院内の意見箱 | kyupinの日記 気が向けば更新

院内の意見箱

精神科の病院内には投書箱ないし意見箱が設置されていることが多い。設備やルールなどについて、こういう風にしてほしいなどの希望が書かれている。自由に書けるので、病院食でカレーを多くしてほしいなどの対応しにくいものもある。

 

統合失調症の診断基準は、陽性症状、幻覚や妄想を主に診断するように設計されている。また陰性症状のみで診断できないこともないので、陽性症状がない患者さんでも陰性症状らしきものが診られれば統合失調症と診断は可能である。(以下参照)

 

 

幻聴や妄想は、本人が訴えるか周囲から明確にわかるような状況があれば客観的な所見である。それに対し陰性症状は本人が訴えないことも多いし、周囲から観察して判断する点で主観的なものが大きくなる。

 

客観的な所見、幻聴や被害妄想は明確に存在し持続期間も一定以上あれば、統合失調症と診断しやすいと言える。つまり、統合失調症の診断のハードルはかなり低い。そう思う理由は、妄想っぽく見える神経症所見もあるからである。(以下参照)

 

 

陽性症状の中でもシュナイダーの1級症状、例えば思考伝播などは本人に聴かないと言わないことがある。思考伝播は教科書的な精神所見だが、特殊かつ出現率が低い珍しい陽性症状だと思う。

 

陽性症状が活発にある時、それが波及して身体に顕れていることも多く、幻聴、妄想が活発なのに健康な人と見分けがつかないということは統合失調症であればまずない。

 

逆に本人は何も言わないが、重い精神症状を反映している所見が多い時(表情、身の回りのことなどを言っている)、どのレベルの陽性症状が存在するのかわかりにくいことがある。(しかし統合失調症の診断は明白)。

 

ある時、一見、言語や行動による陽性症状が明確でない統合失調症の患者さんが入院した。その患者さんは入院後は落ち着いていたが、例えば幻聴、被害妄想などの訴えがなかった。

 

ところが、ある日、その患者さんは実に奇妙で、荒唐無稽と言える内容を殴り書きした紙を意見箱に入れていたのである。例えば過去ログにある以下の内容。

 


昭和○年○月中旬、無断で家を出た。書き置きには、ある人物を探すとか、自分の限界を知ったなどと書かれていた。○○で車を放棄し関東まで放浪し、○○空港近くの○○で働いていたらしい。○月○日父親に連絡があり、○日に迎えに行って連れ帰った。その時、わけのわからないことを口走る、狙われている、無線で盗聴される、大変なことが起こる、兵器が・・爆薬が・・ミサイルが・・という。ジャンパーのほつれた糸をアンテナと思い込み、焼き捨ててその灰を缶に入れて密封する。お菓子をすり潰して粉にし、警察に頼んで分析すると言う。早く警察を呼んでくれとしきりに言う。(中略)中からビニール袋で包んだものを2個出す。「これは自分が履いていた靴。これは○○の○○で頂いた服、これはジャンパーの焼き灰」と言い、「これを用心して他人に見られないようにして分析してください」という。

 

今回の意見箱に書かれた手紙は上ほどではないがほぼ同じレベルの荒唐無稽さがあった。統合失調症の幻覚妄想の「荒唐無稽」は健康な人には模倣できそうにないという特徴がある。つまり、健康な人が統合失調症を振舞うのは非常に難しい。

 

 

一部の精神症状は治療を進めないと明確にならないものもある。なぜ次第に症状がはっきりするかだが、ある種の緊張病症候群が次第に緩和し、周囲の人と多少は打ち解けることがあると思う。周囲の人への信頼感が出てくるからこそ明瞭に見えるのである。

 

また、幻聴の内容によれば、「他の人に話すと殺す」などと脅すこともあり、その「統合失調症という疾患のパワー」が多少は落ちないと人に相談できないこともある。従って回復の途上で、かえって精神症状が多彩に見える経過もありうる。

 

これはひょっとしたら、治療をしたために悪化したように家族からは見えるかもしれない経過である。

 

ある時、上に挙げた典型的な経過になった女性患者さんがいた。どう見てもかえって悪化した経過である。しかもこの経過が頭ではそう思っていても、家族には言いわけがましくてその説明ができない。いったん悪くなるなんてとんでもない話だからである。これは精神科医にとって、とても辛い経過である。

 

その患者さんのご主人について。

 

僕は婦長に言った。「あのご主人は良く信頼してくれているよ。僕があのご主人なら、呆れ果ててとっくに捨ててる(←自分のこと)」

 

その患者さんは治療に時間がかかったが、ようやくほぼ寛解状態に至っている。

 

薬もなんとクエチアピン25㎎だけであった。(重いが忍容性が低い)。