2006-04-29

心霊コラム その6 「目に見えないものと私」

テーマ:心霊コラム

バチ当たりなこのシリーズも、今回でひとまず終了です。


今まで色んな話題で書き綴ってきましたが、今回のテーマは、超常現象全般をユル~くまとめます。


例えば、UFOという言葉があります。(未確認飛行物体のこと。ヤキソバでもプロレスでもないよ。)


結論から言えば、UFOは存在します。理由はカンタン。いた方が面白いから。


ただ、UFOの目撃者って、どういうわけかみんな絵がヘタクソなのはどうしてなんでしょう。わざわざ絵が描けない人の前にだけ現れる、宇宙人の陰謀なんでしょうか。


飛んでいる正体不明の物体なら、みんなUFO。ヒトダマもUFO。だから最近では、見える人と見えない人がいるらしい。そんな不公平な!あんたらの超能力で、みんなに見えるようにしてくれよ。


そのうち、信じれば見えるようになるなんて言うんじゃないの?…宗教とおんなじじゃん!


ちなみに、怪獣・妖怪・妖精・UMA (未確認生物) なんかも、ちゃっかり存在します。


そして…、神も悪魔も存在します。理由はカンタン。いた方が面白いから。


大体、人間が考えることのほぼ全部が、実際にどこかにあると思うんです。極端に言えば、願ったとたんにそれらは “存在” し始めるのです。


親なる神が、子供として人間を創造したのなら、当然オモチャも用意するでしょ、普通。子供が要求するものくらい、親は予想しているもんです。欲しがることがわかっているのに、用意しなかったら、子供がかわいそうじゃん。


だから、簡単に与えないんですよ。然るべき努力をして条件を満たした者にだけ、その存在を垣間見ることが許されるんです。俺が神ならそうすると思う。だって、“条件つき” の神様だもんネ。


だから、目に見えないからといって、簡単に否定するもんじゃありません。「娘がエミリー・ローズ!」 の時にも触れましたが、娘はやっぱり “何か” を見たんです。五感以外の能力で、確かに見たという事実を、俺は信じてあげたいんです。


「姑獲女の夏」 でも言ってましたが、人間は、自分が見たいものを見るそうです。年寄りが、自分の都合の悪いことは聞こえないように、人間には、自分に入ってくる情報をコントロールする力があるんです。


空気・電気・電波は見えないけど、媒体を通してわかる。超音波だって、人間の可聴範囲以外の音だけど、確かに存在する。幽霊だって、人間の可視光線の範囲の存在かもしれないからこそ、カメラのレンズに反応する。


虫の知らせとか、胸騒ぎとか、悪い予感とか、ギャンブルのツキなんかも、無形だけど、確かにある。そういう、人間本来の感性で感じるものって、大切にしたいんです。直感というやつもね。


映画を選ぶ時もそう。この映画はコケるとか、当たるとか、いい予感、悪い予感というものが確かにある。それは、ずっと見続けているからこそ、備わっていくもの。職人さんの超能力って、そういうことなんです。


あの世に行ったら、やりたい事はいっぱいある。でも、この世でしか出来ないことが、確実にある。

だから俺は、自分の感性を磨くために、映画を見続けます。何故って、俺の魂がそう叫ぶから。己の心の中から湧きあがる、情熱が、欲望が、炎のように吹き上がるんです。


…桑畑よ、映画館に行け!行って行って、行きまくれ!お前の映画人生をまっとうしろ!


俺の中で、俺の魂が、俺自身を突き動かす。“見えない力” が俺の背中を押しまくる。


迷った時は、心の声に従え。それが俺の生き方。 “見えない仲間たち” よ、今日をありがとう!




      ……次はいよいよ、「映画コラム」 シリーズを立ち上げます。期待しないでお待ち下さい。

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2006-04-29

心霊コラム その5 「心霊スポット」

テーマ:心霊コラム

世の中には、“心霊スポット” と呼ばれる場所があります。


幽霊が出る場所、ということなんでしょうね。デートスポットとか、釣りのポイントみたいなもんでしょうか。


でも、呼ばれる方はいい迷惑でしょう。もっとも、村おこしみたいに自発的にやっているところは例外ですが。


ちなみに俺は、そんなヤバい所、好き好んで行きたいなどとは思いません。まあ、仕事なら別だけど。つまり、目的もなしに行かないということです。大体、そんなヒマあるか。


ところが、世の中にはモノ好きがいて、わざわざ恐いもの見たさに足を運ぶ輩がいます。で、大抵は何事もなく、しょうもない落書きなんかして帰ってくるんですが、時には、ホントに出たとか言ってパニックになって逃げ出してくる連中もいるようです。


そして、あの日以来様子がおかしいだの、病気やケガしたりして霊の仕業だの、ぶつぶつ言う。


…お前ら、アホか。


そういうところが好きで行ったんだろ?恐い目にあいたかったんだろ?よかったじゃん。もっと喜びなさいな。憧れの幽霊に出会えたんだ。そんなリアクションじゃ、幽霊の立場がないじゃん。


『すっげー、感動しました。本物を見られるなんて最高ッス。感無量ッス。』 くらいのこと言えば?


せっかく出てきたのに、逃げ出したらもったいないじゃん。そんな中途半端な覚悟で行くのは、霊に失礼だ。一体何を期待して行ってるんだよ。何もなけりゃないで、つまんねえとかいうくせに。どうしたいんだよ、全く。


もし俺が、仕事か何かでやむを得ず行くんだったら、きちんと準備して、しっかりレポートして来ます。信頼できる霊能者に一緒に来て貰って、現地の霊に失礼がないようにしまう。当たり前でしょ。


誰だって、自分の居場所に勝手に侵入されたら、いい気持ちはしない。まして、態度が悪かったら、嫌悪感を抱くでしょう。面白半分な動機だけだったら、チンピラの嫌がらせだもんね。


相手がいるわけなんだし、あの世にはあの世のルールがある。だから、しっかりしたガイドが必要ってこと。外国に行くよりも緊張すべし。


映画 「ノロイ」 では、頼りない霊能者を連れて行ってしまったばっかりに、ヒドいことになってしまいました。小林雅文のおっちゃんは、誠実ないい人なんだけど、準備不足と計画性のなさが致命的だった。結果、映画はギャグになってしまった。まあ、これはこれで、笑えて面白かったけど。


とりあえず、『はじめまして。訳あってお邪魔します。どうか気を悪くなさらずに。』 くらいは言いましょうよ。で、霊能者を通して、何か伝えたいことありますかっていう風に対話を試みたいところ。


うまく打ち解けて話ができたら、最後は記念に心霊写真を撮りたいところ。笑っている顔と、恐い顔と両方撮れたら、最高なんですけど。写真写りが悪くて向こうが気に入らないのは、その場で焼却。いいのが撮れるまで、何度でも付き合ってあげたいな。 『…この角度からお願い。』 なんてね。


仲良くなったら、また来いよなんて言われたりして。今度は友達いっぱい呼ぶから、なんてね。それもいいじゃん。せっかく会えたんだから。お得意様になったりして。


でも、あまり気に入られると、ついて来たりして。そんな主体性のない霊はイヤだなあ。自分のやるべきことをやれよって感じ。もっとも、俺も悪霊いっぱい背負っているから、奴らと相談して決めてくれ。


霊のみなさん、せっかくある力は有効に使いましょう。カタギの連中に被害がいかないよう、悪い奴らを懲らしめるのに役立てて下さい。正義のヒーローみたいな霊がたくさんいれば、イメージアップにもなりますよ。悪ふざけするチンピラには、ちょっとお灸をすえるだけで充分。


というわけで、相手ももともとは人間である、ということを忘れないで対処すれば、さほど問題ないのではないかと、俺は思います。


では、心霊スポットを訪れるみなさん、この世の人間代表として、くれぐれも相手に失礼のないように。ゴミはきちんと持ち帰りましょうね。



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2006-04-25

心霊コラム その4 「超能力のススメ」

テーマ:心霊コラム

“超能力” …うーむ、なんと素晴らしい響きなんでしょう。“霊能力” とおんなじですが、こっちの方が断然カッコいい。まさに、能力を超えた力。 “超能力者” なんて、すげえイカす言葉ですね。


超能力の種類は、一般的には、念動力、透視能力、精神感応、瞬間移動、未来予知、念写など色々ありますが、そういう専門的なことは、ここでは扱いません。そういう情報は、そういうサイトを探して下さい。


では、何について話すのか。それは、ごくありふれた、日常的な力についてです。


人間にはそれぞれ “能力” というものが生まれつき備わっているものですが、訓練次第である程度のレベルまで伸ばすことができるものです。


例えば、職人と呼ばれる人。彼らは、驚異の集中力と、研ぎ澄まされた感性によって、常人を超えた仕事をします。機械にできない、精密な作業。まさに超能力。


それから、プロの料理人。素材を最大に生かした的確な調理によって、他の人にマネできない味を作り出す魔法の力。レシピには表現できない、微妙な隠し味。その人だけの技。まさに超能力。


あと、アーティストと呼ばれる人たち。独創的な発想と、たぐい稀な表現力。その人にしかできない、その人だけの世界。人々を魅了する、不思議な空間。まさに、超能力。


こういう風に考えると、世の中には、実に様々な超能力が存在することになります。 『そんなこと、やれば誰にだってできる』 と考える人は、やっぱり凡人なんだろうと俺は思います。


勝利者、成功者と呼ばれる人は、人知れずかなりの苦労をしているもの。それを感じさせないのが、プロ魂というものなのかも知れませんね。ダイエットに成功した女優も、わりとサラッと話しますもんね。


何が言いたいかというと、超能力って、それほど特別な力じゃないってこと。


何でもそうだけど、できないと思えば、何もできない。でも、できると思えば、何だってできる。結構そんなもんです。あきらめたとたんに、ジ・エンド。 夢を持っている人が強いのも、そういう理由。


人間の “思いの力” って結構スゴいもんです。不可能を可能にする男って、カッコいいじゃん。愛する人を想い続けて何十年、なんてのも大したもんじゃないですか。ある意味、美しい。


だから、日常生活の中で、結構みんな超能力使ってるんですよ。気がつかない内に。


涙もろい人っているでしょう。すぐに “もらい泣き” してしまったりしちゃう。条件反射なんていう言葉もありますが、俺に言わせると、これも超能力。敏感な人だからこそ起こる現象。


恐がりな人も同様。要は、“恐がる” のも能力。みんなでお化け屋敷に入ると、1人くらい腰が抜けるくらい恐がる人がいるもの。その人は、誰よりもそのアトラクションを楽しんだことになります。


そして、俺が一番主張したい超能力は、ズバリ “感動する力” です。これこそが、一番グレードが高いものであるような気がするんです。


感動しない人生なんて、ホントに味気ないと思う。映画はもちろん、日常の些細なことで感動することって、結構大事だと思うんです。感性って、感動によって磨かれていくもんなんです。


人間関係において、微妙な気持ちを理解し合うのも、感性のなせる技。恋愛においても、様々な愛の形を表現したり、受け止めたりするのも、感性の鋭さがモノを言うと思うんです。


人間って、やっぱり心の生き物なんです。物質だけじゃ満たされない。心が満足するためには、心の旅をしなければならない。そうやって、心が磨かれていく。


だから、超能力者って、結構デリケートな人じゃないかなって思うんです。昔知り合いだった人は、イヤでも見えてしまうから、慣れるまでが大変だったと言ってました。並大抵のストレスじゃないって。


ちなみに、個人的に欲しい超能力があります。それは、部分的瞬間移動。


これさえあれば、映画を見ている時に小便したくなった時、尿だけトイレに飛ばせる。あるいは、隣の人の膀胱に移してしまう。でも、血液型が合わないと、アレルギー反応起こすかも。やっぱまずいかなあ。やはり直接便器がいいか。しかし、いきなり空間から小便が表れたら、みんなびっくりするだろうな。 (…そういうこと書くから、頻尿だと思われるんだって!)


あとは、微妙な透視能力。これさえあれば、インスタント味噌汁の、溶け残った味噌の位置がわかる!


で、いらないのは、未来予知。小説読む時、映画見る時に、初めから犯人や結論知りたい人はそういないでしょう。…俺、絶対要りません。


むしろ、人間には “忘れる能力” があるでしょう。恨みや憎しみ、胸の傷む思い出を忘れられるって、凄い能力じゃないかって思うんです。充分苦しんだから、もう休めって神様が言ってるのかも。


そんなわけで、人間の “機能” を “能力” に、そして “超能力” に高めていくのは自分次第。自分にしかできない、自分だけの得意技を、自分の感性とともに磨きましょう。


そして、自分だけの超能力で、一度しかない自分の人生を、楽しみましょう。 GOOD LUCK! 

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2006-04-24

心霊コラム その3 「神と奇跡」

テーマ:心霊コラム

絶好調バチ当たりシリーズ第三弾。今回は、神様の登場です。


ビートたけしの昔のギャグで、こんなのがありました。


 『あなた、神を信じますか?』  『…余計なお世話だ、バカヤロー!』


まさに、その通り。そんなの、その人の勝手ですよね。


俺はというと、信じているかと聞かれれば、まあ信じているんでしょう、たぶん。 というのは、存在そのものは認めるけど、信用してないよって事。


「奇談」 の時にも触れましたが、俺は聖書の神が嫌いです。読めば読むほど矛盾だらけの書物。こんな神様は、はっきりいってイヤだ。くたばっちまえって感じ。


最近見た映画 「リバティーン」 のジョニー・デップのセリフに、こんなのがありました。


 『神が人に信仰心を求めるのなら、何故素直に信じるように私を造らなかったのですか?』


まさに、その通り。みんなが自動的に信じれば、こんなに苦労しないのにね。でも、神はそれじゃイヤだったんだろうなあ。人間が、自分の意志で従って欲しかったんだと思う。


神が人間を創造したのなら、創造者に似せて造ったはず。聖書にもそう書いてあるしね。人間は完全なものとして生まれたのに、神に背いて堕落したそうです。 …ははは、まいったね、こりゃ。


つまり、聖書の神の愛は、“条件つき” なんです。親なる神の愛って、そんなもんなの?それでいて、うまくいかないのを、人間のせいにしている。作品がダメなのを、作品のせいにしている。


うまくいったら神のおかげ。ダメなのは自分のせい。都合がいいね、神様。


聖書の矛盾を一つ挙げると、『神は愛である』 『愛はねたまない』 などといっておきながら、『わたしはねたむ神である』 なんて言ってる。…どうしたいんだよ、あんた。


挙句の果てに、悪の元凶はサタン (堕天使ルーシェル) のせいだと言う。全く、悪い事を人のせいにする悪癖は、神から受け継いだものだったんですね。


それだったらさあ、俺はサタンに同情するね。勝手につくっておいて、そりゃねえだろ。勝手に子供生んで、簡単に捨てる親と一緒じゃん!そんな奴、誰が敬うもんか。


実際、神様に関わるとロクなことがありません。この世であがめられている神々の、なんと好戦的なことか。聖書でも、皆殺しにしろという命令がいっぱい出ている。血が流れるの、好きなんですね。


自分達は選ばれた民である、という選民思想が生み出す悲劇は、後を絶たない。嘆かわしいことです。


人間、こだわりは大事だけど、自分の世界だけにすべきだと思うんです。隣の人は、自分と違う人間だということを理解してあげられない、自分と違うことが許せない、だから信用できない。 結果、脅威になる。


その点、日本人の “八百万の神” という考えは好きです。色んな神様がいていいじゃん。だから、色んな人間がいる。それでいい。ただ排除するんじゃなく、どうしたらうまく付き合えるか、自分の力で考えるべきだ。そういう “知恵” を、神は授けて下さったと思うんです。


力だけでは人は動かない。強迫して無理矢理動かしたら、その反動は大きい。人間って、そんなに単純じゃないし、そんなに愚かじゃない。


俺が思うに、神は信じるものじゃなく、感じるものだと思うんです。


感じる力こそが、信仰の原点になる。心霊現象を感じるからこそ、身近になる。愛されていることを感じることができればこそ、人を愛したくなるというものであるはず。


“奇跡” って、現象そのものよりも、どう感じたかが問われるべきだと思う。モーセの前で海が割れたということが、自然現象による偶然なのか、神の奇跡かは、見た人が自分の信仰に問うて結論を出すべし。


そもそも “親なる神” なら、悪いことを人のせいにしない。自分の親がそんな態度だったら、子供は親を軽蔑するでしょう。だから、神は何もかも人間のせいにしてはいけない。


そういうわけで、聖書の神が嫌いなんです。ロクなこと言わないから。これ、ホントに神が直接言ったんですか? …怪しいなあ。適当にでっち上げたんじゃねえの。


もっと身近で単純な話にしましょう。子供が親に感謝できれば、先祖にも感謝できる。そして、その向こうに神様がいる…でいいんじゃないかと。


だから、子供は、自分の親をよく見ています。親たちが、そのまた親に対してどういう態度をとっているか。子供は、親の言うことは聞かないけど、親の真似はしますからね。


子供を虐げてきた親は、いつかその報復を受ける。恐ろしいことです。


親や先祖に恨みがあったら、神を敬うなんて発想はまず出てこないって。


だから、自分の親って、実際そんなに大した人じゃない。むしろ、しょうがない人だなあって思うくらいでいい。そして、そういう親が自分を育ててくれた。衣食住を与えてくれた。


しょっちゅう口うるさく言われるし、あれこれ心配もしてくれる。 …やっぱり、ありがたいな。


そう思えれば、少なくとも先祖を敬う気持ちが生まれてくるように思えるんです。それで充分。


“愛”という文字は、“受け入れる心” と書きます。相手を受け入れることができれば、勝手に湧いてくるもの。そして、愛情となって、注がれていくもの。


先祖から親へ、親から子へ。 より “神に近い” 立場から流れてくるんです。


だから、神様って、そんな立派でなくていい。呑気な存在でいい。厳格に考える必要はない。


そこに、確かに存在している。それでいい。


いいところも、悪いところも、みんな神様から受け継いでいるんです。少なくとも、俺はそう思います。


身近な現象で、神の愛を感じられれば、それこそが “奇跡” だと思うんです。


人と出会うのも、知り合うのも、愛し合うのも奇跡。子供が生まれるのも奇跡。幸せを感じることだって、映画で感動することだって、立派な奇跡なんです。


どういう形にせよ、自分なりの “神観” というものがあっていいでしょう。 みなさんはどうですか。


だから、『神を信じますか?』 と聞かれたら、俺はこう答えます。


 『…存在は信じているけど、信用してません。そして、聖書の神は嫌いです。』









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2006-04-10

心霊コラム その2 「心霊写真と表現力」

テーマ:心霊コラム

バチ当たりシリーズ第二弾、今回は心霊写真をテーマに一言。


小学校の頃に心霊写真の存在を知って以来、その魅力に取り憑かれて30年以上が経ちました。


誤解のないように言っておきますが、自分で心霊写真を撮ろうと思ったことは一度もありません。だって恐いじゃん。わざわざ心霊スポットに出かけるようなバカもやりません。


じゃあ何だよ、ってことになりそうですが、要は雑誌やビデオで紹介された “お祓い済み” のものを見て、批評するのが好きなんです。


心霊写真とは、俺にとって、アート (いわゆる芸術) のようなものです。見た目のインパクトや、伝わってくる感じ、写り方がわざとらしくないかなど、あらゆる視点で捉えます。


一瞬の光の中に、この世とあの世が交錯する。素晴らしい文化じゃないですか。つのだじろう先生も、テレビで心霊写真を公開する時は、実に楽しそうです。好きなんだなあって思います。


心霊写真と言われるものには、実に色々なものがありますが、ここではあまり細かい話はしません。そういうのは、専門のサイトに聞いた方が早いでしょうから。


さて、ここで本題。心霊写真は何故存在するのか。


それは、霊が何かを伝えたいから、と思うのが自然かと思います。


しかし、霊も元人間だけあって、伝えるのが上手い人と、そうでない人がいるようです。これって、やっぱり表現力の違いではないかと。中には、お前、出る気あんのかみたいなものもあります。どうせ出るなら、ちゃんと自己主張して欲しいと思うんですね。


霊能者がいくら、すごい霊気を感じるとか言っても、肝心の写真がショボいと、迫力に欠けます。


これは、ある意味 “一発芸” みたいなもんだから、インパクト勝負なんです。


霊の力そのものと、写真の写り方に因果関係があるのかどうかわかりませんが、写真で勝負するなら、きちんと写って欲しいし、力そのもので勝負するなら、直接呪えばいい。どちらも中途半端になるなら、初めから出るなと言いたい。


俺が思うに、あの世の方で、心霊現象を起こすシステムがあるのではないかと思うんです。


依頼者がいて、モデル (あるいは役者) がいて、監督がいて、特殊効果がいて、小道具係りがいて…。


そういうプロのスタッフのチームワークにより、見事な現象が起きるのではないかと。


だとしたら、予算なんかもいろんなコースがあって、安いプランと高いプランがあるかもしれない。恨みをはらすために必殺仕事人に頼むように、請負業者がいるのかもしれない。


そう思うと、出方が失敗した依頼者は気の毒ですね。せっかくの出番なのに、台無しにされたら、今までの苦労が水の泡というもの。 …くそう、インチキ監督め、呪ってやる! …ってキリがない。


やっぱり、監督の中には、巨匠と呼ばれる一流の人がいるんだろうな。俺は、あの世に行ったら、とりあえずそういう人を目指したい。俺ジナルの心霊写真を、この世に出現させます。


えっ、そんなのあるかって? なけりゃ、俺が作ってやる。あの世なんて、時間も空間も超越してるんだから、その気になりゃ、何だってできるでしょ。


あの世があるなら、やりたいことはいっぱいある。ないなら、それはそれでいい。肝心なのは、この世で精一杯生きておかないと、あの世でも中途半端になってしまうということ。


だから、あの世の勉強は、人一倍しておきたいんですね。あの世の人だって、理由があるからこの世に出るんでしょ?あの世のことを正しく理解してもらう努力しましょうよ。


そういうわけで、心霊写真を見ては、そんなことを考えているんです。霊界のみなさん、がんばっていい写真をいっぱい提供して下さい。この世とあの世を繋ぐために。



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2006-04-05

心霊コラム その1 「憑依現象とストーカー」

テーマ:心霊コラム

新シリーズ第一弾。ついにこのジャンルを立ち上げてしまいました。


別に、俺自身は何の能力もなく、えらそうなことは何も言えないんですが、そこは “映画熱” ということで、あくまでも偏った独自ワールドを展開してみようと思います。


さて、先日、娘がエミリー・ローズ状態になってしまったことを報告しましたが、その時に、改めていろいろ考えました。


…憑依って、一体なんだろう?


俗に、悪霊がとりつくことをいうらしいですが、じゃあ、悪霊って何だ。


要は、“元人間” じゃん。もとは人間で、既に死んだ奴が、生きてる人間に何の用だ。


生きている人間にとりついて、どうしようというのだろう。苦しませて、死なせたいのか。自分と同じ苦しみを味あわせたいのか。そんなに生きている人間が憎いのか。幸せの邪魔をしたいのか。


俺が悪霊だったら、そんな面倒くさいことはしたくないなあ。どうせとりつくなら、居心地のいい身体に作り変えたいって思う。そのためには、相手の願望をかなえてやる努力も惜しまない。こっちががんばった分だけ、相手にもがんばってもらう。そうやって、乗りこなしたい。


車だって、ムチャクチャな運転したら、すぐに壊れてしまう。長く乗りたいなら、大事に扱うべきだ。


だから、イヤな奴につきまとわれたらどうするか、イヤな野郎にいじめられたらどうするかを考えればいい。


結論としては、相手が攻撃しにくい状況をつくればいい。マトモに戦って勝たなくてもいい。相手の弱点を見つけ、相手が手を出しにくくなるような工夫をするだけでいい。


“…こいつ、面倒くさい奴だなあ。” くらいに思わせればOK。自然に、向こうから去って行きます。


俺自身、何度も苦しめられてきましたが、どういう時に相手が反応するかを感じ取り、奴の裏をかく方法で肩透かしを食らわせるという手法で、今までかわしてきました。


でも、中には、救われたくてとりつく奴も、確実にいる。


そんな奴に限って、不器用だったりするもんです。だから、そいつが本当に行きたかった方向に沿って、こっちから行動すると、呼応して “霊動” が起きたりします。


こちらとしては、奴を背負った状態で、“一緒に行動する” という気持ちになります。


“…お前、本当はこうしたかったんだろ” って語りかけるようにしていると、身体がすうっと楽になることがある。いなくなったか、俺になじんだのかはわからないけど、とりあえずそれで終わり。


大体、悪霊の一つや二つ、みんな持っているもんでしょう。俺なんか、すでに満員かもしれない。だから、そこら辺のよそもんがフラッと簡単に入れないかも。


“…てめえ、どこの組のもんだ、この兄ちゃんの身体は、俺らの縄張りなんだよ!…とっとと失せろ!”


てな具合に、微妙な小競り合いが起きていたりして。…うわははは。


大体、生きている人間にだって、悪霊みたいな奴はいるでしょ。ストーカーなんて、まさに憑依する悪霊そのものじゃん。そういう奴らは、大抵、悪いことを人のせいにする。自分のせいで悪い結果になっていることを、絶対認めようとしない。…ああ、悪霊より始末が悪い。


俺がもしストーカーにつきまとわれたら、会社を休職して、“逆ストーカー作戦” で反撃します。相手より先手を打ってストーキングしていやがらせをしてやる。、待ち伏せて、ワナを仕掛け、盗撮して、中傷ビラを撒いて、ありとあらゆる方法で、不幸のドン底に叩き落してやる。逮捕されても、ムショを出たその日にもう一度襲いに行ってやる。“相手が悪かった” と一生後悔させてやる、絶対に叩き潰してやる。


…どうですか、戦うなら、このくらいの気迫が必要でしょう。悪霊だって所詮は人間なんだから、堂々と立ち向かいたい。この世で決着がつかなかったら、あの世でもう一度勝負だ!



それからもう一つ。何でもかんでも悪霊のせいにするのはやめましょう。


オバチャンあたりが心霊相談すると、「あのことがあって以来、子供は受験に失敗するし、主人は浮気するし、不幸ばっかり続きます」 なんてよく言ってます。…アホか。


そんなに悪霊のせいばかりにしたら、悪霊だっていい迷惑だ。ぬれぎぬってもんだ。てめえの努力の足りないことを棚に上げて、人のせいにするなっ!


そんなこと言うから、悪霊だって、“ちくしょう、どうせそう思われているなら…” って余計に怒ってしまう。でもまあ、それで霊障受けたら、自業自得ですかね。


霊って、悪さもするけど、いいこともしてるんじゃないかな。悪いことがあった時だけ恨むんじゃなくて、いいことがあった時にこそ、“ありがとう” って素直に感謝できる心こそが大事だと、俺は思いますよ。


…以上、心霊 “愚痴” コラムでした。 バチ当たりですいません!

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