広汎性発達障害と心因反応 | kyupinの日記 気が向けば更新
2010-06-09 20:33:08

広汎性発達障害と心因反応

テーマ:広汎性発達障害、アスペルガー症候群 
かつて、研修医の頃、知的発達障害の人は「心因反応」を起こしやすいと教えられた。

これは知的水準が低いため、種々のライフイベントの際に混乱を起こし、精神病状態を呈しやすいと言う意味である。この精神病状態は「統合失調症様状態」であったり「躁うつ病に類似する状態」であったり、精神病ではないが、ヒステリーのような神経症状態であったりする。その人の心因反応が何に類似するかは予め決まっているわけではなく、個人差がある。

これらは治療がうまくいくと寛解するが、もちろん生来の知的水準は上がるわけではない。

現代社会の「広汎性発達障害」の精神症状の出現の仕方は、この「知的発達障害の人の心因反応」に類似している。そっくりそのままと言っても良いほどである。

いわゆる高機能群の人々は、知的レベルが低いわけではないが、社会への適応が悪く容易に混乱を来たすため、似たような心因反応を生じやすい。もし、ハンス・アスペルガーがあのような概念を発表していなかったなら、今でも「心因反応」といった捉え方をされていたと思う。

学齢期の不登校や就労年齢のひきこもり(ニート状態)は、例えば心因反応のような重篤な精神破綻を来たさないための自己防衛と言う見方も可能だ。あれは消極的な個体の反応なのである。たぶん。

現在、日本のひきこもりの人々は正確な実数すら掴めていない。(特に女性は「家事手伝い」なる職種があるので実数がわかりにくいと思う)

彼らが、全て広汎性発達障害であるとは思えないが、その何割かは間違いなく広汎性発達障害であろう。例えば、統合失調症の人は無治療のままだと徐々に病状が進行し、家族だけで面倒をみるのは長期的には難しい。あのひきこもりの人たちは、徐々に「ひきこもり」の病状が進行し、次第に破綻していく性質のものではない。彼らには慢性的な厭世観、希死念慮、アパシー、抑うつ気分などはあるものの、いわゆる統合失調症の陽性症状的なものは比較的少ないのでひきこもりのままいられるのであろう(陽性症状的なものとして、家庭内暴力や壁の破損などはあるかもしれない)。

彼らは生産的なことができないが、何割かは全く病院にもかからず、医療費もかかっていなければ、障害年金も受給していない。これは国からみると、結果的に膨大な医療費や社会福祉の費用を節約していることになる。これらは全て家族が負っている。

最近、ひきこもりの人は医療を必要としている人が多いという報道があったが、当たり前である。精神疾患は社会的なものも考慮されるので、仕事ができず、外出もろくにしない状態は精神医療が必要と見なされる。しかし、彼らを世間に出して、医療やデイケア、デイサービス的な福祉を始めたとすると、今後、莫大な国費がかかることが予測できる。

彼らが積極的に医療を望まず、新たに膨大な社会福祉費が必要なことを考えるに、この不況下、国民のコンセンサスが得られるのか?という疑問はある。(膨大な費用に見合うGDPへの貢献が得られるかどうかは疑わしいが、元々、医療はそういう基準では行なわれていない。例えば国は極めて稀な不治の神経疾患などにも医療費や研究費を割いている。)

実は、ひきこもりの人は50歳くらい(か、それ以上)の人も存在しており、たまにそういう人が病院に受診することがある。彼らはそれまでほとんど医療を受けていないが、かつて1回か2回くらい病院にかかり、医療に見切りをつけたか、あるいは積極的に医療を受けることを望まなかったかどちらかが多い。

これらの人が存在するのは、ある意味、昭和の良き時代の遺産も大きいような気がする。彼らは毎月、母親や父親にお小遣いを貰い、1ヶ月に1万円~2万円で生活している(自宅生なので、食事代がタダなどお金がかからない)。この状況に両親も妥協してきたのである。それどころか、このひきこもりの息子の国民年金も支払い続けているほどである。これはこの世代の人たちには経済力があったことも関係がある(ここが昭和的)。

このような50歳くらいのひきこもりの人は見かけ上、精神疾患に見えない。更に高齢だとなおさら区別がつかない。ひょっとしたら、定年まで働きその後老人ホームに入った70歳くらいの老人と、若い頃からひきこもりのまま70歳の老人になった人は、見分けられないどころか、元ひきこもりの人の方がかえって健康に見えるかもしれないと思う。いつだったか、NHKか民放で放映された長期のひきこもりの人の映像でも同じ感想を持った。

彼らが、その年齢まで大きな精神面の破綻を来たさなかったのは、消極的にひきこもってきたからである。これは感染症に脆弱な人が何十年も「無菌室」にいたようなものだ。

過去のひきこもりの人たちは「自己責任」といった感覚で国も家族も捉えていた。その感覚は今もさほど変わっていないと感じる。

ひきこもりになる背景(生物学的基盤)を持つ人は、ひきこもりに至る数年間と、いわゆる女性で言われる更年期の年代以降に危機があると思う。若い時期はまだ社会へのかかわりが大きいため苦悩も深い。更年期以降は、脳の老化により抑制系が弱まることことが原因なのか?よく理由はわからないが、精神的破綻や事件が起こることがある。その中間の年齢では、アルコール絡みで病状が重篤になることがあるが、たぶんその頻度は高くない。

彼らはとにかく病院に来ないので、精神医療のスタートにすら立てないでいる。

今の少子化社会および社会適応の悪い人々の増加しつつある日本社会では、なんとか国も対策を立てないと、やがて生産的な人々が減少し日本社会自体が沈没してしまうであろう。(現在、50歳を越える年代のひきこもりの人たちは数も少ないし一般的な福祉で十分と思う。問題は、若い年代の人たちである。)

参考
精神疾患と社会とのかかわり
統合失調症は減少しているのか?

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