おはようございますあじさい

今日は曇りでいまにも雨が降り出しそうです。

長いお休みのせいか昨日は、たくさんのお客様がいらっしゃいました。

少し行列になってしまいご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

おかげさまで感謝申し上げます。

 

今日は、メルマガ 「人の心に灯をともす」より

菅原圭(けい)氏の心に響くお言葉より。。。どうぞ聞いて下さい。

 

人はたいてい、つらい過去は受け入れられない。

 

学校でいじめられたから勉強が好きになれなかった。

だから、いい大学にも入れなかった。

 

そんな過去があったとすると、その過去を封じ込め、

忘れるようにして次のステップに進もうとする。

だが、これでは本当の運は微笑んでくれない。

 

どんなにつらい過去だとしても、その過去があったから今がある。

それは紛ごうことなき事実なのだ。

今の自分があるのは過去のお陰だと受け止めるだけでなく、

さらに一歩頑張って、心からありがとうと言って、その過去こ感謝する。

そこまでいけば、本当に過去を乗り越えられたのだと胸を張っていいと思う。

 

知人にこんな女性がいる。

彼女は家庭の事情で大学進学をあきらめなければならなかった。

 

成績優秀だったから、自分より成績がふるわなかった級友たちが大学に進み、

一流企業に就職するのを見て、どんなに悔しかっただろうか。

 

高卒の彼女が入社したのは無名の服飾デザイナーの小さな事務所。

仕事は電話番兼事務員兼、いうなれば雑用係だった。

 

現在、彼女は業界では知らない人はいない存在になっている。

 

勤めていた事務所のデザイナーはどんどんビッグになっていき、それにつれて、

彼女の仕事も大きく育っていった。

10年目には独立し、服飾関係の情報雑誌を創刊した。

 

雑用をこなしながら、事務所に出入りする人と着々と人脈をつくっていったから

情報網は細かく広く、それらの情報を網羅した彼女の雑誌はいまや、

アパレル業界で仕事をする人にとって欠かせないメディアになったのだ。

 

現在はウェブ発信を主流としており、販路は世界に広がっている。

いうまでもなく、経済的に大大成功。

住まい六本木の高層マンションだ。

 

すんなり大学へ進み、平凡な就職をしていたら、現在のステータスやセレブライフは手に入らなかっただろう、

「悔しさがバネになりましたからね」と言う彼女は今、大学に行けなかった過去に、

心から 「ありがと」 と感謝しているそうだ。

 

彼女のように、思うようにならなかった過去を肯定し、過去に対して心から 

「ありがとう」と感謝できるようになると、過去は幸運の源になる。

過去に感謝できるようになった瞬間から、運は加速的によくなっていくものだ。

 

『運のいい人が心がけているちょっとした習慣』 河出書房新社

 

 

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中村文昭さんが以前、講演でこんなことを語っていた。

 

『20代後半の頃事業を始めようとしたが、全くお金がありませんでした。

 

それで、高額所得者を片っ端から調べ、その人達からお金を借りようと思ったのです。

いつか本を書こうと思っていたので、この経験が本のネタになると考えました。

 

そう思うと、すぐに借りることができてしまったら本のネタにはならないので、

「少なくとも100人には断られたい」と考えました。

 

だから、行って断られ、門前払いされてもまったく苦にならず

むしろ、 「おお!これでネタがまた一つ増えた」とうれしかったのです。』

 

 

 

どんな苦労も、それが、本を書いたり、

講演するネタになると思えば、苦労は多くても苦にならない。

逆に、苦労したことに感謝もできる。

 

誰かに怒られたことも、非難されたことも、失敗したことも。。。

過去に起きた、いいことも悪いことも、すべてに対して感謝できる人で。

 

 

 

 

 

 

 

今日も笑顔100万トンで、GO! GO!  HAPPINESSビックリマーク

 

皆さん、コロナにまけないで!!

 

おはようございますクローバー

長いゴールデンウイークも終わり、仕事が始まりました。

緊急事態のさ中、どこも行くところがない私は会社で仕事をやっており、

整理整頓、片付け等々、有意義な連休でした。ニコニコ

 

今日、スタッフもみんな元気な顔で出社し、ホッとしました。

さぁ今日からまた頑張って行きます!!

 

今日はメルマガ「人の心に灯をともす」より。。。

小林正観さんの心に響くお言葉より。。。どうぞ聞いて下さい。

 

動物には 「自己保存」と 「種の保存」という二つの本能があります。

 

自己保存は、食べ物がなくなると移動をして、体を維持する行動をとること。

種の保存は、相手を探して自分の子ども、子孫を残すこと。

しかし、本能はこの二つだけではありません。

 

三つ目の本能を一度でも知ってしまうと、抵抗できません。

なぜならば、本能として組み込まれているからです。

 

人間だけ組み込まれている本能、それは 「喜ばれると嬉しい」ということ。

なぜ人間は、この三つめの本能をもらったのでしょうか。

 

神様は、ただ喜ばれると嬉しいという概念だけの存在で、種の保存にも、

自己保存にもまったく興味を持っていません。

 

そのエネルギーを、人である生物にプラスして、「喜ばれると嬉しい」

という概念を上乗せしました。

 

その上乗せされた存在を 「人間」と呼びます。

動物と神とのあいだに存在するのが、私たち人間なのです。

 

 

人間にとっては、 「自分の存在が喜ばれる」ことが心から嬉しいと思えることです。

 

ただし、 「これを人にやってあげたら、きっと嬉しいと思われるだろう」と考えているものは、

空振りすることもあります。

 

人に喜ばれることを実践しても、その中で本当に喜ばれることは、50%ぐらいです。

一年経ち、やっと70%くらいになります。

 

では、間違いなく喜ばれるのはなんでしょう。

 

それは 「頼まれごと」をすること。

 

喜ばれる存在とは、 「いかに頼まれやすい人になるか」ということです。

基本的に、できない頼まれごとは来ません。

 

引き受けたからには 「いい仕事をしよう」などと気負わずに、そのときの力で

「良い加減」で、ニコニコとやっていけばいいのです。

 

頼まれたときに、自分ではできないんじゃないかと勝手に判断して断ることを

「傲慢」といいます。

 

しかし、自分の中に 「できないことでもなんでも引き受ける」と言う気持ちがあると、

できないことまで持ち込み、行き詰るかもしれません。

 

引き受けることにより自己嫌悪が大きくなる場合や、物理的に不可能な場合は断ってもいい。

 

 

「頼まれごとのない人はどうするのですか」と聞く人がいます。

 

眉間にしわを寄せ、口はへの字口になっている。

 

さらに、愚痴や文句ばかり言い、眉間にしわを寄せていると、誰も頼んでくれません。

 

口角が上がっていて、にこやかな顔・姿・形をして、嬉しい楽しいとにっこり笑っていると

頼まれやすくなり、「喜ばれる存在」として、ひとつ実践できたことになるではないでしょうか。

 

『笑顔で光って輝いて』 実業之日本社

 

 

 

たとえば、地域の自治会やPTAや、様々な公的・私的な会の役職を引き受けてもらうよう、

頼みに行くことがある。

 

そんなとき決まって、 「あの人だけはダメだよ(よした方がいい)」と言われる人がいる。

「頼みにくい人」であり、 「頼まれない人」だ。

 

頼みやすい人は、さわやかで、明るい。

頼んだとき、ひとつもネガティブなことも、言い訳も言わず、

ニッコリ笑顔で引き受けてくれる。

 

頼まれやすい人は、人に与え続けてきた人だ。

見返りを求めず、与え続けてきた人の顔が 「頼まれやすい顔」。

 

「頼まれごと」を引き受け続けてきた人と、

「頼まれごと」など一切引き受けてこなかった人は、定年後(後半生)の人生で

大きな違いが出てくる。

 

人から頼りにされ必要とされる人生か、それとも、誰からも必要とされない人生か、の違いだ。

人生の後半生は、前半生の結果が出る。

 

人には、喜ばれると嬉しいという本能がある。

 

頼まれごと多き人生を歩みましょう。

 

 

 

 

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今日も笑顔で, コロナに負けないで!!

 

 

 

 

おはようございますクローバー

今日は、あいにくの雨宇宙人明日も雨予報です。

 

弊社ダイハチの連休は、カレンダー通り。

4月29日、5月2日、3日、4日、5日と日曜日を含めて4日間。

宜しくお願い申し上げます!

 

今日は、致知出版社 「人間力メルマガ」より

稲盛和夫氏の著書 『何のために生きるのか』より。。。

どうぞ聞いて下さい。

 

我々人間は大変素晴らしい知恵を神から授かっています。

 

素晴らしい頭脳を駆使して近代科学を発展させ、

素晴らしい文明社会をつくってまいりました。

 

知恵によってあらゆる生物の頂点に位置し、地球上にあらいる生物を食べて生きながらえ、

繁栄を図ってきました。

 

見方を変えますと、一般の動植物は自分の命を差し出して他の生き物を助けてあげていますが、

我々人間は、植物でも動物でもすべてのものを殺して生き永らえて繁栄を続けているのです。

 

そうやって生き物の頂点に位置し、それぞれの人生を生きているのが

我々人類の姿であります。

 

そう考えると、私にはこういう思いが湧いてくるのです。

 

人間は素晴らしい理性とか良心というものを持っているではないか。

 

ならば、すべての命を収穫して生きるだけではなく、

理性とか良心の領域を使って、

他のものたちに対して何か施しをすることも考える必要があるのではないだろうか。

 

せっかくこの世に生を受けたのですから、命のある限り自分だけが生きるというのではなくて、

我々人間も世のため人のために少しでも尽くして生きるべきではないのか。

 

わずかでもいいから、世のため人のためにつくす生き方が人間として大変大事なのではないか。

 

そこに、この人生を生きていく意義があるのではないかと思うのです。

 

つまり、私たちは何のために生きるのかといえば、

その第一の目的は、

世のため人のためにささやかでもいいから尽くすことであると

私は思っているのです。

 

 

 

 

 

すごく共感するものがあります。

 

 

今日も笑顔100万トンで、GO! GO!  HAPPINESSビックリマーク

 

皆さん、コロナにまけないで!!