まーママ in Cyberland

まーママ in Cyberland

ひょんなことからIT系スタートアップ企業でお仕事をすることになったITリテラシー低いミセスのお話



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ふと思ったことなのですが、

面倒くさがり屋の人って、基本、真面目で完璧主義の傾向がある人なのではないかと思います。

(いや、そうじゃない人もいるとは思いますが)

 

何かをする場合、あれもこれも・・・ちゃんとやろう、と思ってしまい

適当にできないから、そもそも着手するのが面倒くさくなってしまう。

 

例えばメールを書く時

書き出しはこれでいい?これで言いたいこと伝わる?失礼なこと言っていない?

締めの言葉はOK?

・・・とか考えていると

「ああ~もう、面倒くさい。もういいや!」となってします。

 

例えば掃除をする時

全部の部屋に掃除機かけて、床に散らかっているものを片付けて、ごみを分別して出して・・・

「ああ~もう、面倒くさい。もういいや!掃除しなくても死なないし」

 

例えば外出しようと考える時

何を着よう?何を履こう?バッグは?化粧は?

「ああ~もう、面倒くさい。もういいや。今日は家にいる」

 

・・・面倒くさがり屋さんは、だらしないのではなく、心根は真面目な人が多いと思うのです。

「きちんとしなくちゃ」「ちゃんとやらなくちゃ」と思うあまり、行動できなくなってしまうのではないかな~。

 

上記、すべて私自身のことでございます。

はい、私、面倒くさがりなんです。でも真面目だとは思います。

 

・・・なんだか、面倒くさがりの言い訳っぽい記事になってしまいました。

 

 

 

 


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「頑張る」という言葉が、以前から、あまり好きではありませんでした。

そこに、なんとなく無理して自分の限界まで追い込もう!というストイックさがあり、なんだか息苦しくなるのです。

 

自分で言うのもなんですが、私は30代くらいまではかなり、頑張り屋だった、と思います。

フルタイムの仕事を持っていて、子どもがいて、家事もして、資格の勉強もして・・・。毎日がパツパツでした。

 

だからこそ、忙しすぎて、疲れている時に「頑張って」なんて言われると、ものすごくつらかった。

これ以上、何をどう、頑張れと言うのか。

無責任な励ましや独りよがりのアドバイスは、言う方の自己満足であることが多く、逆にイラつきました。

 

そして「頑張る」こと自体に疑問というか、嫌悪感すら覚えるようになったきっかけは、数年前に学生時代の友人が自殺したことです。

 

大変な努力家で、凝り性な人でした。

キャリアとして、官庁でバリバリ働く傍ら、着付けの師範やお茶の講師の資格ももち、声楽を学び、日本舞踊を習い、フランス語や英語も堪能で・・・という、スーパーウーマンでした。

 

そんな彼女の自殺の引き金となったのは、仕事でした。

いろいろな事柄が影響しあって、彼女を追い詰めたのだと思いますが、完璧主義で潔癖で頑張り屋の彼女は、部下の弱さ、上司のずるさを受け止めきれず、自分の存在を消すことを選んでしまいました。彼女は死ぬ前に、大長編の遺書、とも言える書き込みをSNSに残したのですが、そこには、頑張らない他人と、頑張りきれそうにない自分への怒りが感じられました。

 

彼女は、明らかに義務や責任を過大に受け止めて、頑張りすぎていた。

別に、放り投げたって、良かったのに。

 

・・・なぜ、周りの人は彼女一人に頑張らせていたのか。

それは、彼女が頑張れる人だったから。

頑張らない人だったら、死ぬことはなかったかもしれない・・・。

 

彼女のことを考えるたびに「頑張る」のも大概にせい、と思うとともに、

「頑張れ」という言葉に対して、痛々しさと憤りと嫌悪感が襲ってきます。

 

30代までは、私もいろいろ、頑張っていた気がいたします。

でも、もう気力も体力も落ちました。

もう、頑張れない。

 

ゆるゆる、マイペースでも、いいよね、と。

自分にも甘々になってしまいました。

昔はもっとストイックだったのですけれど。

 

 


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私が社会人生活をスタートさせた銀行の始業時間は8時40分ということになっていました。けれど、実際はほどんどの人がその30分前には来ていて、8時半に席にいないと「今日は○○さんは、お休みかな?」と思われてしまうようなところでした。

お昼休みの時間も非常に厳しく、昼休みが終わる2~3分前には、席に戻っていないと、「遅い!」と先輩から叱られました。

 

で、その銀行を辞めて監査法人に勤めた時ですが、こちらは銀行と比べるとかなり自由でした。始業時間が往査先によって違うこともあり、オンタイムに来ればまったく問題はなく、遅刻したら、その分帰りの時間を伸ばして働けばいいだろう、という雰囲気でした。

 

そして今、働いている小さい会社ですが、かなりユルユル・・・というか、一部の人はかなりグダグダ。見てて、腹が立つレベル。

「お腹が痛い」「頭が痛い」「財布を忘れて取りにもどる」「途中、お手洗いに寄った」などなど、社内SNSの勤怠報告スレは、毎日のように遅刻の連絡が・・・。ちなみに、フレックス制度もありますが、そのフレックスのコアタイムにすら間に合わんのです。

必要なミーティングにも欠席、遅刻ばかり・・・。

 

遅刻すれば、その時間分残業すればよい、という考え方もあるけれど・・・

私はそれは違うと思う・・・。

 

もしかしたら、その遅刻した人のせいで、

時間通りに来た人は、自分の仕事がすすめられなかったかもしれない。その人がいない分、来客や電話や社内外の問い合わせなどをカバーしなくてはいけなかったかもしれない。

遅刻した人が、帰りの時間をその分遅くするせいで、早く帰れなくなる人がいるかもしれない。

 

そもそも、仕事とは、「決まった時間に決まった場所にいる」ということも含まれているのだから、「一日8時間働けば文句はないでしょう?」

なんてことは、全くない~。

 

・・・というのが、私の感覚なのですが。

 

時間にルーズな従業員を、会社が「まあ、ちゃんと成果は出しているし、いいや」としてしまうと、真面目に時間通りに来ている人が、バカみたいだし、新しい社員も、毎日のように「遅刻します」という書き込みがある勤怠掲示板をみて「ああ、ここは遅刻してもいい職場なのね」と思って、その人もちょっとしたことで「遅刻します」となる。

 

体調が悪いのはともかく(それも100%信用はしていないが・・・)、携帯忘れたとか、財布忘れたとか、駅でトイレに寄ったとか、そんな理由をぬけぬけと掲示板に書く神経も信じられない・・・。

 

私は古いのか?銀行的な体質が抜けきっていないのか?

 

別に、私が直接被害を被ることもないし、会社がそれで良いなら、私が何か言う筋合いのことではないですが、モヤモヤっと「今の若いもんはー」と感じることではあります。

 

 

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