ハイビジョンから4K 8K

ハイビジョンを初めて見たのは、1975年にNHKに入局した時の新人研修であった。当時世田谷砧の研修所の隣にあった、NHKの技術研究所で「実験放送」が行われていた。これは凄い、美しいといった感想は持たなかったが、カラー放送がようやく普及し始めた頃で、これ以上何を見せるのかという素人的な感想を抱いていたことを思い出す。当時画面をブラウン管に映し出す走査線は525本。カラー放送は綺麗だなあというのが普通の人の感じであり、1225本の走査線のハイビジョンなど想像外のことであった!

技研「テレビは進化する。」によれば、ハイビジョンの研究は1964年というから52年前の東京五輪の時に遡る。僕が見たのはその10年後であったのだから、すでに実用化試験放送の時期に入っていた。

 

####参「テレビは進化する」NHK技術研究所編#########

  未来のテレビを模索

1964(昭和39)年の東京五輪は、日本のテレビ技術が世界最高水準にあることを強く印象づけた。日本のテレビ事業関係者も、次の時代のテレビ開発を模索していた。技研では、高精細テレビ(HDTVHigh Definition Television)の研究が、1964年にスタートしていた。

研究の開発には、2つのアプローチがあった。ひとつは、将来のテレビシステムとして求められるべき将来像やテレビシステムの物理的条件を詰めて、そこから「未来テレビ」をイメージすること。もうひとつは、人間の視覚特性や心理効果を研究して、どのような画面・映像が、本当に人間にとって見やすく、しかも好ましいかを再検討する道である。立体テレビなど多くの選択肢の中から、技研は高精細テレビに方向を定め、高品位テレビと名づけて研究を進めた。1985年には、これをハイビジョンと命名した。

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ではハイビジョンによってテレビ放送はどう変わったのか?

当時現場にいた私の経験では、まず照明が明るくなった!それに伴い、メークが分厚くなった。ーというようなことで戸惑っていたのだが、実はもっと重要な変化があったのだ!

一つは画角が大変化したこと。今までの43の画角から69の横長の画角になった!この変化はスタジオでは大きかった。スタジオ用語で「見切れ」という言葉がある。アナウンサーはどこからどこまでがカメラに映っていてここから先は「見切れて「見えない」ことを、職業的勘で分かっているのだが、69のワイドに変化した途端、この見切れが全くわからなくなったのだ!一般の方には小さなことと思われるかもしれないが、職業的にはこの感覚が曖昧だとスタジオワークが曖昧になるのだ!アナウンサーとしては、何も囲いのない草原の中に立っているような感じだったのだ!これは取材するカメラマンのアングルにも大きな影響をもたらし、スタジオカメラマンも同様であり、副調整室のディレクターも混乱した!

  もう一つの大きな変化は、今までのテレビでは映らなかったものが映るようになったこと!サッカー中継では、なんとピッチの芝の一本一本が見えるのだ!更にアナウンサー キャスターの着ているスーツの素材や質感も映し出した!言い方を変えれば、安物を着ていても、高級な衣装を着ていても525本の走査線では区別できなかったが、1125本の走査線のハイビジョンは、高級スーツか安物かも映し出すことが出来た!同時にほんの少しのシミも、ハイビジョンは見事に映し出したのだ!つまり、それまでのテレビよりもはるかに多くの情報を視聴者に届けることが出来るようになったというのが「高精細度テレビ」の本質であり、情報の高度化という側面を持っていた!このたくさんの情報をどう制御するかという新たな課題も出てくることになった。

表現の陳腐化も出てくる。

生中継で、秋の紅葉を映して、リポーターが「綺麗ですね」というのが白々しくなるということ!表現もさらに高度化しないといけない時代に入ったということなのだ!この点に多くの放送表現者が気づかなかった!根本的な表現の練り直しを迫られていたのだ!



そして、4K  8Kはー?

ハイビジョンよりはるかに多くの情報を送り出すことになる4K  8Kテレビの表現は、放送を送り出す側の大きな課題だが、まだ誰も新たな表現を提示出来ていない!

多くのブロードキャスターが気づいていないが、間違いなく大きな課題になるはず。

伝送手段の変化と画質の向上を例に見てきたが、それだけではない。地上デジタル放送の開始も、放送の本質的な変革を招いている。

こうしたハードの進化は、テレビ報道の根幹を変えるとともに、テレビの表現に根本的な変革をもたらすなど、テレビの本質そのものに大きな変化をもたらしてきており、今後もこの連関は続くことになる。