デパケンR | kyupinの日記 気が向けば更新

デパケンR

一般名;バルプロ酸ナトリウム(徐放剤)

バルプロ酸ナトリウム(以下バルプロ酸と略)は、抗てんかん薬として1970年代から広く処方されていたが、躁うつ病にも有効であることが次第に知られるようになっていた。既にデパケンの抗躁作用はリーマスに優るとも劣らないと考えられるようになっていたが、日本で躁病ないし躁うつ病の躁状態に対する適応が認められるようになったのは2002年からである。

バルプロ酸は、胃で急速に酸性型にかわるためにこう呼ばれる。消化管(特に小腸)から完全に吸収される。バルプロ酸は、協和発酵からデパケンおよびその徐放剤としてデパケンRが発売されている。末尾に付くRは徐放剤を意味し、その特性から1日に服用する回数が減らせるのである。添付文書をみると、デパケンでは1日2~3回に分けて、デパケンRは1日1~2回に分けて服用するように書かれている。このようなことから、実質的にバルプロ酸は徐放剤のデパケンRの方が多く処方されているのではないかと僕は思っている。(そのため敢えてデパケンRという項目とした) 三菱ウェルファーマおよび日研化学により、セレニカRという同じ薬が発売されているが、これはジェネリックではなく、おそらく併売なんだと思う。セレニカRの方が薬価が高く設定されている。セレニカRの良いところは、デパケンRが錠剤しかないのに比べ錠剤に加え顆粒もあること。これはけっこう便利だ。

デパケンは剤型は、100mg、200mgの錠剤、20%細粒、40%細粒、5%シロップがある。ずっと前だが、シロップは子供に服用させたりしていたが、その後シロップを出すのはやめた。薬剤師が用量を間違えるからである。デパケンの薬価は、200mgで18円ほど。600mg服用しても60円にもいかないのでかなり安価である。デパケンRは、100mg、200mg錠があり薬価は200mgで23円ほどなので、デパケンとさほど差がない。セレニカRは、錠剤は200mgしかないのだが、40%顆粒がある。薬価は200mgで30円ほど。顆粒の薬価は40%1gで49円なので、セレニカRなら顆粒を処方する方が割安となっている(400mgが49円)。

剤型で注意したいのは、デパケンRの錠剤はその構造から分割できないこと。また、たまに便と一緒に錠剤がそのまま出てくることもあるらしい。これは別にそのまま出たわけではなく、薬剤がすべて出て行ったカスみたいなものなのである。こういう風に徐放させるメカニズムがあるのだろうと思われる。セレニカRがどのように徐放させているのか僕は詳しくない。徐放剤で細かい用量設定をする場合は、セレニカR顆粒の方が便利である。デパケン、デパケンR、セレニカRには多くの後発品(ジェネリック)が発売されている。例を挙げると、

○デパケン
バレリン、ハイセレニン、エピレナート、エスダブル、サノテン、セボトボルなど

○デパケンR、セレニカR
エピレナート徐放顆粒 バルプラムR


以前は、このような安い薬価の向精神薬にジェネリックが存在するのが不思議でならなかった。正規品が安い薬剤のジェネリックはその差が小さいのである。ジェネリックは正規品に比べ納入価格の薬価差益が大きいので、入れる価値があることが後にわかった。このタイプの薬物はずっと服用するものだし、また脳に作用するものなので、このくらいならば正規品を使ってほしいと個人的には思っている。

効能・効果は、添付文書では、各種てんかん(小発作・焦点発作・精神運動発作並びに混合発作)およびてんかんに伴う性格行動障害(不機嫌・易怒性等)の治療。躁病および躁うつ病の躁状態の治療となっている。用量については400mg~1200mgの範囲とされているが、適宜増減できる。バルプロ酸は血中濃度が測定できる薬物なので、これに相応して決定される。バルプロ酸の半減期は、書物により多少差があるが、8~12時間程度とされている。17時間以内という幅を持たせているものもある。有効血中濃度は、40~120μg/mL程度とされている。

抗てんかん薬としてのバルプロ酸は、欠伸の第一選択薬である。またこの薬物には抗大発作作用があり、原発性全般大発作に有効である。一方、単純部分発作や複雑部分発作には2次選択薬となっている。そのような理由がありながら、バルプロ酸が「けいれん」に処方される機会が多いのは、相対的にフェノバール、フェニトイン、テグレトールに比べ副作用の面で処方しやすいからだと思われる。

実は、精神科外来には新患のてんかんの患者さんはほとんど来院しない。僕が総合病院に勤めていた時でさえ、年間にてんかんの初診は10人いかないほどであった。てんかんは患者さんからみると、子供なら小児科、大人なら脳外科や神経内科に受診し、精神科医が初診をみることは極めて稀なのである。それでも維持療法として、てんかんの患者さんに抗てんかん薬を処方する機会は多い。それは精神病状態のために転院して長く治療するようになるとか、脳梗塞後遺症やくも膜下出血後遺症(症候性てんかん)のためにデパケンを処方されたまま転院してくることがあるからである。なお、デパケンRがけいれんを抑える機序であるが、γアミノ酪酸の分解を抑制することにより、中枢神経系のGABA濃度が増加するためと言われている。

最初に書いたように現在はデパケンR(バルプロ酸)は躁状態に適応を持つ。躁状態には、リーマス、デパケンR(バルプロ酸)、テグレトール、および抗精神病薬が処方されているが、最も有名なのは、やはりリーマスだと思う。リーマスとデパケンRは、躁状態に対しての効果には差がないことがわかってきている。いずれの薬剤も躁状態に対しての有効性についてはエビデンスがあるのである。しかしその薬剤としての特性、症状に対しての効果が異なる。

リーマスは、古典的な爽快感、多幸感を伴うようなピュアな躁状態には有効性が高い。一方、デパケンRは、躁鬱混合状態や急速交代型のような紛れがあるような躁状態にはリーマスより有効性が高くなっている。平凡に言えば、複雑なタイプの躁うつ病の場合、デパケンRの方がうまくいくことが多いのである。これは臨床的な経験にも一致している。それとこれは重要な点だが、リーマスは服用し始めて効果の発現が遅い。2~3週間はかかるといわれている。急性の著しい躁状態には、やはりセレネース液やロドピンなどの抗精神病薬の方が即効性があるし、まだデパケンRの方がリーマスより効果が早く発現する。

躁うつ病のうつ状態に対しての効果はどうであろうか? 以前、急速交代型の項で少し触れたが、躁うつ病のうつ状態の治療は根本的に単極性のうつ病の治療とは考え方が異なる。躁うつ病のうつ状態に対して、リーマスは有効性が確かめられており、デパケンRは効果が確定していない。軽度改善くらいの報告はみられている。このあたりは、精神医学でもまだよくわかっていないものに入る。注意点として、リーマスの日本での適応には「躁病および躁うつ病の躁状態」となっており、明確に躁うつ病のうつ状態とは書かれていない。

躁うつ病の維持療法についてだが、リーマスについては研究も多く、ほぼ維持療法に有効性があると考えられている。デパケンについてはやや報告数が少なくなるが、わりと良いというものもある。はっきり確定している面ではリーマスが上回っているが、デパケンRも臨床経験的にはけっこう良いと思うのである。副作用の面で、リーマスは治療域と中毒域が接近しており腎臓に副作用を持つので年配の患者さんには処方しづらい。それに比べ、デパケンRは肝臓に負担をかける方なので血液検査で監視しやすい。腎臓は少し悪くなっているくらいでは簡単にできる検査で見えてこないからである。

急速交代型

急速交代型の躁うつ病では、その原因はいろいろ指摘されているが、抗うつ剤の投与による薬物由来のものや甲状腺機能低下などの身体的要因も指摘されている。図は僕がクローズドの学会で発表した時のスライドであるが、米国精神医学会のガイドラインのもの(当時)。急速交代型ではデパケンRが最善の治療として推奨されている。急速交代型躁うつ病では、デパケンRの抗躁作用に加え、そのうつ病相への効果を指摘する報告もみられている。デパケンRは肝酵素を誘導しない。また他の抗てんかん薬を併用するとデパケンRの代謝が亢進し、単剤で処方する方が少ない量で済むといわれる。

デパケンで最も大きな副作用は、(てんかんの)小児における急性肝脳疾患で、当初、疲労、嗜眠、体重減少、嘔吐、黄疸などが出現する。血中濃度に依存しないといわれる。処方後、6ヶ月以内に出現し時に死に至る(33%程度)。原因はよくわかっていない。デパケンの副作用として鎮静作用による眠さ、ふらつきが指摘されているが、成人に処方する限り、それほど多くはないように感じる。他に吐き気、嘔吐、体重増加、振戦、脱毛などがあるが、これらは服用しているうちに緩和する傾向がある。その他、稀な副作用として運動失調、血小板減少などが指摘されている。

わりとみられる副作用として高アンモニア血症がある。これはメーカーが公表している頻度より臨床的には断然高い。きっと単剤だとメーカーの公表通りなのだろうが、精神科の場合、向精神薬が併用されていることの方が多いので、その影響があって上がりやすくなっているのではないかと思う。アンモニアの正常域は80μmol/Lまでくらいであるが、デパケンRを服用している人には、90~110前後まで上昇している人がザラにいる。一般に140μmol/L程度までは症状が出ないという報告もある。心療内科クリニックの場合、こういう検査が容易ではないので、このあたりに少しクリニックの欠点があると思う。デパケンを服用させているのに、アンモニアを監視できないのはちょっと辛いのではないかと。デパケンRによる高アンモニア血症のメカニズムはまだよくわかっていないのであるが、仮説として以下のように言われている。

①尿素産生過程のvalproyl-CoAの働きを抑制する。
②ミトコンドリアの部で、acetyl-CoAを抑制することにより、urea-cycle促進役を果たすcarbamyl-phosphateの合成を抑える。
③Urea-cycleの酵素を直接抑制
④Glutamate dehydrogenase活性を高め、遊離アンモニアが増加する。


高アンモニア血症は投与期間には関係なくデパケンRの用量に依存していると言われる。だから、方法のひとつとしてバルプロ酸の減量が考えられるが、治療薬であるためそうもできない場合も多い。確実にアンモニアを下げるためにはラクツロースという薬が処方されるが、これは液剤が有名であるが散剤もある。ラクツロース以外にも、アルギニン製剤やカルニチン製剤があるが、これらは代謝経路に関与する薬物なので、万人に効果があるとは言い切れない。ラクツロース自体は体内に吸収されないので、消化管症状以外に重篤な副作用が出たという報告は今のところないらしい。アンモニアの検査をしないクリニックなどがどのように血中アンモニア値を予測しているかだが、意識障害とか振戦が出ているかどうかを診るくらいだと僕は思う。

昨年夏、躁うつ病(急速交代型)の男性患者さんが、嘔吐、ふらつきなどを訴えて急遽再診した。血中アンモニアを調べてみると、なんと500μmol/Lを超えていたのである。肝臓の代謝能力に依存するというか、とにかくそのあたりが健康でないとうまくいかないみたいで、特に酷暑などが続いて体力も肝臓も弱り気味だとすぐにアンモニアが上がってしまう。

例えば血中アンモニア値が90~100μmol/Lくらいの軽度上昇の場合、それを放置して良いかどうかだが、メーカーに聞いても明快な回答はしない。言葉を濁すというか、むこうも責任があるので「放置して良い」などとは言わないのである。なぜこのようなことに悩むかと言えば、こんな副作用の面倒を見始めると併用薬が増えるばかりだからだ。副作用の面倒を見始めて多剤併用になるのは、従来の精神科薬物治療の最も大きな欠点と思っているからである。僕はその上昇の程度、その人の治療環境(入院か外来か)、仕事の内容(外で炎天下働いているとか)に応じて柔軟に決めている。そんなこともあり、バルプロ酸は肝疾患を持つ患者さんには処方すべきではない。またバルプロ酸は抗うつ剤の効果を高めるため、結果的に抗うつ剤を減量できる。また抑制的な抗精神病薬や薬物(アルコール)の効果も増強する。

バルプロ酸に限らず、抗てんかん薬は胎盤を通り胎児に移行する。気分安定化薬の、リーマス、デパケンR(バルプロ酸)、テグレトールの3剤はいずれも催奇形性がある。バルプロ酸は乳汁中に分泌されるので服薬中は授乳は避けるべきとされる。

参考
急速交代型
リーマス
セレネース液
ロドピン
向精神薬と妊娠
精神科と心療内科は
デパケンRと妊娠
リーマスと妊娠
デパケンRと広汎性発達障害