竹内さんの想い | 編集長の「出会いの数だけうんたらうぉーかー」

竹内さんの想い

どうも!相変わらず元気元気な編集長です!

今回は報道のあり方について、自分なりに考えをまとめてみました。

以下は少し前のニュースから。


先日、とある病院で帝王切開の手術を受けた女性が亡くなられた件で

当時執刀医だった被告の無罪が確定しました。


私の記憶に依りますと、マスコミは

『被告の無罪』
『裁判の争点』
『日本医師会や産婦人科学会の抗議』
『被告が医師活動を休止せざるを得なかったこと』

を主なトピックとし、ひたすら強調していたかと思います。


私は疑問に感じました。

『遺族が真実を知る方法として裁判を選んだこと』

『他の方法が見つからなかったから訴訟を起こすしかない、という現行制度の問題点』

を発信するニュースにお目にかかれなかったからです(もちろん私自身の巡り合わせに依存しますが)。

おそらく数人で議論すれば、すぐにでもあぶり出せる問題のはず。


ここで痛感したのが、メディアの限界です。

『原稿の想定字数』
『ニュースの時間的制約、いわゆる尺』
『まず真実を伝えること=報道の原点』

という縛りがある限り、付随する問題点にまで報道の手が及ぶ状況は稀であると。

そういった部分を発信すれば多くの人を啓発する報道になるかもしれない、

しかし事件の概要が見えにくくなる—報道の原点から逸れる。


よく『マスコミは一面的な報道しかしない』などのご意見を伺いますし、

私も知識欲を煽るだけの、センセーショナルな報道のあり方には疑問を感じていました。

しかし今では思います。

『マスコミの報道もそれに対する世間の怒りも自然であり、必然である』と。


だったらこれが一番安定した状況なのか?

メディアの欠陥は許すべきなのか?

いや、そうはいかんざk(自主規制)!

Kyudai Walkerという媒体を駆使してあらゆる情報を発信する編集長である限り、

全ての方に納得して頂けるような取材をしたいものです。


発信者の一方通行ではカバーできないなら、

受け手が情報を欲して補い合えるような、

そんなリードをすればいい。

『一面的で満足いかねぇんだよ!』じゃなくて、

『この小さな記事が、自ら広い視野で考えるきっかけになった。ありがとう』

そんなポジティブな方向に読者を動かす記者でありたい!!


ついついアツくなってしまいました。

知識に関しては本物の記者さんには到底及びませんが

未熟者なりに、毎日より良き編集長であろうと頑張っている次第です。

今後とも、Kyudai Walkerをよろしくお願い致します。


次回はとあるテレビ局の見学レポート!お楽しみに!