ご無沙汰をしております。前回のブログ更新から、
1年が経ってしまいました
皆様お元気でいらっしゃいますか
そして、いかが年末年始をお迎えでしょうか
昨年は、前回ブログ更新直後に、3歳下の妹が突然に亡くなってしまい、想像だにしていなかった私は、混乱と後悔と慷慨の日々を過ごし、年末に一周忌を終えましたが、いまだに、妹のことを思い出さない日はありません。
自分の体のこともあり、あっという間の1年でした。
でも、88才と84才の両親の為に、自分は元気にいなくては・・・という気持ちと、家族(夫とウォーレン)に支えられ、前向きに過ごしてこられています。。。
人生いろいろですね。
さて、前回のブログでも、肺の状態が悪くなり、薬を変えるなどしている・・・と書きましたが、昨年1年間、免疫抑制剤の種類を変えたり、増量したりしたものの、肺の苦しさが増し、KL6の数値も徐々に上がり、一向に良くなりませんでした。
私の場合は、皮膚筋炎の症状よりも、間質性肺炎の方が症状強く、急性憎悪でもしたら・・と不安をずっと抱えていました。
妹がいなくなった今、ここで倒れてはならない!と思い、昨年12月に、現在の膠原病リウマチ科の主治医に、きちんと考えや想いを話し、それを理解して下さり、間質性肺炎の原因が皮膚筋炎であることを見つけてくれた、以前の呼吸器内科の主治医のところに戻ることになりました。
そして、今回タイトル【第2章の始まり】・・・
主治医が変わっての治療のこと、そして、あらたな病気が見つかり、そのことなどを今後書いていきたいと思います
またよろしくお願いいたします