お仕置きブログ お尻叩きな毎日 精神と心の部屋           (お説教、お尻ペン、スパンキング、カウンセリング)
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2018年10月19日(金) 16時35分52秒

お仕置き報告

テーマ:お仕置き報告
サイト「お仕置きの部屋」では「お仕置き後の感想」の更新をしました。
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10/19(金) お仕置き後の感想「つむぎさん」 追加


ブログではアップしない内容なので、興味ある方やどのようなお仕置きがされているか不安な方など、どうぞ参考にしてください^^
内容はお仕置きを受けた方がどのようなお仕置きだったかを、自主的に、そしてなんの制限も受けることなく自由に綴った感想となっています。
感想はお仕置きを受けた皆さんに書いてもらっていますが、本来は私自身で参考にするために始めたものです。
そういう趣旨なので、サイトには出してほしくないという方の感想は掲載していません。
心や気持ちを共感できる部分があると思うので、自分を律するためにも読んでみるといいかもしれませんね。

また、私が客観的に見た感想もコメントとして書いていますのでご覧ください。




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2018年10月16日(火) 22時56分05秒

Q&A お仕置きと性衝動

テーマ:Q&A
コメントから来た質問です。
質問があると記事も書きやすいのでスパ関係でも日常のことでもなんなりと質問してきてください^^
なお、質問はアメブロのコメント欄からお願いします。


Q.私はラブスパ派なのかと思っていたんですが、お尻ペンペンに多少エロさを求めますが、エッチはしたくない感じです
おかしいのでしょうか

Q.私はディシプリン派のキーでお仕置きに性的な事があるのは絶対に嫌なのですが、お仕置き欲が上がってしまう時にお仕置きのことを考えて一人でしてしまって、あとになってすごく自己嫌悪になります、これって変ですか?

Q.お仕置きに性的な事がはいるのはNGなのですが、お仕置き欲は私の中では性欲のようなもので、そんな私は京介さんの所に行く資格がないなと思っています、そういう子はやっぱりいらっしゃらないですか?

A.
お仕置きにある種のエロティシズムを感じてしまっている事に関して悩んでいるディシプリン派のキーさんはたくさんいます。
しかしそれは過度な羞恥心であったり、いけないことという意識が要因になることもあります。
ま、このような人間の性衝動に関してはまた別の記事で書きたいと思いますが、ディシプリン派のキーさんであるから性衝動を感じるのに違和感を持つ気持ちは分かりますが、それはそれでいいのです、そういう感覚になるから頭から離れなくなったり、惹きつけられてしまうのですからね^^
性衝動と性的なお仕置きは全く違うものであるので、そこは全く気にしないでいいと私は思っています。

今回は質問に関して簡単に返答したいと思います。
まず最初の質問ですが
「ラブスパ派なのかと思っていたんですが、お尻ペンペンに多少エロさを求めますが、エッチはしたくない感じです」とのこと。

A.
ラブスパの定義というのがちょっと難しいのですが、その行為でディシプリン的なお仕置きが成立して反省できるのであれば、エロさを求めたお仕置きも有りだと思いますが、肉体的な性的興奮を楽しむ行為になってしまうのであればそれはラブスパと言えるでしょうね。
ただ、エッチはしたくないという事なので、ディシプリンのお仕置きは成立しそうですが、お仕置きにどこまでのエロさを求めているのかが不明なので、微妙なところですね^^;
性器や胸、性感帯等を刺激するようなお仕置きは全てラブスパと私は考えています。


次の二つの質問はまとめて返答します。
「ディシプリン派で性的なお仕置きは嫌なのにお仕置きのことを考えて一人でしてしまう」
「お仕置き欲は私の中では性欲のようなもので、そんな私は京介さんの所に行く資格がないなと思っています」

こういう悩みを抱えている人は多いと思いますが、お仕置きのことを考えて一人エッチをしたとしてもそれが性的なお仕置きを望んでいるということではありませんよね。
性的でないディシプリン的なお仕置きに性衝動を感じるキーさんは普通にいますし、性衝動を感じたとしたら、それを考えて一人エッチをするのはおかしなことではありません。

また、お仕置きに性衝動を感じるのであれば、お仕置き欲を性欲として脳で認識してしまうことは当たり前のことです。
人間は、脳のどこの領域で物事を認識するかまではコントロールできないので、自分の感情と体の反応は必ずしも一致しないのです。

無意識に脳で認識していることもあるので自分でも気づいていない場合もありますが、女性の場合は特に愛情で満たされたいという気持ちが根本にあり、それを求めてお仕置きに惹かれてしまうということが多いと感じます。
仮にお仕置きという行為に性衝動が混ざっていても、心理面でディシプリン派のお仕置き、つまり性的要素の一切ないお仕置きを求めているのならそれでいいのです。
それは、ディシプリン派のキーさんにとっては、お仕置きに性衝動を感じることと、性的なお仕置きというのはイコールではなく、比較対象でもなく、全く次元の違うものだからです。
そういう子もたくさん私の所には来ていますので、そこは悩まずに安心して依頼してください^^

お会いした時には、そこら辺のお話しをすることが多く、どうしてそのような欲求を持ってしまったのか、そこら辺の心理の追求をしたりしています。
悩んでいる方には欲求についてのお話しもしていますし、それで自分のことが少しわかるだけでも心の安定につながります。
なので自分を分析したい人など、そういった相談も歓迎しますよ^^


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2018年10月02日(火) 16時40分52秒

Q&A お仕置きの分類

テーマ:Q&A
ブログのコメント欄から興味深い質問があったのでそれについて書きたいと思います。
また、今後もこのような形で質問に答えていきたいと思いますので、アメブロのコメント欄にて質問してください、必用に応じてブログ上にて返答していきたいと思っています^^

返答に関してはあくまで私見ですからね^^;
いろいろな考え方がある中で、私がこうあるべきであろうということをご返答していきます。

Q.
スパ動画を見ても、色々なスパがありますよね?
私は膝の上で子供のようにお尻ペンペンされたい願望があります。
でも、ケインとか使ってお尻が真っ赤に腫れ上がり、皮が破け血が滲むような懲罰的なスパもありますよね。
スパンキングって何種類かに分けられるんですか?

家庭的なお仕置き=「お尻ペンペン」だと思うんですが、
スパンキング→ただ叩かれたい。
お尻ペンペン→子供がされる。
懲罰→凄く悪い事をした時。
こんな感じで分類されますか?合ってますか?


A.
そうですね、私もそういうような認識でいます。

スパンキング→ただ叩かれたい
ディシプリンスパンキング=躾のためのお仕置き(性的要素無し)→悪いことに対してのお尻叩きの罰

スパンキングはそのままですが、「お仕置き」に関してはある意味分類は存在します、その分類というのはお仕置きを受ける側の心理であり、場の雰囲気も関係してきます。
ちなみに性的な事を含むお仕置きは除外しています、性的なことがないお仕置きの分類です。

①家庭的なお仕置き
絵本やアニメに出てくるような、厳しくても何か”温かい雰囲気”のお仕置きで、虐待的、懲罰的ではないものを指していると私は捉えています。
私のお仕置きは基本的にこの家庭的なお仕置きとなります、凄く悪い事をしたら厳しくはなりますが、皮が破けて血が滲むくらいのお仕置きは家庭的なお仕置きと認識していませんので、そこを限界としてお仕置きをしています。
また、家庭的なお仕置きでも、「平手のみ」「平手と家庭にある道具のみ」「道具の種類は問わず」と人により分けられます。

②懲罰的なお仕置き
懲罰的と言うと家庭的な雰囲気はそこには存在しません、悪いことをしたんだから我慢して罰を受けなさいという、声も出せず、何やら”冷たい雰囲気”のお仕置きを指していると私は捉えています。
教師が生徒に対する体罰や罪人を処罰する体罰であって、良い子になるようにというよりも、懲らしめるため、苦しめるためのお仕置きというような感じでしょうか。
もちろんこれもディシプリンスパですしお仕置きですから、私も人によってはこのようなお仕置きをすることもあります。
ただ、そうはいっても皮が破けて血が滲むまでのお仕置きはせず、そこを限界としてお仕置きをしています。

➂虐待的なお仕置き
本気の力ずくで押さえつけながら叩いたり、皮が破け流血しても叩き続けたり、相手を痛めつけたり傷つけるのが目的というような”乱暴な雰囲気”のお仕置きと私は捉えています。
「厳しくお仕置き」というと、このように考えてしまう人もいるので、注意が必要です。
私は要望があればしますが、要望もないのにすることは一切ありませんのでご安心を^^;

④拷問的なお仕置き
悪いことの罰といっても様々あります、単純にお尻を出してお尻を叩くことにとどまらず、屈辱的な雰囲気のお仕置きも存在します。
理不尽なことを含むこともあり、”拷問的な雰囲気”のお仕置きとなります。
具体的には、縛られて抵抗できないようにして叩かれる、声を出せないように口をふさがれる、辛い体勢を維持させる、お灸をすえられる、裸にされる、通電される、洗濯ばさみで敏感なところをはさまれる、ロウソクを垂らされる、浣腸される、などです。

これらの一部を”性的なお仕置き”と捉える人は多いと思います。
ですがこれらを、”性的な興奮を煽るためにするのではなく、肉体的、精神的苦痛を与えるためだけにする”という前提があるのならば性的ではないという解釈もできます。
ま、ここまで来てしまうとSMレベルになってしまいますけど、別にそれはそれでいいと思います。
また、それでも心理状態がしっかりと「ディシプリンのお仕置き」と捉えているならばそれでいいのではないでしょうか^^;
ただこのレベルになるとお互いの確認は必ず必要です。

私の場合は一部については要望があればすることもありますが、要望が無いのにすることはありませんのでご安心を^^;
また、初めて会う関係であればこのようなことを考えてる人も必ずいるので事前に確認した方がいいと思います。

以上、分類的には大きく分けて4つほどあるかと思いますが、これは全てお仕置きを受ける側がどのような雰囲気でお仕置きを受けたいかという心理的な部分での分類であって、どれを選ぶかはお仕置きをする側ではなく、される側が決めるべきことです。
それは自分が求めていたり欲していることであって、それを埋めていかなければいけないからです。

また、最後にあげた「拷問的なお仕置き」は、スタンダードなお仕置きとは全くの別物となります。
最初はだれでもディシプリン派のキーさんである子が殆どですが、いろんなお仕置き見たり読んだり妄想しているうちに、だんだんとこのようなことを欲してしまうというのはよくあることです。
こういったことで悩んでしまっている子も意外と多いのですが、深層心理下では似たような構造なので悩む必要はないですよ^^

なにか題材にしてほしいことがあったらコメント欄にてお願いします、話題にしたい内容であればブログ記事にてご返答しますのでお気軽にどうぞ。
コメントに関してはアメブロの方のブログからしてくださいね^^



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2018年09月28日(金) 18時13分07秒

人間力

テーマ:精神的なお話
「人間力」って検索してみたらそういう言葉って存在しているんですね、ただ私の持っている広辞苑にはその言葉はないので、最近作られた造語のようなものなのでしょうか。

まぁ私の言っている「人間力」というのは、単純に言葉そのままで「人間としての力」であって、それは勉強の能力ではなくてコミュニケーション能力はもちろん、挫折や辛いこと、不幸を乗り越える力であり、一人で生きていける力のことを言っています。
前記事に書いた「挫折に弱い人」はこの人間力を身につけていくことが必要だと思います。

人間は何が一番嬉しいことかというと、それは脳が幸福感を感じる事であることは間違いありません。
人の悩みには、失敗、挫折、不幸な事、対人関係とありますが、その時に気持ちをどうやってコントロールするかが重要です。
物事の捉え方や考え方でプラスに考えて気持ちを切り替えてみたり、考えてもどうしようのないことを考えないようにしたりと、人間力のある人はそれをうまく消化できるから幸福感も感じやすいんです。

また人間の悩みの大半は対人関係だと言われていますが、その中で大切なものはコミュニケーション能力です。
世の中には理不尽なことはいっぱい存在します、小さい頃はそんなことは教えられていないので、理不尽な仕打ちがあると当然大きなショックを受けます。
そこから立ち直り、またショックなことがあり、その繰り返しでどんどんとストレスに耐性をつけていって人間力をつけていかなければ不幸を引きずってしまいます。

また、ストレスに対して耐性をつけると同時に理不尽な人や理不尽なことに対しても柔軟に対応できる術を身につけることも必要で、これも人間力です。
小さい頃からずっと親や先生に、正しいことをしていれば間違いないと教えられていたのに、時には正しいことをつき通すといじめられる原因になったり、孤立してしまったりと、小さい頃に教えらてきたからこそショックも大きくなるものです。

もちろん正しいことは正しいので曲げる必要はないのかもしれません、ただし、自分を守るためにも、ある程度は融通をきかせて理不尽なことにも従ってみたり、譲歩してみたりという、ある意味の屈辱感も仕方がないことでもあるのです。

正しいことだから曲げたくないと突き進んで、その結果孤立しても、信念を通せたという意味で幸せを感じられるのなら突き進んだ方がいいに決まっています。
従ったり、譲歩することは屈辱だけど、突き進む辛さ、孤立する辛さから比べてると幸福感を感じられるのであればそうすべきです。

これをしたとしたら嫌悪感はあるでしょうし、道徳的にも人間的にもやっていることはおかしいのですが、自分は生きていてどっちが幸せを感じるのかを天秤をかけてもいいのではないでしょうか。
結局人間の世界は影響力がある人が正しくなる傾向があり、それは本当におかしいことです。

影響力のある人が「白いものを黒」と言ったら黒なんですね、もし白と言ったら理不尽な扱いを受けてしまう。
これをくつがえすには更なる影響力のある人が「これは黒ではなく白」と発信しなければならず、結局は影響力の戦いになるんです。

この不条理は、子供の世界でも大人の世界でもどこに行ってもあることで、本当はそれは人間としてダメなことと分かっているはずなのに黙認されている事実で、そいういう理不尽な事が一番の心が病む原因でもあります。

ま、「影響力がある人には逆らわない方がいい」なんて悪魔に魂を売るような事は学校では決して教えませんが、人は少なからず、そうやって自分を守ってたくさんの嘘(思っていても言わないことを含む)をついて生きているわけで、それはなんでかというと心を病むことがどれほど辛いか知っているからです。

また、理不尽なこと代表としてイジメの問題です。
いくら「いじめはダメ」と教わってきても子供時代には必ずイジメはあるものです。
そして「イジメはダメだよ」と教えている大人の世界でもいじめは必ずあるんです。

その中でも、自分の我を通したためにイジメられた、正しいことだからと突き進んだからイジメられた、影響力のある人に逆らったからイジメられた、というようなことであれば、自分の立ち位置を把握して、理不尽なことにも柔軟に対応するコミュニケーション能力である程度は対処できるものです。

もちろん長い歴史の中で、理不尽なことには絶対に従わない人は存在するわけで、それを通したばかりに処刑されたり、命を奪われてしまったり、孤立してしまったりという人はいて、そういう人はそういう信念のもとに行動しているので、死を選んだ方がましだ(死んだ方がまだ幸せだ)と判断したんだと思います。

そこまで潔い人は本当に尊敬はしますが、本人はそれでよくても家族や親友、恋人はとても苦しみますから、そう考えるととても複雑ですね。
私の場合はどうするかというと、ほぼ自分の信念を貫き通しますが、協調性が関与している場合においては理不尽なことに譲歩することはあると思います。
ただ、これは今の自分だからですね、過去を振り返ると、そうではありませんでした。

ま、私が書いていることはそういう選択肢もあるということで、自分が少しでも幸せに感じるためには、柔軟に対応したほうがいいし、それも人間力であるということです。
信念をつき通すといって頑張っても、それが原因で心を病んで精神疾患になってしまって一生影響してしまう人はたくさんいますが、それがその人にとって幸せならいいのですが、不幸であれば、他の少しでも幸せになれる選択肢を選ぶべきで、それで誰かが犠牲にならないのであれば構わないと思います。

そしてこのような人間力があれば一人で生きていく力ができ、自分のやりたい人生を送ることもできるのです。
自分のやりたいことをする、それが幸せの条件だと私は考えています。

人間の命には限りがあって、それは生物に共通していることです、そして人間だからこそできるのは、自分の発想で人生を決められるし、変えられる、すなわちやりたいことができる能力が備わっているということです。

そして人間は何を一番手に入れたいかというのはおそらく共通して「幸せ」という幸福感だと思います。
その幸福感が何かというのは、心とか物とか仕事とか人脈とか地位とかお金とか、それは人それぞれです。

ただ、親が「幸せになるから」とレールを敷き、言われた通りにする人生は、他人の人生を生きているのと同じで、いつか他人の人生を生きてきたことに気づいた時に、待っているのは不幸のみです。

人生を生きるというのは自分のやりたいこと、自分の決めたことをする事であると思います。
そして人生において”生きている実感”をどう感じるかが大事なんです。
だからこそ生きているうちにやりたいことをやればいいんです。

幸福とは自分の人生を自分の思うとおりに生きる事をまずしなければ手に入らない、そう私は思っています。
自分に自信がない人、何も決められない人、親や周りに流されてしまっている人、、、
自分を見つめて自分の人生を考え直すことも必要だと思います、もうすでに社会人になってしまった人、これから社会に出ようとしている人、まだまだ間に合います。
自分の本質とは何か、何を人生に求めているか、その部分を探すお手伝いもしていますからね^^



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2018年09月26日(水) 18時33分29秒

挫折に弱い人 2

テーマ:精神的なお話
前記事の続きです。

挫折に弱い人というのは、あまり失敗した経験が無かったり、何事も努力で乗り切ってきたり、完璧でありたいと思っていたり、根が真面目でピュアな人に多いものです。

ただ、経験は別として、そういった捉え方、考え方というのは親が無意識に子どもに教えてしまっていることがあるんですね。
特に教育ママやお受験ママ、学歴至上主義の親たちにとっては学歴は死活問題で、子どもの幸せのためには学歴が必要で、それが親としての義務であり、子供に対する愛情だと考えているわけです。

そのような親は子供の幸せのために成績を上げようと頑張っていますが、その理由を言葉を選んでしっかりと子どもに説明しないと、子どもは親に叱られるから、見捨てられるからという理由で強制的に勉強することになり、これでは自分のためではなく、親のための勉強となってしまいます。

つまり親は愛情でやっていることでも、子供は愛情と感じていないということです。
大人になればわかってくれるだろうという認識は甘く、実際にその事で親に恨みを持っている子は何人もいますし、もちろんそんなことは親は知らず、むしろ感謝されていると思い込んでいるのです。
なんで私がここまで言えるかというと、私がこの活動を通して、何人もの人から聞いているお話しだからです。

さらにひどいケースは、親自身の見栄のために子供を操ろうとする親がいて、どうしても周りに自慢したくて学歴だけに突き進んでしまうのです。
例え愛情をもって、子どもの幸せのために尽力を尽くしても、躾の言葉や接し方で確執が生まれ、一生誤解が解けないケースは意外と多いものなのに、見栄のために子供を利用するような面が少しでもあったら、子供は愛情で自分のために言ってくれているんだと思う余地は微塵もありません。

また、親が関係していなくても、日本はまだまだ学歴社会であるために、根が真面目な子供は、学歴がないと負け組なんだと、勝手に認識してしまう事があります。

しかし学歴があれば幸せになれるかというとそうではありません。
学歴があっても挫折に弱ければ幸せになれる確率は低くなりますし、学歴が無くても挫折に強ければ幸せになる可能性はかなり高くなります。
どっちが勝ち組かと言えば、幸せを感じて一生を終える人が勝ち組で、そのレベルでは学歴は関係ないことなんです。

一流大学、一流企業、一流と言われる職業につかせるために教育するのはそれはそれでいいと思いますし、そのレールを敷いてあげられるだけの労力や財力があるのならふんだんに使うべきです。
ただし、子供自身が親の操り人形になっていないか、子どもが人生において本当にやりたいことを邪魔していないかは考えないといけません。

親の敷いたレールを走らなければ「お金は出さない」とか「家から出ていけ」というのは子供によっては死刑宣告と同じで、心の弱い子は親の機嫌のために自分を殺す選択をするでしょう。

子どもには立派な人権や人格がありますから、自分の人生は自分で決めて自分の思い通りにしたいと思うのは当然のことです。
それでも親がこれまでの経験や親としての愛情(自分本位の愛情)で強制的に進路を決めてしまっては、子どもの人生は本人のものではなく、親の人生になり、そんなことではいくらい経済的に豊かになっても真の幸せは感じないものです。

結局親が子離れできていないから心配でしょうがなかったり、いつまでも子供を支配下に置きたいと思ってしまうのだと思いますが、子どもがどのような人生を送ろうが、それが親の気に食わない事だったり心配だったりしても、一人の人間として短い人生やりたいことをやらせてあげるのが本人の幸せです。

親が生きてきた経験を踏まえて子供に人生のアドバイスをするのは大切なことです。
「きっと失敗するからやめておきなさい」という言葉はあくまでアドバイスであって、アドバイスの上で子供が違う選択をしたのであれば目をつぶって大きな心でやらせてあげるのが真の愛情ではないでしょうか。
親の理想な人生と、子供の理想の人生は違います、個人個人違うのに自分が思う幸せを他に強要するのはおかしな話ですからね。

失敗したっていいんです、やりたいことをやれる、それが人生です。
失敗した時に必要なのが挫折に負けない「人間力」であり、それは一人でも生き抜いていける力です、それがあればどんな環境でも幸せを感じることができるはずです。


子どもの幸せを第一に考えるのなら、どんな環境でも挫折しない人間力が第一であり、これを育てずしての幸せはありません。
この人間力と学力の両方を手に入れられたらそれこそ無敵なのかもしれませんね。

人間力を身につけないで一流の就職先に行っても、その先の人生は不幸なものになるでしょう。
不幸が見えているのであれば学力も就職先もこだわらず、人間力をつけた方がずっとずっと幸せです。

失敗してもいい、完璧でなくていい、理不尽なことも世の中にはあること、頑張ってもできないことがあることも教えなければなりません。
同時に、失敗したことを教訓にすれば成長できること、完璧にできなくても理不尽な目にあっても、頑張ったのにできなくても、それは人間の価値を決めるものではなく、それを乗り超えることが価値であること、そして乗り越えた先には人間の成長が必ずある事を教えるべきです。

失敗を後悔してばかりいたり、終わったことを振り返って前に進めなかったり、いつまでも誰かのせいにしたり、マイナスに考えたり、そういう考え方は癖のようなものであり、そういう癖をつけさせない、常に前を向かせるような考え方は、人間にとっては勉強よりも大切なことです。
今はストレス社会とも言われていますから、挫折を乗り越えていく人間力は絶対に必要です。
本当の幸せとは何か、それは幸福感を感じることですから、こういった考え方は赤ん坊に言葉を教えるように脳裏に焼き付けさせなければいけません。

キーさんには真面目な子が多いので、学生であっても、社会に出ても、自分に自信が持てなかったり、しっかりと自立しきれてなかったり、何をするにも不安であったりという子が多いように感じます。
そういう子にはこういったお話しをしてカウンセリングしたり、時にはお説教したりして自立できるようにしていけたらと思うことはよくあります。

ま、人間力って書きましたが、私の解釈では「人間が挫折に負けず、幸せに生きていく力」という意味です。
そこら辺の話はまた次回に書きたいと思います。


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2018年09月24日(月) 18時10分25秒

挫折に弱い人 1

テーマ:精神的なお話
小さい頃から、いくら大人に怒られないように良い子で真面目に過ごしてきても、いくら学業が良い成績であっても、社会人になってからの人生が保障されるわけではありません。
しかしそういう子達に限って、とても挫折に弱い傾向にあります。

まず、悪いことをしないので当然叱られないし、普段真面目だからこそちょっと悪いことをしてしまっても叱られずに許されてしまう。
そうやって生き抜いてきているので当然怒られ慣れていません、なので怒られる事にとても弱いんですね。
対人関係のトラブルも経験はないので、職場で必ずある些細な対人トラブルに、とてもストレスを感じてしまう傾向にあります。
そういった対処の仕方を学生時代に学んでこなかったことから、どうしていいかわからなくなってしまうのです

もう一つ、学校の勉強もそつなくこなすので自分が取り組んだ勉強に対して挫折というものをあまり知りません。
学生時代の勉強は答えがあるので、やればできるのです。
ただ目標である受験に失敗してしまった時には、挫折感が大きくなります。

また、学生時代は頑張れば問題が解けるので何でもこなせるのですが、社会人になったらそういうわけにはいきません。
入社したては分からない事ばかりで仕事ができないのが当たり前なのですが、そんな自分を許すことができません。
それは時間が解決してくれますが、必ずある仕事での失敗や叱責にはストレスを感じ挫折感いっぱいになってしまいます。
真面目だからこそ、ストレスを発散する方法もわからず、疲れているのに息抜きもできず、がむしゃらに戦い続けてしまうのです。

そこで考えるのは、「人生ってなんなんだろう」、「一生懸命真面目にに生きてきてなんでこんなに苦しい思いをしなきゃいけないのか」ということや、「親の言う通り頑張って勉強してきたのに」、「頑張っていい大学に入ったのに」、「良いところに就職できたのに」、「なんで不幸なんだろう」というようなことだったりします。
挫折に弱い人はちょっとした失敗も考え込んでしまい、完ぺきにこなせない自分に苛立ち、人生の敗北まで考えてしまう人もいます。

理想を言えば人間完璧がいいし、そうやって育てられてきたのでしょうが、人間の能力ではそれは無理な話なんです。
完璧より、むしろ不完全な自分を認め、失敗する自分に耐えられる力を身につける事こそ人生には必要だと私は思っています。

もちろん努力は必要だし、目標も大切なことですが、志望校に行けなくても、会社で失敗しても、夢がかなわなくても、それは人生の汚点ではなく、それを受け入れて成長していくことが人生の意義であって、そうであるならば不幸を引きずる必要はないんです。

そういった捉え方、考え方というのは無意識に親が教えてしまっていることが殆どです。
特に教育ママやお受験ママ、学歴至上主義の親たちにとっては学歴は死活問題ですからね。


少し長くなりそうなので、続きはまた、、
この様に育ってきた人も、親の立場の人も、自分のためにも、子どものためにも続きも読んでみて下さい^^


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2018年09月06日(木) 21時34分06秒

ダイエット方法 経過

テーマ:自分のこと
ダイエット宣言をしてからちょうど3か月がたちました。
1か月で目標を達成してからは毎日お酒を飲んでいますが、やはりここまで頑張った体重を維持したいのもあって、走ることと軽い筋トレは現在も続けています。
そういう意識もあってか、自然とカロリーなども気にしだして、お酒は毎日飲むものの、体重は微妙に減り続けています^^;

最終的には69.9kgから63.4kgと6.5kg減となっていたのですが、現在は更に1.5kg減で”61.9kg”(ダイエット前から8kg減)にまでになってしまいました^^;
ただ、これはジョギング後の体重ですけどね^^;

体脂肪率はダイエット前は23.7%だったのが、現在は”11.9%”
お腹周り(一番太い部分)はダイエット前が88センチで、現在は79センチと”9センチ減”となっています^^
ライザップのCMのようにビフォーアフターで撮影しとけばと後悔です、まさかここまで引き締まるとは思いませんでしたからね^^;
ちなみに私の身長は173センチです。

それと、今回のダイエットについて、結構な方がダイエット方法を教えてほしいといってくるので私の場合のダイエット方法も教えておきます^^:

①ジョギング
ジョギングはほぼ毎日、無理せずに近場の駅まで行って帰るの往復で距離は3.6km
距離が長いと走る気を無くすので、気軽に走れる距離を設定しました。人によっては1kmでも2kmでもいいと思います。
私は昔5kmを走っていたころがあったのですが苦痛で続かなかったのでそれの教訓です、今でも走るのは苦痛ですが^^;

②ストレッチ、筋トレ
ジョギングの後はストレッチで筋肉を伸ばし体のケアをします、筋肉を伸ばす行為は筋トレと同じ効果があるのでお勧めです。
その他に腕立て50回、スクワット50回と無理のないような回数を設定し、ジョギング後に必ずしています。
筋トレは筋肉をつけるというよりも筋肉を維持し続けるという意識です、ずっと維持するものなので過度に筋肉をつける必要はありません。

➂炭水化物抜き
私の場合はこれがよく効くようです、炭水化物を多く含む食材をさけていました、主にご飯(穀物)、麺類、パン類、菓子類、イモ類、等です。ファミレスに行くときもご飯抜きで頼んでいましたね。
私は苦痛なくできましたが、これが一般的には難しいようです^^;
また、サラダなどを大量に食べてお腹を膨らますなど、夜は生野菜と肉類がメインでしたが、結構満腹になります。(サラダ大皿2杯)

④禁酒
目標を決めた1か月は禁酒しました、短期間に体重を減らすのが目的で、一気に減らしてからは維持するという考え方です。
達成したからと安心してこれまでのことをやらなくなるとリバウンドを起こしてしまうので、あくまで禁酒1か月はゴールではなく通過点です。
私の場合はお酒をおいしく、そして暴飲暴食するために、「夏前までに目標値に!」というダイエットでした。
なんでかというとダイエットせずに暴飲暴食すると更に体重が増えるし不健康なので、とりあえず今後暴飲暴食する分を先に減らしとこうという趣旨でした^^;
早く飲みたいので一気に減らしたというのが本音です^^;

という感じでダイエットを続けて目標達成をしましたが、その後もできるだけ長い期間維持しようとペースを落としてでも運動を継続しようと思っていました。
ただ、想定外だったのは運動がいまだに続いており、現在でも炭水化物を少なめにしたり、カロリーを気にした生活になっていて、体重が微妙に増え続けるどころか微妙に減り続けているんです。

酒のつまみも生野菜で胃袋を膨らませて、タンパク質である肉や魚を中心にお腹がいっぱいになるまで食べています。
そういうところで以前と比べて少ないカロリーになって、運動もしていることからそのようになっているんでしょうね。

夜はお腹いっぱい食べても、朝昼はあまり食べていないのでそれでバランスがとれているのでしょうが、それも不健康に思えて、少し食べるようにしようと考えています。

最近の研究によると、太るのはカロリー自体ではなく、カロリーの中の炭水化物だということです、どこの研究結果が忘れましたが、最近そのような論文を説明しているものを目にしましたので、気になる方は調べてみて下さい。
ようはカロリーを気にするんじゃなくて、炭水化物の摂取を気にした方がいいということらしいです。

ただ人によっては炭水化物を抜くと不健康になることもあるので、あくまで自分に合ったダイエットを心掛けましょう。
体の代謝の構造はよくわかっているので、ダイエットのアドバイスはしますよ^^
ま、一つ言っておきますが、楽なダイエットはありませんからね^^;


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2018年08月28日(火) 18時44分23秒

お仕置き理由(欲の自制)

テーマ:スパ的なお話
今回はお仕置き理由の”欲の自制”について考えてみたいと思います。

前記事にも書きましたが、お仕置き理由というのは悪い事全般です。
しかしお仕置き理由が悪い事ではない場合もあり、その一つが”自制”というものです。

もちろん、自制できなくて悪い事をしてしまうという事であれば、普通に悪い事になりますが、そういう自制ではなく、自分で決めたことを守れないことに関しての自制です。
自制に関しては私が悪い事ではないと判断しても、本人の中で直したいことであったり悪い事であるならば立派なお仕置き理由となるわけです。

その中でも私が普段「悪い事ではないししてもいいんだよ」と言っていることでも、本人の中では自制したいことであり、それをお仕置き理由として申告してくることがあります。
その代表的なものは「お仕置きのことを考えてしまう事」と「自慰行為」です。

お仕置きのことを考えて他のことが手につかないというのはキーさん特有の悩みであり、自慰行為に関しては女性特有の悩みなのでしょうね、そういう欲を無くしたい、そういう行為や妄想をしたくないという、その人にとっては切実なものなんです。

お仕置きのことをばかり考えてしまうことについては、寝る時にいろいろと妄想してしまってなかなか寝れなくて、翌日も寝不足だったり、授業中や仕事中にずっと頭の中で考えてしまって集中できなかったりと、こんなこと考えてしまう自分をお仕置きしてほしいとなるわけです。

しかもこういう欲求には大きな波があり、生理前だったり、面倒だけどやらなければならないことがあるとき(試験勉強や課題など)に特に強い波が出てきてしまい、それがとても苦しくて、どうにもならなくなって悩んでいる人は多いものです。

自慰行為についても同じです。
男性なら気にしないことでも、女性だからそういう行為や妄想をしたら恥ずかしいとか、誰にも言えないとか、罪悪感が強く出てしまうこともあり、人によっては受け入れている人もいれば、深刻に悩んでいる人もいます。

ただ、私的にいうと、ブログでもお話ししている通り、お仕置きは愛情表現の一部であって、寂しさを埋める事やスキンシップでの安心感、そして叱られる事などで愛情を求めているのであって、決しておかしいことではありません。
そこにお尻ペンペンという、お尻を丸出しする行為があるから恥ずかしく、考えたらいけないことだと感じてしまうのであって、そこだけをクリアすれば普通の愛情表現であり、ビンタするのと何ら変わりがありません。

なので当然欠けている愛情や欲求を埋めるためにお仕置きのことを考えてしまうのはしょうがないことだし、その欲を解消するために私は”スタンダードなお仕置き”を受けることを推奨していますから、私的にお仕置きを考えてしまう事に対してお仕置きはしません。

欲求というのは体験すれば無くなることがありますから、お仕置き欲を無くしたいと思うなら思うほどスタンダードなお仕置きを受けることは必要で、実際にお仕置き欲求が薄まっていく子は私の元には結構いるんですね。
逆に我慢すればするほど欲求は過度になり、どんどん苦しくなってしまいますから、そういう事にならないように、早めにお仕置きを受けることを推奨しています。

ただ、本人の要望で自制したいというのなら推奨している部分は伏せて、「自分がそうしたいなら一切考えないようにしなさい!」とお説教では普段言っている事と逆のことを言ったりすることもあります。
お仕置きを推奨しているのにお仕置きのことを考えるなというのは矛盾していますが、それが本人にとっての悪いことであればそういうことを言って自制させるように仕向けます。

自慰行為に関しても同じです、自慰行為は悪い行為ではなく、人によっては気分を良くしたり、モヤモヤしている心を安定させたりといい面もあるわけです。
自慰行為で心やホルモンバランスを整えることも必要な場合もあるので、「自慰行為はしてはいけないことだよ」とは言えません。
もちろん過度にしてしまうのは問題もありますから、そこは少し自制するよう言うかもしれませんが、一切しないように禁止することは言いません。

なので本人の自制の問題として、「お仕置きのことを考えないようにしたい」「自慰行為をやめたい」というのであれば、それに対してお仕置きもしますし、約束をしてそれを破れば次回もお仕置きとなり、これも立派なお仕置き理由となります。

また、本気でやめたいと思う人と、そうではなくてお仕置き理由として
「お尻ペンペンなんていけないことを考えてばかりの私をお仕置きしてほしい」
というキーさんもいます、それはシチュエーション的な理由であり、自慰行為も含め、「そんな子はお仕置きです!」というようなゾクゾク感を味わって満たされたいという人もいますから、そういう理由についても私の中では有りです。

ただ、矛盾点もあり、それはお説教をするにあたって、それは”いけない事”であり”はしたない事”であり”悪い子”という事になるので、普段私がブログで話している事とは180度違ってきます^^;
それでも本人がそう望んでいるのであればその子のためのお説教に切り替える事も大切なことと思っているので、お説教中に「ん??」と思ってもそこは気にしないでいてもらわないと困ります(笑)

ま、要するに”自制”と名がつけば、私が良しとしていても、どんなことであってもお仕置き理由になるということです^^



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2018年08月22日(水) 22時30分23秒

お仕置き理由(自制と罪悪感)

テーマ:スパ的なお話
お仕置き理由についての「自制」と「罪悪感」について考えてみたいと思います。

お仕置きは”悪い事をしたとき”にするものですが、その悪い事の基準は、日本においては基本的に日本の社会の基準です。
もちろん個人な価値観でのお仕置きも存在しますが、それが躾としてのお仕置きの基本だと私は思っています。

一方、一般的には悪い事じゃなくてもお仕置きを必要とするときもあるんですね。
それが「自制」や「罪悪感」です。

罪悪感に関しては、その事が社会的に、もしくはお仕置きをする側の基準で悪い事と判断したらもちろんお仕置きですが、悪い事と判断できなければお仕置きにはなりません。
しかしそういう場合でも、本人の基準で罪悪を感じ、それを悪い事と判断しているのであれば、本人基準では悪い事であり、よってお仕置きが必要ということになります。

罪悪感とは、人によっては過去の過ちの清算でもあり、両親に世話(迷惑)をかけたことであったり、更には一生消えない罪悪感を抱えてて、一生お仕置きを受け続けなければ気が済まないという人もいます。

一般的に考えて悪い事ではないケースの場合は、相手に罪悪を抱えなくてもいいという説明はし、それでもお仕置きを望むのならそれについてはお仕置きをします、それは本人の中では悪い事だからです。


次に自制に関しては、どうしても自制ができないことで自分自身に罰を与えて自制できるようにしたいという意味で、当人はお仕置きを必要としているんですね。
自制といっても「自制できなくて悪い事をしてしまう」という事であれば当然お仕置きですが、そういう自制ではなく、一般的な悪い事ではなく、自分で決めたことを守れないことに関しての自制です。

例えば、
休みの日は10時間勉強したい
23時までに寝たい
ゲームやスマホをいじって家でダラダラと過ごしてしまう
課題を早めに終わらせたいのにいつもギリギリになってしまう
就業時間の30分前には会社についていたい

このような自制はその罪悪の判断は自分次第なわけです。
勉強10時間なんて凄すぎですよね^^;
一番多い例をあげたのですが、5時間はしたいという人もいて、これでもなかなかできないことです^^;

私からしたらそれができなかったからといって悪いことだとは思わないし、むしろそれに近いことをやっているという意味では尊敬に値します。
しかしこれは本人基準では駄目なことであり、自分で決めたことができていないということでモヤモヤし、お仕置きの力を借りて自制したいという強い思いがあるわけです。

こういう理由でもまず説明するのは、どうしてそういう目標を作ったのか、それは達成できる目標なのか、ということをじっくりとお話をし、その上で今後どのように取り組んでいくかを本人に決めさせ、今後はきちんとするように約束をします。
どうしてそのような事を話し合うのかというと、それは本当に自分にとってやらなければいけない事なのかをはっきりとさせるためです。

勉強だって10時間必要な人もいれば1時間で足りる人もいますし、学校の授業だけで十分という人もいます。
一律に10時間勉強しなければいけないというわけではなく、本人が必要だからそれをしなければならないわけですよね。
だからそうやって自分で決めた事に必要性が無ければやる必要もないし、お仕置きも必要ありません。

なのでそういうお話をして、本人が自制する必要があるのであれば無理のない計画を立てさせて、その後しっかりと”約束”をします。
その場でのお仕置き理由としては、自分で決めたことを守れなかったことに対してですが、約束をしたことによって今後は自制だけではなく、約束を守るという義務感が生まれ、更に意志が強固となって今まで以上に頑張れることにつながるものです。

そうはいってもそれが持続するかどうかが一番の問題です、お仕置き直後は誰でもできますが、それを持続することが一番の難関ですからね。
もちろん約束を破ってしまったら厳しいお仕置きが待っていますから、そのお仕置きでまた一からやり直しということになるわけです^^;

自制については”欲”の自制というのが厄介なもので、それで悩んでいる人は結構いるものです、次回はそれについて考えてみたいと思います。



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2018年08月19日(日) 21時31分14秒

お仕置き理由

テーマ:スパ的なお話
私の場合は、本人からの要望があれば別ですが、要望がない限りは、お仕置き理由がないとお尻ペンはしていません。
そのお仕置き理由についてのお話しですが、お仕置き理由には本人の申告とそうでない場合とがあります。

本人申告のお仕置き理由の場合は、自分がしてしまった悪いことや罪悪感を抱えている事、自制したくてもできないこと、または良い事か悪い事か判断がつかない、などが多くを占めています。

この場合は自分から依頼をして、この内容に対してお仕置きをしてほしいという要望があるため、お仕置きの形としてはキーさんの思い描いている通りのものとなるのでしょう。

しかしキーさんはお仕置きを求めていても、自分から「こういう理由でお仕置きしてほしい」っていうのは違う感じがするものです。
それはそうですよね、心理的な前提としてはお仕置きは嫌なことだし、されたくないものなのに、それを求めているということは矛盾しているので、自分からはなかなか申告しづらいものです。

なので会話の中で私がお仕置き理由を導くようにしていくのですが、素直に言えない子は結構いて、それで最後まで誤魔化してしまって、帰ってから「実は言えなかったことがある」なんてこともよくある話です^^;

そういう子は会う回数が2回目、3回目と増えていくにしたがってそうなる傾向があります。
それは最初は初対面でお仕置きのために来ているのもあるし、知らない人だから言えるのでしょうが、回数が増えるごとに仲が深まっていくので自分から申告することがどんどんと恥ずかしくなっていくからでしょうね。


また、お仕置き理由に関しては本人の申告ではなく、私が判断したお仕置き理由というものもあります。
これに関しては、会話中に出てくる悪い事やコミュニケーション能力として直した方がいいと思う事、視野が狭すぎる事、自分が何も思っていなくても相手を不快にさせている可能性があるもの、その場でのいたずらや私との禁止行為を破る事などです。
他にも、行儀、礼儀、女性らしさ、というのも躾の一環としてお仕置き理由となる場合もあります^^;

自分で申告してのお仕置き理由もそれはそれでいいですし、そうしなければお仕置き自体が成立しないのですが、本来のお仕置きは悪いことや直さなくてはならない部分をその場で見つけて、それに対してお説教をしてお尻ペンをする事ではないでしょうか。
なので、キーさんが意図して理由を申告するお仕置きと、キーさんが意図していない事をその場で見つけて指摘するお仕置きの両方を私はしています。

本来のお仕置きとは、親が子供にするようなお仕置きという意味です^^;
子どもはワザワザお仕置きされることを親に言うことはしませんし、ほとんどは親が悪いところを見つけてお仕置きをするわけですから、だからこそ子供にとってお仕置きって嫌な行為なんです。

逆にいうと、そういうお仕置きを繰り返していくことによって、お仕置きに対しての憧れやお仕置き欲求というものが少しずつ薄まっていくのではないかと、これまでの経験で私は感じています。
もちろんお仕置きする理由をこじつけるためにアラ探しをすることはありませんが、成長のために足りない部分やいたらない部分を指摘されてお仕置きされるのは、自分で自己申告してお仕置きをされるのとは、心理的にも随分と違うものになるものです。

もちろんキーということを受け入れてお仕置きを求めていくというのであればそのままでいいのですが、お仕置き欲求を薄めたい人やいつかは卒業したいと思う人は、このようなお仕置きで薄めていくことも考えてみてはどうでしょうか。

悩んでいる人はとっても多いのですが、お仕置き欲求をどうにかしたい、消したい、卒業したい、ということを深刻に考えている人は、このようなスタンダードなお仕置きが一番ですから、治療?の一環として利用するのもいいのかもしれません^^

次回はお仕置き理由の「自制」「罪悪感」について考えてみたいと思います。


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