昨日も、上方のまぼろし藝能の調査に‥。有識者提供の論文や文献資料を辿って書籍類探しに出掛けてました。
新たな発見が沢山ありました。
水転百戯、馬芝居、竹田の糸操り、放哥、手爪(手妻)、蒸気からくり、ゼンマイからくり
今では使われなくなった言葉の始まりを辿って来ました。
順番にまたUPしたいと思います。
今回は手爪(手妻)について、
手妻の手爪は鞠芸の技にありますし
よく手品師たちが日本古来の奇術を手妻と言ったと説明しますが‥正しくは大昔は、手品の事も手妻とよんでいた。
今で言う山車からくりも手妻だし神楽やジャグリングも手妻や放下と呼ばれていた。
放下は、芸をする僧侶‥放下僧の事です。
上方藝能を調べて行くと真実が分かる書籍がいくつも出て来ます。特に人形操りの歴史とは上方藝能との繋がりや、まぼろしの藝能「竹田からくり芝居」の形成を調べていると必ず辿り着きます。
古い書籍には南京機巧竹田人形と記されてる書から推測すると大陸伝来の藝能が日本独自の藝能に改良されたのだと思う
「手妻」使う者が正しい知識で広めないと誤解が広まってしまっている。上方の楽屋言葉の歴史にも手妻の説明は戦後より間違え手品だけの意味である書き方がされているが更にさかのぼった資料には浄瑠璃の本朝三国志演義などに手爪の三曲取りと出てくるが此方は大道芸的なジャグリング(品玉や放下)の事も手妻とよばれていた事実が確認出来ます。
三国志時代、仙人や医師、手品(日常の知恵)などの知識を有する職業を方士と分類されている
藝能も王朝時代貴族ものから庶民の藝能となり大陸からの傀儡集団の演目、「手妻」妻娘が演じる小手先芸からの流れである事実につながる。
九州地方には支那手妻と言い中国人が演じていた記録もあります。
手妻遣いとは、糸など操り手先の奇術、むくらましにたけた者。とあり、手妻人形、からくり、手品、ジャグリング(品玉)を昔は手妻と一括りに手妻と認識していた事がわかる
なので、昔も今に残る
山車からくりも手妻、手妻人形。
日本古来の手品も手妻。
日本古来のジャグリング(品玉)も手妻。
操り人形芝居も手妻と表現して良い事になる。
決して手品だけの事だけでは無いのです。
手品師だけが独占したい為だけに手妻を語ることはあってはいけないので正しい説明をくわえる必要があります。
手妻師と語るなら、手品、ジャグリング、からくり、人形操り、全てを演じれないと本物の手妻遣いではない事になる
