少し前の話です。
4月に祖母(私の父の母)の50回忌があり熊本まで行ってきました。
羽田空港で一杯🍺やってからー
新しくなったばかりの熊本空港着。
ワンピースのコーナーが空港にあり弟限定のもの欲しがる。
熊本駅前に移動し祖父母と合流して夕食。
私少々飲み過ぎる…
翌朝法事、お坊さんの有り難いお話に続きお経。兄は寝ていましたが…。
その後熊本城行って空港に移動し帰宅。
一泊二日の弾丸でしたが、いろいろな思いを知れて行って良かったです

祖母の話を少し。
私の産まれる前に祖母は白血病で54歳で亡くなりました。祖母にとって初孫である私の兄が産まれる3ヶ月前でした。
父が産まれる少し前に祖父は戦争の影響で亡くなり、祖母は女で一つで父を育てました。
小学校の教師でした。
教師になってからも通信制の東京の大学に通い、夏は東京までスクーリングで通っていた努力家です。
東京へ向かう電車の中でスリにあったときも「盗られる方にならんで良かったばってん」と言ったおおらか?な方。
亡くなる直前祖母は小6の担任で卒業式は行けず、カセットテープに生徒への思いを録音して卒業式で流したそう。
その子達が中学に入学する日に亡くなりました。お葬式にはその子達も新しい制服を着て来てくれ代表の子が弔辞を読みそれは立派だったと。みんな号泣して棺を見送ったそうです。
白血病と分かってからわずか1ヶ月弱で亡くなっています。当時は治療法もなかったようです。
父はその時神戸で働いていたのですが、転勤を願い出て熊本に帰ってきた日に祖母は亡くなりました。
それから1ヶ月父は放心状態となり仕事も行かなかったそうです…。27歳の父にはとても受け入れがたかったのかと思います。
やっとこれから親孝行が出来ると思った矢先の出来事です。
その後父は1年間かけて祖母の思い出集なる冊子を作っており、今回私は初めて見ました。
祖母の日記から始まり、親戚、職場の同僚、生徒、父母それぞれが祖母への思いを綴っていました。
祖母は父が結婚したとき
日記に「これから何を楽しみに生きて行こう、結婚が今は家族を分かつ制度になっている」と綴っていました。
子供の成長や就職したことへの安堵と離れていく寂しさ何とも言えない気持ちになりました。
父は「ただただこの世は空虚」と祖母がいなくなった喪失感を綴っており、普段は感情などみせないのですが母親って偉大なのだなと思いました。
私はまだ周り親しい人を亡くした経験がありません。
その時に私は受け止められるのか自信がありません。
ただ今健康でいれることに感謝し日々を大切にしたいと思いました。
最近は何かあるたびにこの思い出集を読み返しています。
祖母が生きていたら今の我が家をどう思うのかな…ともふと考えます
そして今日は私の父の誕生日🎂
大した親孝行もできず申し訳ないけどどうか健康でいてくださいと願わずにはいられません。