長らく更新していた当ブログも最終回となりました。最後に長友番を張らせていただいた自分から長友へ―。


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【最終回 ~スターの条件~】


 スーパースターには条件があると日頃から私は考えている。1つ目は『ビジュアル』、2つ目は『パフォーマンス』、そして最後に『勝負運』である。


 これらが3つ揃って生まれるのが、『スター性』だと。

 今年の体育会、自分たちの代でスター性を兼ね備えているのが、まさに長友泰樹だった。だから、この『密着レポート』の企画で同級生を取り上げることになったときは、彼しかいなかった。


 『ビジュアル』はまさにその通り。スタイルや顔立ち、と言おうか。その点に関して彼は、体育会きってのイケメンアスリートとして名が通っていた。人気を得るのに、これほど強い武器はない。

 そして『パフォーマンス』。1年生から見ている限り、心配する余地はなかった。私は同級生として彼のプレーに魅了された一人でもある。トリックプレーやパスセンス、アイスホッケーを知って数年の素人目ながらも「実力面では文句なし」の印をつける。


 最後に『勝負運』。スターは、どこか〝美味しい〟ところを持っていく。大舞台、天王山、祭典、それらで活躍を見せることこそ『勝負運』に他ならない。長友が、〝美味しい〟ところをたいらげる姿を何度見たことか。

 これらの条件を兼ね備えた彼を、関学を代表するアスリートにする―。それが編集部4年目の私の使命であり、それから1年間ひとときもゆらぐことのなかった『番記者イズム』であった。


 果たして、それは叶っただろうか。彼は三日月の下で輝くアスリートになっただろうか。

 客観的に見よう。正直に言うと、残念ながら答えはノーだ。きたる体育会功労賞(体育会での功績を称える栄誉ある式典)に彼の名はない。歴史に名を刻まれることなく、終わってしまった。


 つまるところ『勝負運』が足りなかった。それは例えば、関西制覇などのタイトルを示す。もし、関西制覇やそれに準ずる成果を上げていたなら―。『関学スポーツ』の一面のメインを飾るようなことになっていれば―。長友泰樹は真のスーパースターになっていた。これは断言できる。

 『勝負運』、それは私が最も望んでいたもの。こればかりは結果論のこの世界ではどうしようもないが、それほど彼は惜しい存在だったと客観的に見ても言いきれる。


 反対に、いち番記者として、いちファンとして、そして彼に関わった者として。主観で言わせてもらいたい。


 私のなかでは、スーパースターだった。これほど取材がいのある選手はいない。かのイチロー選手が口にした『やはり…持っていますね』を、彼は持っていた。リーグ戦、クリスマスカップ、インカレ、ゴールを決めるたびに彼には「やっぱ持っているよ!」と声をかけた。


 また記事や写真、またポスターを作っても、絵になったのである。学生会館の廊下に自作の掲示物を貼り出すとき、私は意気揚々だった。このスーパースターを伝えることが出来るのは、この世で自分しかいない―そう感じていたから。やりがい、と一言で表すと簡単だが、それ以外の言葉が見当たらない。


 だから、『長友泰樹』の名前を他の場で聞いたり、ファンが増えたなどの話を耳にしたときは、言いようのない高揚感が胸を支配したものである。


 覇業交歓や功労賞など、体育会が表彰する記録にその名は刻まれていない。しかし、『長友泰樹』という稀代のスタープレーヤーが関学にいたことを証明するものが、この『密着レポート』という1つのブログである。そう願って、いまここにペンを置きたいと思う。■

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K.G.アスリート密着レポート

<番記者より>


 「最後に番記者からのメッセージで締めくくろう!と思ってたけど、辞めとくわ。
 だって小っ恥ずかしいやん。それに、オレの目に映った姿、オレが感じたこと、それらは全部、これまでの50数回にわたるブログで書いてきたし。
 まぁ最後に一つだけ。編集部アイスホッケー部担当としての活動は、長友泰樹の存在があって、最高の形で締めくくれたと思う。ありがとう!
 次はクリスマスカップのOB戦かな。『KG91』の変わらぬ姿をまた見せてくれよ!」

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◇これで『密着レポート 長友泰樹』は終わりとなります。長き間、本ブログをご覧いただきありがとうございました。少しでも彼の姿が、読者の皆様の心に刻まれることを願っています。交流を深めていただいたアイスホッケー部の関係者のみなさま、ファンもとい読者の皆様、協力してくれた編集部の面々、すべての方に感謝の言葉を述べさせていただきます。本当にありがとうございました。◇


2010/03/17 『密着レポート 長友泰樹』First finale.

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 第3弾は、副将そしてムードメーカーとして存在感を放った斉藤大地(総4)から。


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―大地の目に長友はどう映ってた?

斉藤「いっぱいありすぎて…(笑)。常に前にいた存在かな。いつも有言実行やったし、1年からスタメンやったし。チームで一番の努力家。どんなときでもコンスタントに全力を出してた感じ。誰よりも負けず嫌い、かな。
 センスはずば抜けてて、誰よりも視野が広かった。一番、心の面で成長したのはあいつかな。1年の頃は『自分が決めたから、いい』って言ってるときがあって…でも年重ねるごとに『決めれんくても、チームが勝てばいい』って。
 ほんと、オールラウンダーやな~一言でいうなら」


―主将・長友に望んでいたことは

斉藤「今年のチームの象徴。長友を見たら、関学ホッケーが分かる、っていう。
 関学の伝統を壊さずに新しいこと出来たらな、って話したときに言ってて。
 個人としては、ゲームメイクやね。氷の上では敵を引きつけて、ピンポイントのパス出して」


―自身は副将として、どんなシーズンにしようと


斉藤「コミュニケーション取って、チームのいろんな意見をうまく反映させる。ミーティングで長友に伝えてたかな。『チームの下のやつはこう思ってるよ』とか。
 オレは後輩と話す機会あったから、あいつが先頭に立っているなら、後ろで後輩とをつなぐ…〝鎖〟みたいな役割を。控えめになるわけでもなく、陸トレでも声出して。たまにはライバルとして、長友とか神原と競いあうことで、後輩たちが感化されればいいなと。自分のスタンスは『全力』やから」


―関カレで4年生セットも見られた。あのときのことは覚えてる?


斉藤「覚えてる、覚えてる。いろんなもんがフラッシュバックして。最後やな、とか、こんなにこいつら上手くなったんや、とか。
 長友がパックをキープしてたら、こんなに頼れるやつやったんや!って。あいつのパスは、ここまで見えてるんや、とか」


―この4年間を振り返って


斉藤「最初は練習行くんがイヤで…けど、だんだん絆深くなっていった。
 無くてはならない存在になった。誰よりも一緒におったから、家族みたいなチーム。いろんな思い出がある」


―長友との思い出をあげるなら


斉藤「畑山さんのチームが発足して、合宿あって…練習中に長友とケンカしてもうて。長友にチェックされて、仕返して。プレー中のことやから、しゃあないけど面白かったな…」

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<以下、斉藤くん本人からのメッセージ>


 「とりあえず四年間おつかれさま あっという間やったんか長かったんかは分らんけど俺は楽しかったで、まあ楽しかったて言う簡単なことばでは表せないくらい濃かったなぁ…お前は氷上以外ではほんまふざけた奴やったけど氷上では誰よりも真面目で一生懸命、そして輝いてた。そんな姿を見て常に刺激を受けていたし尊敬してたで

 正直古き良き時代の関学アイスホッケー部は俺らの代で終りやと思う、てか辛いこともたくさん?、山程あったけどほんまにお前と一緒の学年で良かった。正直俺の中では四年が一番辛くて楽しくなかったけど、きっとそう思うのは今だけで十年後 二十年後には一番の思い出になってることを願って長友に送る言葉とするわ。関学を卒業するとともに俺たちの第③ピリオドも終わるけど、次は社会という名の第④ピリオドがはじまる さて次は違うチーム同士 、次は絶対負けへんからな!」

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○斉藤大地/総合政策学部/FW/宮崎北高校/背番号「20」


◇次回、いよいよ最終回!卒業式が行われる18日前後を予定しています◇


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 第2弾は、我らが編集部アイスホッケー部担当の後輩たちから。


K.G.アスリート密着レポート


―長友はどんな存在だったか


吉冨(法3)「イケメンでした。チームメイトを思いやる人でした」

高松(法2)「ゴールもアシストも決めれて、見ていて1番頼りになる人です。そしてイケメンで編集部にも優しい最高の主将です」

清水(法1)「イメージと違うイケメン。アイスホッケー部の頼れる主将」


―思い出をあげるなら


吉冨「思い出はつけ麺をおごってもらったことと、カメラが趣味でおられたんでいろ2お話しました」

高松「関西カップに行った帰りに試合後、すき屋に行って、おごってもらいました。その時に長友さんの恋愛について聞きました。」

清水「長友さんの車のトランクに乗ったこと 笑 ラーメン屋に行ったのは楽しかったです」


―本人へメッセージを


吉冨「お疲れ様でした!社会に出ても心は熱く、プレーはクールに頑張ってください!」

高松「4年間お疲れ様です。いつも長友さんのプレーを見ていて、うますぎて憧れてました。かっこよすぎです。91という数字も好きになりました。取材でもいろいろ話してくれて楽しかったです。いつか一緒に山に登りたいですね。これからも会場で会ったら話しかけてください。そして、社会に出ても持ち前のイケメンでたくさんの女の子を落としていってください。笑 本当にありがとうございました」

清水「またごはんに連れていってください!」


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▲クリスマスカップにて。記念撮影


◇次回はあのプレーヤー!近日更新予定◇

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 なんとここにきて新企画!ともに戦った同志たちが、KG91への思いを告白します。第1回目は、神原達也(経)くん。


K.G.アスリート密着レポート


―長友はどんな存在だったか。思い出も交えて


神原「入ってからずっと。オレ大学から始めたから、むっちゃ下手で。けど、練習とかで教えてくれて…。オレが良いプレーしたときに、一番喜んでくれたのが長友。あいつも、オレに期待してた部分もあると思うし。
 自分が甲南大とかの練習に参加するときも、『オレもついていく』って。あいつにとって練習にもならん思うし…けど、ついてきてくれた。感謝してる」


―キャプテンシーを感じた瞬間は


神原「夏の陸トレのときかな。ケガするくらいまで、自分を追い込んでたと思う。
 1年のときから見てて、陸トレがそんな得意やないと思うねんけど、常にトップ目指してたし。去年よりも頑張ってるな、って。(主将として)トップに立ってな、って意識は感じた」


―ときに同じセットで試合に出ることもあった


神原「近大戦とか。4年生で組めて楽しかったし。実力的には組めるセットでは無かったけど、あいつに良いパス回せたときとかあって」


―自身は副将を務めた。主将・長友に対して、どんな役回りを


神原「関学というチームが変わってきてるから…今のチーム的に選手が経験者だけになってる。自分が1年のときは半々やって。
 で、経験者に足りないのが〝ひたむきさ〟で、逆に未経験者に足りてないのが〝自信〟。そういうのを失くしたくて。ひたむきに練習して努力して、上手くなっていくのを背中で見せたいな、って。
 自分は未経験者の最後の代やから、見にきてくれた同じ未経験者だった先輩たちに『頑張ってるやん』って言われて嬉しくて…そういう人たちの期待に応えるために、副将になってアピールしたかった」


―主将・長友に望んだものは


神原「オレらの学年で一番、もちろん上手い。キャプテンとしてチームを一番を引っ張れるのは、あいつしかいないし。
 けど頼りすぎてたかな…」


K.G.アスリート密着レポート-神原P2

<以下、神原くん本人から長友へのメッセージ>


 「一年からお前のプレーにはいつも憧れてた気がする、センスに溢れたスマートなプレー、その中から生まれるしなやかなパスや、狙い澄ましたチェック、ビューティフルだった。もう見れないと思うと少し寂しいかもしれない。


 俺の一年からの計画では、四年の最後のリーグ戦でショコラと同じセットで試合出る予定やったけど夢のままで終わったみたいやな。ホンマはもっと上手くなる予定やったんやけどなぁ…なかなかそうはいかなんだわ。いつもショコラは俺の練習に付き合ってくれて感謝してる本当に。期待してくれてるのも分かってたから、いつも頑張ろって気にさせたのはお前の視線やったな今考えると。よく下手くそにあそこまで熱心に指導してくれたものだ、ありガトー。


 今思うと最後までつまらなかったけどホッケー続けてよかったよ。ホッケーってゆうスポーツはお前のおかげで好きになれたし、一つの組織で何かをやり遂げた感が一応あるし、社会に出ても役に立つだろう。いい先輩にも出会えたし、頭の悪い後輩達も社会勉強になったし、笑。


 一年からおれらの代のキャプテンはお前しかおらんと思っとったけど、最後お前だけに負担かけすぎて反省してる。なーんもサポートできてなかったよ俺は、名ばかりのAマークでした。やっぱ実力ないと、つけるものじゃないなって勉強になったわ。さすがに最後のインカレで負けた時はなんもできんかったきん悔しくて涙出てきたな。


 しょーもないチームやったけど変えれんかったんはおれらの責任でもある。けど、この失敗を社会に出て生かせばいーだけやきん忘れて、とりあえずKGアイスホッケー部とは縁きって、働いて、お互いお金持ちになろうか。


 じゃあ今度は神戸牛でもたべながら遊ぼう。バイバイ。」


K.G.アスリート密着レポート-神原P1

○神原達也/経済学部/DF/坂出高校/背番号「5」


◇新企画スタート!次も乞うご期待。次回更新は3月明けに◇

 シリーズ『邂逅』最終回は、大学時代。


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【『邂逅』最終回 大学編~】


 06年。関学はスポーツ推薦で、的確なメンバーを招きいれた。最たる例が、最大のウィークポイントを埋めたGK田名部の存在だろう。そして同じくこの年に長友も関学のユニフォームに袖を通した。


 かねてからの実力、そして部員数の関係(当時は今の約半分ほど)で即レギュラー入りを果たした。試合では持ち味であるパスが光り、同じセットのFW藤井(社卒)やFW宮原(総卒)らのゴールをアシスト。この年、藤井は関西リーグ得点王。そして、このスタイルはその後3年間、不動のものとなり、『長友―藤井』は『ホットライン』と呼ばれた。

 また得点も1年生次からマーク。面白いのが、この頃から先制点を決めた試合がそこそこ見られることだ。やはり4年目の活躍はここに通じるものがあったか。

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▲後ろは、当時の中町キャプテン


 主力を担ったデビューイヤー。だがその2年後は、長友にとっては苦いシーズンとなった。春先の練習時に左足首を負傷。大腿部の肉離れもあり、長期離脱を余儀なくされた。結局8月終わりまでチームには復帰できず。


 「思い出したくない…1年間棒に振って」

 チームに貢献したい思いはあっても、どこか空振りだったか。最後の試合となったインカレで、バトンを渡された藤井との涙が印象的だった。


 そうして迎えたラストイヤー。そこからの活躍は、ご存知のとおりだ。<完>

K.G.アスリート密着レポート-長友(100220-2)
▲《問題》どこにいるでしょう?(答えは下ページ)


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【第21回 ~4year’s ago~】


 さて『邂逅』シリーズが終わりました。もっとも<ジュニア編><高校生編>は、ちょうど1年前のこの時期に『密着レポート』の打ち合わせ兼インタビューで掴んでいたネタを公開したものです。引退してから書こうと思っていたもので、ようやく。

 今回の<大学編>は記憶をたどりながら、そしてこの4年間の取材ノートを振りかえりながら執筆。あまりの懐かしさに感動し、同時に我が悪筆ぶりに途方に暮れつつ(笑)。「こんなこともあったなぁ」「あんとき、こう話してたんや」と感傷に浸りました。アイホ担当になってから一発目の試合取材では、ゲーム展開の横に『キルプレーとは…』って。


 でKG91がノートに記されたのは10月7日の龍谷大戦。おぉ…先制点を飾っています。

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▲中央下。


 ちなみに初インタビューは同年11月19日のプレイオフ関大戦。そう、あの歴史的勝利を収めた試合です(3-1関大)。その日の先制点を決めた長友は


 「超良かった!田名部のおかげ」

 と言いつつ


 「先制点が良かった」

 ちゃっかり。でも、ごもっとも。


 自分が田名部と1年から交流があったこともあり、長友にも慣れやすかった記憶があります。

 さて続けてノートを振りかえると、出ました!初の企画用インタビュー。06年12月14日。スポーツ報知の『関西・大学美男美女アスリート(確かこんなタイトル)』で関学から選出された我らがKG91に取材しています。


―イケメンアスリートと呼ばれて
長友「イケメンってのはちょっと…。かわいい、って言われたい」


 だそうです。ファンのみなさん、要チェックを。


 ちなみに、このときすでに背番号ネタを聞いてたみたいです。(詳しくは本ブログの初期の記事をご覧下さい)

 懐かしい。歴史あり、ですね…まさに。あの頃4年目がこんな関係になるとはさらさら思ってませんでしたもん。


 けれども、彼ふくめ関学アイスホッケー部と関われたから今の自分がいる。良い思い出です。

K.G.アスリート密着レポート-長友(100220-1)
▲《解答》右上にいました。若い…


◆新企画も含め、そろそろ本ブログも終着点にむけ進みたいと思います。次回更新は今月中に◆