椰子の実
翌日は朝7時から手術室へ。ストレッチャーに乗せられて。
あれ、変よね。歩けるのに。
でもトコトコ歩いていってドッコイショって手術台に登る患者は、もっと変か。
手術室に入ると、忙しく働く人たちの邪魔なところに、1人の青年が突っ立ってました。後ろに初老の先生がピッタリとくっついて、耳元で「ナナメにね、ナナメに」とささやいていました。そんなの全然耳に入ってないくらい、緊張しているようでした。
どうやら私は「麻酔科医デビュー」のお相手に選ばれてしまったようです。
仕方ありませんね。こんなどこにも異常のない、とびっきり活きのいい手術患者なんて滅多にいるもんじゃありませんから。
「3回だけは許してあげる。でもそれ以上はイヤよ」
最初に左手に点滴確保。新人君失敗。右手に指導医の先生がやってくれました。
それから指導医の先生が背中に手早く麻酔注射。
「ちょっとちくっとしますよ」
背骨にぞわっと冷たいものが走ります。
いよいよ背骨の硬膜外にチューブ挿管。新人君のデビューです。
「・・・・あっ、ダメ! そうじゃない。ナナメに、ナナメだって・・・違う!ダメ!!・・あっ、あぁぁ・・あぁ、ここはもうダメだ」
痛くはないのですけど、何も感じないのですけど、場所が場所だけにコ、コ、コワイのですよ。指導医の先生の言葉が!
「はい、またちくっとしますよ・・・だから、あ、ダメダメ、まっすぐにさしちゃだめ!! あぁぁ、そうじゃない・・・ナナメ・・・もうここもだめだ。どこにしよう」
だ、だ、だからナナメだってばぁ。って、まっすぐ刺したらどうなるわけさぁ(泣)。
「またちくっとしますよ・・・あっ、ダメ! 違う! ナナメ・・」
「もうやめてぇ」
泣きました、私は。
えぇ自分の身を守るためなら、涙も流してみせましょう。ちゃんと3回つきあったわけだし、これ以上はかんべんです。
あっさりと指導医の先生がやってくれました。
そのあたりから急速に意識がなくなりました。
彼はその後、無事デビューを果たしたのでしょうか。
ごめんね、泣いちゃって。