真実は人を幸福にするか?

桑田義雄が、うかんだり、もぐったりするブログ


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上野動物園(台東区)の雌のジャイアントパンダ「シンシン」に、妊娠の兆候が見られるという。

シンシンは三月下旬に雄の「リーリー」と交尾した。
二回にわたる交尾のシーンは、しっかりビデオで記録されていて、たびたび、テレビで放映されている。

リーリーは舌を出しながら、馬のようなヒヒ~ンという雄叫びをあげていた。
対して、シンシンは、一度目は、まったくやる気なさそうに横たわり、二度目はしっかりと四つんばいになっていた。

完全なる盗撮である。
しかも、テレビでさらし、「いいのか?」という気にさせる。
人権は無いにせよ、交尾まで全国にさらしちゃ、いかんような気がする。
幼い子供と一緒に、この映像を観た親は、ハラハラドキドキに違いない。


驚いたのは、今回は、「妊娠に必要な黄体ホルモン「プロゲステロン」の数値が上がっていた。ほかにも乳頭、乳房の膨張や軽度の貧血、コレステロール値の上昇など、妊娠に伴うさまざまな兆候が確認された。」(by東京新聞)らしいが、なんと、これではまだ、妊娠かどうか、わからないらしい。

というのは「想像妊娠」の可能性があるというのだ。
パンダが想像妊娠?

ヒトの場合、想像妊娠というのは、「妊娠するような行為を私は行いましたです、ハイ」という認識があって、はじめて生じる。

パンダの場合も、「妊娠するような行為を私は行いましたです、ハイ」という認識があるのだろうか?

動物の交尾行動とは、衝動にまかせて行われるものであり、「子作り」という意識は無いと、俺は思っていたわけだが・・・


もっと不思議なのは、シャケだ。
シャケはメスが川底に卵を産み落とし、それにオスが精子をふりかける。

シャケのオスが「そそる」のは、決してメスのケツではなく、産み落とされた卵、つまり、筋子なのだよ。

というわけで、俺も食卓で、筋子をじっと見つめてみた。
何も感じなかった。
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自己愛の無い人は存在しない。
だが、極端に自己愛の激しい人を、「自己愛性人格障害」と呼ぶ。
簡単に言うと、「自分大好き人間」だ。

誰だって、自分が大事だが、このタイプの人は、自分以外の事には、まるで関心が無いのが特徴だ。


会話とは、通常、相手と自分との接点を見出して、話すものだ。
ところが、自己愛性人格障害者は、この「接点」を無視する。
あくまでも、自分中心の会話(一人語り)になる。

「聞き上手」という人がいる。
上手に相槌を打ちながら、相手の話を聴き出す。

自己愛性人格障害者も、相槌を打つ。
むしろ、大げさなくらい、相槌を打つ。

「そう!そう!」と。

だが、その「そう!そう!」に続けて、自分の話が始まる。
この自分の話と、それまでの相手の話には、何の脈絡も無い。

例えば、相手が消費税の話をする。
それに対し、「そう!そう!」と大げさに相槌を打つや、自分の夫の愚痴が始まる。

自己愛性人格障害者は大げさな追いづちを用いて、いかにも聞き上手のように装うが、実はそれは自分の話に誘導するための仕掛けに過ぎない。
「偽装聞き上手」である。


自己愛性人格障害者の自分語りが始めると、もう誰にも止められない。
完全なる独演会である。

電話で、それが始まると、確実に長電話になる。

「そろそろ子供が帰って来る時間だから」と、電話を切ろうとしても、許してはくれない。
畳みかけるように、話を続ける。


老人になると、この傾向が高まるようだ。
いつまでも、いつまでも、自分の家族や、昔の話を繰り返す。
老化により、「他人への配慮」という能力が、欠落して行くのだろう。


また、酒を飲んで、こうなっちまう人がよくいるな。
アルコールで「他人への配慮」という能力が麻痺するんだろう。


「他人への配慮」という能力は、先天的な場合もあるだろうが、後天的に鍛えられるものだろうと思う。
であるから、教育が大事だし、大人になってからは、自ら、この能力を育てるように訓練し続ける必要があるだろう。


自己愛性人格障害者は竜巻である。
エゴという竜巻の中に、周囲を巻き込んでしまう。

まずは、自分自身がその竜巻になっていないか、反省してみる事。
そして、周囲にその竜巻の発生を感じたら、巻き込まれる前に、逃げるしかない。



※上記の話は俺の解釈であり、正確な自己愛性人格障害に関する知識が欲しい方は、他をあたって下さい。
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自らの目をもって、自らの目を見る事は出来ない。

自らの心をもって、自らの心を推し量る事は出来ない。




人は自分の価値観、生き方の是非を、自分自身に問う事があります。
ですが、その問いかけによって、正しい解答を得る事が出来るか?という事です。

仏教には「自力法門」「他力法門」という二つの法門があります。

「自力法門」とは、努力によって、自分の心を分析できる、というものです。
座禅をしたり、学問する事で、自分の心を分析できるというのです。

「他力法門」とは、努力によっては、自分の心は分析できないというものです。
それが、上記の「自らの目をもって、自らの目を見る事は出来ない。自らの心をもって、自らの心を推し量る事は出来ない。」という事です。

いくら、自分の心を分析しようとしても、分析するその目が曇っている、つまり、迷いにおおわれているわけですから、正しく分析できるわけがない、という事です。

うつ病やノイローゼにかかった人が、いくら本を読んで、自分の心を正しく認識しようとしても、それが出来ないのは、認識しようとする目がゆがんでいるからです。

では、カウンセラーのような第三者ならば、正しく分析できるかと言うと、カウンセラーが「正しい目」を持っているわけではない。
人の心というのは、心理学のテキストに書かれているような単純なものではないのです。

カウンセラーもまた、煩悩におおわれ、数々の間違いを犯します。
苦しみの中で、もがきながら生きているのです。


仏教の他力法門とは、自分自身の目をもっても、他者の目をもっても、心を正しく分析することは難しいという立場です。

では、どうすれば、正しく、心をとらえることが出来るか?
それは、「仏」という超越的な存在であると説きます。

この場合の「仏」とは、自分の中に内在する「仏性」ではなく、あくまでも、外界に存在する、自身と相対化させた「仏」です。

「仏」という存在が、自身の外側から働きかける時、雲が晴れるように、心の迷いが消えて行く。
その時に、自然に真理が浮かび上がる、というのが他力法門の理屈です。

「他力法門」と言うと、阿弥陀信仰を思い浮かべるでしょうが、もとは法華経に説かれている思想です。
法華経の方便品には、「南無仏と唱えて手を合わせれば、悟る事が出来る」と説かれています。
この場合の「仏」とは諸仏であり、特定の仏ではありません。
宇宙には、「三世十方の諸仏」と言って、無数の仏があり、どの仏であっても、同様の働きがあるというのが法華経の思想です。
日本神道における、天照大神、八幡神などの神もまた、「三世十方の諸仏」の中の一つです。


苦境におちいった時、考えても考えても答えが出ません。
どつぼにはまったような状態になります。


そんな時は、神社にでも行って、しばらく手を合わせておりますと、すっと見えなかったものが見える事があります。

神仏とは、決して、物理的に幸福をもたらしてくれる存在ではありません。
心の迷いをぬぐいさり、正しい方向性を示してくれる存在なのです。
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こんな経験した人は多いと思う。

上司に質問すると、

「そんな事、自分の頭で考えられないの?」

と言われる。
だから、それ以降、独力で仕事をしていたら、失敗してしまった。
すると、同じ上司から、

「なんで、質問しないの?」


矛盾した二つの命令を出す。
これを心理学用語で「ダブルバインド」という。

上記のケースの場合は、もしかしたら、本人が、質問すべきものと、すべきではないものの区別がついていない、という事が原因かも知れない。
だが、明らかに悪意に基づいたダブルバインドがある。

人は、矛盾された命令を受け続けると、精神崩壊を来たす。
親がダブルバインドを用いて子育てすると、子供は「アダルトチルドレン」となる。
情操的に問題を抱えた人間になるのだ。

例えば、親がニコニコ笑って子供を手招きする。
近づいて来たら、ぶっ叩く。


パワハラ上司は、ダブルバインドを精神攻撃として用いる。
これで部下をノイローゼに追い込み、退職させようとする。
あるいは、主体的意識を喪失させ、奴隷化しようとする。


世の中には、悪意を持った人物というのも存在する。
邪悪な人は、想像よりもずっと多いと思ったほうが良い。

上司の発言に矛盾があるのは、それは悪意あるダブルバインドなのかも知れない。
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