試行錯誤の経過で幻聴が止まる話 | kyupinの日記 気が向けば更新

試行錯誤の経過で幻聴が止まる話

幻聴は統合失調症でしばしば診られるが、疾患特異性はそこまでない。特に統合失調症では幻聴が止まっている人とそうでない人では長期予後はかなり違うと思われる。幻聴は止まるものなら止まる方が良い。

 

幻聴は抗精神病薬を増やせばそれに比例して止まるものでもないが、仮に高用量を処方し続けるなら止まる人はいる。しかし現実的には、忍容性的に高用量を維持することが難しい人が多い。人により副作用が酷すぎて、それ以上飲めないと言ったラインが存在するからである。

 

そのような時は、妥協して多少幻聴が残遺するが、仕方なく必要と思われる用量を続ける。統合失調症の場合、これでも放置するよりはずっと長期的予後は良いと思われる。薬物治療以外の選択肢としてECTなども選択肢に挙がるが、今回はこれには触れない。

 

統合失調症の場合、長期的に妥協ラインで維持していても、数年経ち、幻聴がいつの間にか止まってるということは稀ならずみられる。

 

これは一定の処方を放置していて次第に止まるケースもなくはないが、この場合は、臨床経過中に次第に脳の炎症が収まった感じだと思われる。

 

他の経過としては何らかの薬(例えば新薬)などのトライを続けているうちに、薬がさほど変わっていないのに止まるケースがある。これは以下の記事にも出てくるが、「サッカーで言う単調なボール回し」、「オンオフのリズムが脳に好影響を及ぼしている」ように見える。

 

 

今回のエントリでは、統合失調症でエビリファイ+リスパダールの併用処方で紹介され、その時点では幻聴が残遺していた男性患者さんの話である。当時、エビリファイ9㎎、リスペリドン1㎎といった比較的軽い処方だったが、幻聴は止まっていなかった。しかし、興奮などはなく穏やかな性格で外来で十分に加療できるレベルであった。(昔風に言えば破瓜型統合失調症)

 

このクリニックからの紹介の人は第一感として、処方薬は完結しているように思われたため、抗精神病薬はしばらく変更しないことにした。漠然とした不安感があるらしく、初診時にツムラ24(加味逍遥散)だけ追加で処方している。

 

ところが初回受診後、幻聴が突然80%くらい減少し、とても良くなったと喜んでいる。

 

しかし、この処方に加味逍遥散を追加するだけで、完全に幻聴が止まるとはこちらも思ってはいない。ところが初診後2か月目で完全に幻聴が消えたというのである。3か月目に両手に痺れ感が出ていると言うので、これは典型的な回復過程だと思った。(過去ログに精神症状の改善時に麻痺が出る経過があると記載している)

 

加味逍遙散は初診後3か月目に本人が勝手に飲まなくなったので、転院時の処方に戻ったが、それでも幻聴が再燃することはなかった。

 

その後、メインは同じ処方のまま、1年半が過ぎた頃、外出時に幻聴が診られるようになった。「女子高生の笑い声が聴こえる」というものである。この異常体験はどちらかというと未分化なものなので、しばらく様子をみていたところ、そのまま止まってしまった。

 

この処方は良いと思うが、もしかしたらエビリファイ単剤で良いかもしれないものである。ある時、エビリファイを多少増量の必要があるかもしれないが、リスパダール1㎎を減らしてみることにした。できれば単剤である。

 

これはそこそこリスクがある変更で、治療的には別にしなくても良いものである。リスパダールを漸減したところ、完全に中止してもあまり変化がない上に、エビリファイも9㎎は必要ないように思えたため、これも減量しエビリファイ6㎎に落ち着いたのである。

 

エビリファイ6㎎は鎮静しているのか賦活しているのか微妙な用量で、この患者さんはゾルピデムが必要になった。リスパダールのような鎮静的な薬が併用されていると眠剤は必要ない。このエビリファイ6㎎は安定している統合失調症でも何らかのストレスで悪化しかねない、つまり治療をさほどしていない用量である。この場合、幻聴が止まっていることが非常に重要である。

 

この処方のまま1年くらい安定していた。ある時期、彼に大きなライフイベントが起こり、幻聴が再び診られるようになった。その幻聴の内容も前回より具体的で自分の悪口が聴こえるという。

 

当時、既にレキサルティが発売されていたので、エビリファイを増量するより、エビリファイを追加して単剤で治療する方が成功率が高い上、その後の安定性も高まるように思われた。そこで、レキサルティを勧めたのである。

 

レキサルティは上乗せで0.5㎎から開始したところ、最初の頃は幻聴が減少したが、レキサルティを併用するとなぜか奇妙な体感幻覚がみられるようなのである。レキサルティは頭がぼんやりして、脳を締め付けられるような感覚があるという。

 

体感幻覚は器質性幻覚の部分が大きく、統合失調症の人に全くないわけではないが、彼のようにそれまで何もそのタイプの異常体験がなかった人に生じたら薬剤性を疑うべきである。またレキサルティの方がエビリファイより不眠が酷いというので中止することにした。

 

その後、エビリファイの用量を調整し12㎎に落ち着いた。エビリファイ12㎎だと多少鎮静的なのかゾルピデムが必要ない。単剤で良いのである。

 

その後、もう3年近く幻聴の再燃がない。

 

彼に幻聴が起こるとどのようなことになるか聴いた。彼によると、幻聴があるとうまく動けないという。この感覚だが、色々な考え方が可能である。軽度のカタトニアっぽい症状が出ているのかもしれないし、シュナイダーの1級症状なのかもしれない。

 

このような経過を見ると、やはり薬物療法には何らかのアクションが必要なんだと思う。よくわからないような経過で幻聴が消失しているからである。