令和3年11月22日(月)


良い夫婦の日。

車のナンバーで1122を見掛ける度に、このナンバーを選択しているからには間違いなく既婚者なのだろうが、どういう夫婦なんだろ?と想像してしまう。よほど良い夫婦なのだろうか?

それとも良い夫婦になりますように、という願いなのだろうか?

我が家はというと、特別に仲が悪い夫婦ではない。かといって特別に(とびきり!という意味で)仲が良い夫婦でもない。

お互いにお互いの事はよく知らないし、干渉もしない。必要な時に必要なだけ一緒に行動できればそれで良くて、それ以外でお互いが何をしていようが特に気にしていない。(少なくとも私はそう思っていて、夫がどう思っているかは正直分からないし、話し合ったこともないが、不平を言われたこともないので、たぶん満足しているのだろうと思う)


今回、娘を連れて4泊5日の旅に出ると、行く直前に伝えた時にはさすがに驚いていたが、全く反対している訳でもなく、行く時は空港までご機嫌で送ってくれたので、一人を満喫できる!と、むしろ喜んでいたのかも知れない。


今回の旅で私は出発早々、致命的な失態を犯した。

災害に見舞われたら、これだけは肌身離さず持って出ようと心に決めているコンタクトレンズを忘れたのだ。

自分で空港まで車を運転していたら、車に乗った時点で気づいた筈だし、取りに帰った筈だ。

けれど夫がご機嫌で送ってくれているのに、もしコンタクトレンズ忘れたから帰ってくれと言ったら、会社に間に合わなくなると、その場で車を降ろされたかも知れない(夫にとって会社に遅刻するとか、急な予定変更は最も憎むべき行為なのである)。大袈裟なように思えるが我が夫ならやりかねないし、せっかく旅に出るのに夫に不機嫌になられるのはごめんこうむる。

というわけで、私はコンタクトレンズを忘れた事は黙っておくことにし、暫くのコンタクトレンズのない生活を覚悟した。

私は昔から近視で、高校生の時以来、ずっとコンタクトレンズを付けて生活をしている。そんな私がコンタクトレンズを付けずに生活するなんて!!しかも5日間も。

でも香川県で生活している時と違い、車を運転しなくて良いし、私の視力は右目裸眼0.09、左目裸眼0.9なので、左目の視力だけで何とかいけるはずだ。(車の運転は左目だけでは、なかなか厳しい)


空港に着いて最初は戸惑った。

今まで見えている世界が見えないのだから。

でも見えないものは敢えて見なくても、そこそこ生活できるし、だんだん人間は置かれた状況に慣れてくる。それも急速に順応するものだ。

それに今更嘆いても、私には選択の余地はなく、近視やら遠視やら乱視やら色々混ざったややこしい私の視力に間に合わせるコンタクトレンズやメガネは直ぐには用意できないのだ。

それに慣れてきて久しぶりにコンタクトレンズのない生活をしてみたら、コンタクトレンズをしている時には見えないものが見える(見えるように感じる)ことに気づいた。

言葉で説明するのは難しいが、人の流れとか人の感情とか、その場に必要な色とか。

何となく雰囲気で掴むものが、あまり目が見えない方がよく見えるような気がしたのだ。


私は生まれ育った環境からか、人の感情や視線を気にしやすい。そういう、時には余計なもの(余計ではない時も勿論ある)から乖離した生活は何だか楽だし、自由にものごとを考えられるな、と感じた。

もちろんこれは旅先だからこそのことで、日常生活に戻れば、ちゃんと見える生活が望ましいに違いないのだが、今回コンタクトレンズを忘れたお陰で、何かちょっと良いことに気づいちゃったなぁと思う。



旅先で買った緑の千鳥格子のコートと黄色のスカート、ハラコのバッグは、普段の私ではなかなかしない組み合わせ。

パッと見たお洋服が素敵で、パッと買ったが、

何だか良かった。これも多分あまり見えてないけど、何かが見えていたおかげかな。


今から帰ります。


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