子供たちは手打ちうどんを孫に伝えるか | kuwanakenのブログ

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プラス思考は、好きじゃない。
前を向いたり、しゃがんだり、
振り返ったり、無理をせず、
幸せレンガを、積んでいこう。

 先日の手打ちうどん教室で、余分に作ったうどん玉があったので、居間のテーブルで打ってみました。遠い昔、長野育ちの友人が「おばあちゃんが畳の上で正座してそばを打ってた」と、懐かしそうに話してくれました。

 

 僕も孫と一緒に、居間でうどんを打ったことがあります。孫は見よう見まねで、「できた!」と大喜び。正座こそしませんが、「おじいちゃんが部屋の中でうどんを打っていた」と、思い出してくれるでしょうか。

 

 長野育ちの友人はすでにおばあちゃんですが、そばもうどんも打ちません。つまり、その孫はおばあちゃんがそばを打っている姿を見ることはありません。家庭での蕎麦打ちという文化の伝承が、そこで途切れたということです。

 

 蕎麦屋をやっている時、嫌なことがあって落ち込んでいる時でも、蕎麦を打ち始めると気分が良くなった覚えがあります。二日酔いで辛い朝の仕込みも、うどんを打っているうちに体が軽くなったことを思い出します。

 

 これが、カップ麺にお湯を注いで待っているだけでは、気分転換になりません。冷凍うどんを解凍するだけでは、体に染み込んだ昨晩のアルコールを抜くこともできません。体を動かして食事を作るという、文化の効用です。

 

 小さな打ち台をテーブルに置きます。手打ちうどん教室のデモンストレーションように作ったものです。うどんは麺棒を押して伸ばすことが多いので、手前に角材を付けてテーブルに固定するよう工夫がしてあります。

 

 打ち粉は片栗粉と小麦粉を混ぜます。小麦粉だけでは、伸ばしたうどんと同じ成分なのでくっついてしまいます。蕎麦屋では専用の打ち粉を使っていましたが、スーパーでは売っていません。片栗粉を混ぜるのは単なる代用品です。

 

 できたうどんは、その日の食卓に並びます。美しい妻に「ざるうどんが良いか、冷やしうどんが良いか」とたずねると「ざるとろうどん!」「はい、はい」いざ茹でると、打ち粉の片栗粉が多すぎて湯がどろどろ。元プロとしたことが、不覚千万。