカの友人ホリー(ジョセフ・コットン)。
2人が最後の追いかけを展開するのが、ウィーンの地下、延べ3000キロに渡る地下道だった。汚水はドナウ川にどうどうと流れ落ちている。それは、ウィーンの闇と汚れとカオスを象徴するにふさわしい絶妙な舞台だった。グレアム・グリーンは、なぜこの下水道の存在を知っていたのか?
オックスフォード大学を卒業後、彼はさまざまな職業に就いている。そのなかに、イギリスの諜報機関〝MI6〟に所属していた時期がある。そのスパイ組織の仲間に、オーストリア内乱に関わったレジスタンスの一員がいたらしい。34年にオーストリア内乱が勃発した時、レジスタンスの人間は、この下水道を根城にして動き回っていた。グリーンはその人物から、下水道の存在を聞かされたと言われている。
さて今度は、撮影時の話である。ハリーを演じたオーソン・ウェルズは、「市民ケーン」(41年)を演出し、主演した伝説の人物だった。監督のリードが「どうしても出演してくれ」と懇願していたために、周囲も腫れ物に触るように接していた。
その彼が「こんな汚い、悪臭の中では演じられない」とホテルに帰ってしまった。監督以下、いろいろの人の説得で、3日後、「汚水に入らないでいい場所、つまり下水道の階段や地下道での撮影だけならやる」という条件で再開された。汚水の中を逃げまくるシーンは、スタントマンが受け持った。ちなみに、彼を追いかける警官は本物の警官で、汚水の中を実際に走り回されている。
ウィーンでの撮影が終わった後、ロンドン郊外のスタジオに下水道のセットが組まれ、ウェルズは足りない下水道のカットの撮影を何とか終えた。本物の下水道での撮影か、セットでの撮影かを見分ける手段は、白い息が写っているかどうかで判断できるという。
なおハリーは最後、下水道から出られず、格子の間から手だけを虚しく伸ばす。風がひゅうひゅうと吹く。その名シーンの手を演じたのは、ウェルズではなく、リード監督だったそうである。

