赤 | kyupinの日記 気が向けば更新
2008-09-21 12:26:42

テーマ:広汎性発達障害、アスペルガー症候群 
実は、一連の発達障害の話は前回のエントリで終わりにしようと思っていた。しかし、思わぬほどのレスがつき、また全般を通してみると、共感していただいた読者の方が多いようなので、そうでない人たちのためにあと1つだけ追加のエントリをアップすることにした。そんなこともあり大変なので、今回の一連のエントリは特別なもの以外は個々にレスはしない。

今回、器質性脳障害のために暴力行為が出現している子供の話をしている(はさみで刺した子供と脳炎後足払いをする子供)。このうち、脳炎後に足払いをするようになった子は、決していじめを受けたからそうしているわけではなく、器質性脳変化による後遺症によるものだ。病前はそのような子供ではなかった。(参考

だから、アスペルガーの人の暴力性、衝動性、あるいは触法性は、ある種の生来性のものであって、いじめを受けたという後天的なものは、アスペルガーの精神症状を形成する1つのファクターに過ぎないのである。

例えば、怒りのコントロールの困難さ、破壊傾向は生来性のものであるので、そのために暴力行為が生じたとしたら、決していじめを受けたからとは言えない。よくみると、そのような所見は物心ついたときに既に見えることもある。人によれば、もう少し年長になって出てくることもあるが、それについてはいじめが原因と主張するのは他のことを考慮すると、無理があるように見えることもある。アスペルガー系の犯罪では性犯罪やストーカーなどは特にそうだ。(その無関係さ)

なぜこういう文脈になるかと言うと、発達障害系疾患は臨床心理士なども多く関与しているので、わりあい精神所見を心理から捉えようとしすぎることがあるのと、やはり書物などで事実がねじ曲げられていることがある。アスペルガーは生来性の器質性疾患だということが重視されていない。

心理系の人たちがあまりにそういう視線で解釈するために、家族が他罰的になるんだと思う。しばしばアスペルガーの家族は、いじめが悪いとか学校の先生の理解がない、配慮がないと言うが、そういう解釈のために物事が客観的に捉えられないのである。過去ログの「アスペルガーは失言を誘う」では相当に批判も受けたが、これらの一連のエントリはすべて繋がりがあることがわかる人にはわかってもらえるはずだ。

今回の一連のエントリはほとんどの読者にはいわゆる「偏見」的な内容ではないことが理解されている。今回のエントリは、ないものをあるとは言っていない。誰も言いたがらない、「あることをある」と言っているだけだからである。この内容が偏見的に見える人は、たぶん洗脳されすぎているか、否認が生じているためと思われる。アスペルガーに暴力性、触法性があることが心から理解できていないのである。一連のエントリで書いたようにアスペルガーは表に出てきている犯罪でも有名なものがあるし、あのような極端に重大な犯行はピラミッドの頂点にあり、もちろんその6合目や3合目にある犯罪も水面下では存在しているのである。その数はピラミッドの形を考えるに、ずっと多いはずだ。

これらのアスペルガーの精神症状のダークな面は、本当はアスペルガーを専門とする人たちが、きちんと説明して、その対処法などを助言するべきであった。僕から言わせると、発達障害の専門家なのにそれを言わずにやり過ごして来たのは卑怯だと思う。既にあれほどの重大事件が起こっているのに。100%説明しない専門家のどこが専門家なんだと言いたい。結局、代わりに僕がこんな形で話して、批判を受けないといけないじゃない。(笑)

あの犯人は発達障害ではなく誤診だとか、あるいはあの犯行はアスペルガーらしくなかったなどと言い始めるのは、おそらく専門家なので、「あの犯行について、どう思われますか?」などとインタビューされて、それまで説明していなかったり、あるいは否定的に言ってきているので、引っ込みがつかないんだと思う。

僕はその点で、広く発達障害をとっているように見えるのに、急に誤診とか言い始める人たちなどは、プロフェッショナルではなくどうしようもない人たちだと思っている。なぜなら、専門家なのに逃げているからである。

今回のエントリはなぜか表題が「赤」になっている。僕はあるアスペルガーの青年が、家の中の赤い色のものをすべて破壊したというのを診た事がある。これは自分の家のものを壊しただけなのでもちろん犯罪ではない。ただの衝動~破壊行為というだけだ。このような精神症状は、決していじめを受けたとか、学校の先生の指導が悪かったわけではないのである。そのことを象徴するために挙げたのであるが、上で書くのを忘れていた。この「赤の事件」は過去ログの「BLACK&WHITE」などのエントリと関係があり非常に興味深い。その青年になぜそのようにしたか聞いてみたら、ある時、赤の色彩が非常に自分に迫ってきて、落ちつかなくなったという。興味深いと思う理由は、彼らの服の嗜好の由来が、このような精神症状を通じて理解できそうに思えるからだ。

僕は精神医学の考え方として、ある疾患にはいろいろなバリエーションがあるのが当然で、特殊な所見を見た時、それにあわせて疾患の理解を深めていこうという姿勢が大切だと思う。今までに言ってきたことと矛盾するような事件があったとき、それは違うとか、あるいは典型的ではないなどと弁解するのは、少なくとも自然科学を研究する姿勢ではない。これは過去ログの「横文字文化とアスペルガー症候群」などのエントリも参考にしてほしい。

僕は今回のエントリには特別な目的は持っていなかったのだが、ある種の理解が深まったような気がしている。それは発達障害、アスペルガーの人たちはどのようになっていったら良いのか?ということと関係がある。

このブログのアスペルガー系の読者の人たちは、今回の一連のエントリの主旨がわりあい読み取れていると思ったこと。これは、理解できない人たちより、ずっと軽いか、治癒・寛解の方角に向かっている人たちである。ある種の自分の感覚、感情の距離感というか、客観的に物事をみることができるようになっているのであろう。彼らはおそらく今はそうだが、以前はそこまでできなかった人も多いはずだ。その意味では僕のこのブログも意味がなくはなかったのかもしれない、となんとなく思った。

アスペルガーとの関係で、時々シゾイドパーソナリティが取り上げられることがある(参考)。かつて分裂病質人格障害と言われた人格障害である。(僕の嫌いなDSMⅣから)

以下のうち、7つのうち4つ以上。
①家族の一員であることを含めて、親密な関係を持ちたいと思わない、またはそれを楽しく感じない。
②ほとんどいつも孤立した行動を選択する。
③他人と性体験を持つことに対する興味が、もしあったとしても、少ししかない。
④喜びを感じられるような活動が、もしあったとしても、少ししかない。
⑤親兄弟以外には、親しい友人または信頼できる友人がいない。
⑥他人の賞賛や批判に対して無関心にみえる。
⑦情緒的な冷たさ、よそよそしさ、または平板な感情。


これらは、内向的などの点でアスペルガーと似たところがあるが、実際の本人を見るとかなり相違があるように思う。普通、分裂病質人格障害は医療にすらのって来ない。そういう人たちは自分に問題意識も持ちにくく、全く他者や自分について考えることができなそうに見えるからだ。つまり彼らとアスペルガーとの決定的な違いは自問自答できるかであろう。分裂病質人格障害の人は自分とすらうまく会話ができないのである。

例えば、アスペルガーの人たちがインターネットに集まってくるのは、やはり人恋しいからなんだと僕は思う。彼らは狭い範囲で生きてはいるが、人とのコミュニケーションを求めているのであろう。だから2チャンネルにまでやってきて煽られて傷ついたり、あるいはブログを作って人と交流しようとするのである。一見、近いように見えても、おそらく分裂病質人格障害の人は2ちゃんねるにも来ないし、あるいはブログも立ち上げない。もしインターネットによく来ていて、上の診断基準に自分が当てはまると思う人がいたとしても、その点で分裂病質人格障害とは程遠い。

あと、希死念慮などとの関係に触れておきたい。随分前、過去ログでインターネットに集まるメンヘル系の人々は希死念慮を抱いている人が多いように見えると書いたことがあった。もちろん希死念慮が、果たして自分に対する破壊行為かどうかどうかはいろいろな考え方があると思う。

僕は、特に子供の頃から続いている慢性持続的な希死念慮は発達障害的と思うのである。その希死念慮がたまに触法行為の間接原因になっていることもある。犯行後の「死刑にしてほしい」という被疑者の言い方だ。ただ今まで書いてきた、単純な暴力・触法性と全く類似なものかどうかはまだ議論の余地がありそうな気がしている。このような考察も、歪曲してしか発達障害が語られないと理解が進んでいかないように思っている。

このあたりでいよいよ終わりにしたいが、今さっき、ちょっと思いついたことを参考に付け加えたい。今の人は知らないかもしれないが、かつて日本の男子マラソン界には4人の強豪がいた時代があった。その4人とは瀬古利彦、宗兄弟、伊藤国光である。当時、日本はモスクワ五輪に不参加を表明したために、瀬古利彦は金メダルを取るチャンスを失っている。瀬古は優勝候補の1人だったからである。モスクワは少なくともロスアンゼルスよりは気候が厳しくはないので、日本人が出ていたら、誰か金メダルがとれたかもしれないと今でも思う。

後年、宗兄弟は競技生活から引退を表明したが、そのインタビューで面白いことを話していた。細かいことまで正しくは憶えていないが、「自分はアマチュアなので引退と言うのはおかしい。アマチュアには引退はない」と言い、「これからも僕は走り続けますが、競技者としては引退です」と続けたのである。僕はこのスタイルこそ、軽いアスペルガーの人たちの理想的な引退像なんだと思う。(一応、言っておくが宗兄弟はアスペルガーではない)

アスペルガーの人たちは、常に走り続けるので、引退はないんだと思う。しかし、治癒とか寛解はあるし、その姿こそ、宗兄弟の引退後の競技スタイルなんだろう。

器質性疾患が治らないなんていうのは間違いだ。それはあまりにも物事を悲観的に捉えすぎていると思う。それは過去ログでもいくつか出てきているし(参考1参考2参考3参考4)、薬物療法、あるいは上手いカウンセラーにより良くなる人はつまりはこういう感じなんだと思っている。

参考
①頭部外傷から統合失調症になるのか?
②統合失調症の寛解という意味
③社会的な目線での統合失調症とアスペルガーの共通点
④精神疾患と暴力、触法性
⑤2ちゃんねるとアスペルガー
⑥発達障害は統合失調症の免罪符ではない
⑦赤


(これで、アスペルガーの一連のエントリは終わりです)

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