石油はドルでしか買えない、だからアメリカは強かった

    いつか人民元の時代が来る?

                 2022.07.06  朝日新聞GLOBE+

 米テキサス州の中心都市ダラスから飛行機で 1時間あまり西にあるミッドランド。空港から車を

走らせると、広がる荒野のあちこちに、油井を掘るやぐら(リグ)や採油ポンプ、原油のタンクが

見えてきた。巨大なおもちゃの「水飲み鳥」のように、ポンプジャックが頭を上下に動かしながら

原油をくみ上げている。

   ミッドランドのある州西部のパーミアン盆地は、全米最大級のシェールオイル・ガスの産地だ。

世界最大の産油国・米国を支える この町は、世界のエネルギー情勢を色濃く反映する。

パーミアン 盆地で 最大の生産量を誇る 米シェールオイル大手「パイオニア・ナチュラル・リソーシーズ」

のジョーイ・ホール副社長(56)は、「 生産量は 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて 大きく

落ち込んだが、ロシアのウクライナ侵攻後に、コロナ前を上回るほどに増えた 」と説明する。

   この 2~3年、原油価格は 乱高下している。コロナ禍で 経済が停滞して 原油の需要が急減。

2020年初めには 1バレル=60ドル程度だった原油価格は 10ドル台が続いた。

                                                              1バレル=約159リットル

 ところが、コロナ禍からの経済活動の再開 や 脱炭素化による投資減少で 原油価格が高くなりつつ

あったところに、世界3位の産油国・ロシアが ウクライナに侵攻。

その日(今年2月24日)に 原油価格は 一時100ドルを突破した。さらに 米国のロシア産原油禁輸方針

が伝わった 3月7日には 13年8カ月ぶりに 一時130ドル台をつけた。 5月末には欧州連合(EU)も

追加制裁として 禁輸措置の導入で合意、ロシア以外の原油の需要が増えることになった。

 

   パイオニアの損益分岐点は「30ドル台半ば」(ホール副社長)というので、巨額のもうけが出て

いる計算だ。ホール副社長は「 いまも 生産量の75%を 欧州やアジアなどへの輸出に回しているが、

今後は 欧州向けが増えるだろう 」と話す。

 

   こうした資源・エネルギーに加え、基軸通貨ドルという強力な「武器」が、米国の覇権を支えて

いる――。 そう指摘するのは、資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表(70)だ。

そのカギを握るのが、石油の取引を ドルのみでおこなう「ペトロダラー体制」だという。

 「 石油取引の通貨を ドルに一元化することで、サウジアラビアなど産油国が 石油を売って得た

ドルで 米国債を買う再循環が構築された。1973年のオイルショック後、米国が サウジに原油価格

の引き上げを認める一方、取引は ドルでするよう求めた。そうしてペトロダラー体制が生まれた 

 

    米国は 71年の「ニクソン・ショック」で ドルと金の交換を停止。基軸通貨ドルは 金の裏付けを

失ったが、かわりに 原油の裏付けがつくようになった。

80年代、米国は 貿易赤字と財政赤字の「双子の赤字」に苦しみながらも、ペトロダラーの再循環

によって支えられた。

米国の通貨覇権の背景には、米国の経済力と軍事力とともに、このペトロダラー体制がある 

と柴田さんは指摘する。

 

   原油価格の国際的な指標は すべてドル表示だ。米ニューヨーク商業取引所で取引される「WTI」

は もちろん、欧州産の「北海ブレント」や 中東産の「ドバイ」も 価格はドル建てで、それが原油の

売買を ドルでおこなう理由の一つになっている。

 

   この強固なペトロダラー体制に、かすかな揺らぎを感じ取っていたのが、国際通貨研究所の

渡辺博史理事長(73)だ。 2004~07年の財務官時代、中東の湾岸協力会議(GCC)6カ国が、

ユーロのような共通通貨の導入を検討していた。

 「 米国は サウジに『 共通通貨には反対しないが、原油価格をドル建て以外にすることには 

徹底的に反対する』と通告していた 」。

 中東の産油国が ドル以外の通貨で 原油取引をするようになれば、ペトロダラー体制が崩れかねない

と懸念したのではないか  ――。

 

   この中東の「ドル離れ」は 抑えられたものの、その後に「 脱ドル支配 」の動きを強めたのが

中国とロシアだ。

   中国は 08年のリーマン・ショックの後、中央銀行の人民銀行総裁が ドル基軸通貨体制に異議を

となえ、外貨準備として ドルをためこむ 従来の方針を転換。18年には 人民元建ての原油の先物市場

を上海につくった。

   ロシア経済に詳しい立教大学の蓮見雄教授(61)は、「 ロシア中央銀行の外貨準備は 17年には

50%近くを ドルが占めていたが、21年には その半分以下に減り、ユーロや金、そして 人民元を

増やした。貿易でも 中国への依存度を高め、輸出入とも 最大の相手国になった 」と説明する。

 

   ロシアも 石油や天然ガスの代金を ドルで受け取ることが多かったが、ドルを減らして 人民元や

ルーブル、ユーロの割合を増やしている。

 蓮見教授は「 制裁で SWIFTから締め出されたロシアは これまで以上に人民元決済 や ルーブル決済

を増やそうとするだろう 」とみる。

 

   さらに、今回の対ロシア制裁が 「ドル離れ」を加速させるだけでなく、ロシアや中国、中東諸国

と、欧米などの西側諸国に 世界を分断すると、柴田さんは予想する。

ロシアなどが保有する 石油やレアメタル、小麦、肥料といった重要資源の取引で使われる通貨は

ドルにかわって 人民元となるだろう。それは、ペトロダラー体制による ドル支配から、重要資源・

人民元体制への移行を意味する

 

   基軸通貨が 英ポンドから米ドルにかわったのは、2度の世界大戦を経た後だった。

ロシアに対する経済制裁は、今は まだ 圧倒的なドル覇権の「 終わりの始まり 」になりかねない。

グローバル化によって 国をまたがるモノの売り買いに使われるドルの存在感は高まり、米国の

「ドルを使わせない」という制裁も 力を増した。

   逆に 制裁が ドル離れを加速させ、ドルでつながったグローバル化の鎖が 断ち切られようと

している。グローバル化を推し進めた 西側諸国はいま、「 両刃の剣 」を突きつけられている。