初めまして。九州大学硬式野球部1年生の室岡大晴と申します。工学部機械航空工学科です。福岡県の修猷館高校の出身で、ポジションはキャッチャーです。一年浪人しました。そして、糸島市民です。今回は初めてのブログということで、自分の紹介をしていこうと思います。つまらない話ですが最後まで読んでいただけると光栄です。
早速自分の話になりますが、私には肘神様という神様がついています。簡単に肘神様の紹介をすると、彼は私の肘を自由に操る神様で私の野球人生の重要な場面で様々な能力を発揮してきました。私と彼の数あるエピソードの中のいくつかを端折りながら紹介します。
初めは、中学校の最後のリーグ戦のことです。中学時代遠投53メートルという驚異の肩力で捕手をしていた私は、チーム内で唯一勉強ができる存在でもあり、先輩からは真面目くんは野球より勉強じゃね?みたいな感じで扱われていました。とても悔しかったですが、監督にいわれたメニューをしっかりとこなし、先輩からの圧力にも耐えた私に最後の最後で肘神様が微笑み、それまで届くことがなかったセカンドへのノーバウンドスローを最後のリーグ戦で叶えてくれ、人生で初めて盗塁をさすことができました。私は肘神様のことが好きになりました。
中学の頃は真面目キャラで全てにおいて人の言いなりになっていた私はそれが悔しかったので、高校ではなんでも積極的にやる人間になろうと思い、キャラを変えていきました。しかし、だんだんとそれが悪い方にエスカレートし、ただのうるさい奴になり、しまいには自分のことしか見えなくなり、チーム(特にピッチャー)に迷惑をかけるだけでした。これが肘神様の癪に触り、初めノーバウンドだったスローイングは高校野球が終わる頃はワンかツーバウンドになってしまいました。私は肘神様が嫌いになりました。
一年半もの大学受験を終え、久しぶりにボールを投げてみると驚くほど肘の状態が良いのを見て肘神様は、お前は周りが見えないから大学ではキャッチャーを辞めて外野手をしろと言いました。するとびっくり、フライもゴロもまともに取れず、自分にはこんなにも野球の実力がなかったのかと実感しました。そこで、1ヶ月程で外野手を自首し、もう一度キャッチャーをやることに決めました。そして今に至るのですが、今でも精度の低い自分のプレーにイライラして周りが見えなくなると肘神様は私の肘を痛めつけ「焦るな、冷静になれ」と言ってきます。肘神様は嫌いだけれど、客観的に私を見て注意してくれるので感謝しています。以上が私と肘神様の話になります。
しょうもない話ですが、今の私にはこれくらいしか書けません。なぜなら、大学野球で試合に出て経験値というものを積んだことがなく、語れるものがないからです。次回書く時までには自分なりの戦略でチーム内、そしてリーグ戦を戦って経験を沢山積みたいと思います。最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。
