FUJITA'S BAR
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2017-09-17

映画 「海辺の生と死」

テーマ:邦画

潮の香りと、生き物の息づかいが漂ってくるような、不思議な映画。

 

 

強烈な印象を残した「死の棘」を見たからかもしれませんが、

 

本作は、満島ひかりの感情表現に、終始注目していました。

 

 

いやあ、静かに燃え上がる恋って、いいもんです。

 

 

 

本気で何かに夢中になっている人って、

 

傍から見たら、滑稽に映るんでしょうけど、

 

そうなってしまう理由や背景を想像していくと、実に興味深い。

 

 

 

舞台は、奄美群島・加計呂麻島。

 

(沖縄よりも北にあって、奄美大島のすぐ南くらいに位置しています)

 

時代は、太平洋戦争末期。

 

といっても、それは、戦後の今だからそう言えるのであって、

 

当時は、この戦争は、いつまで続くのだろう…という雰囲気だったはず。

 

 

そこだけは、ちゃんと踏まえた上で、本作を見て頂きたいと思います。

 

 

 

昭和19年(1944年)12月に、島に駐屯して来た海軍特攻艇隊長。

 

彼は、いかにもな軍人ではなく、物腰の柔らかい、本を愛する男であった。

 

島で多くの書籍を所蔵している老人の存在を知り、

 

本を借りたいと申し出た時に、娘と出会う。

 

彼女は、国民学校の教師であるが、彼女もまた、

 

いかにもな戦意高揚の授業をする人間ではないようである。

 

 

 

多くの人たちが、同じ方向を向いて戦っている、ピリピリした空気の中で、

 

唯一、安らぎを感じさせてくれる、お互いの存在…

 

 

こりゃあ、自然に、恋してしまいますな。

 

 

 

2人の、ぎこちなさが、何だかとても、美しい。

 

島の自然と、波の音や風の音、咲いている花からも、音が聞こえてきそうな感覚。

 

 

 

封印された名作映画「氷雪の門」の前半でも、こういう空気が、確かにあった。

 

言いようのない不安。

 

しかし、日常は続く。

 

このままいったら、大変なことになる。

 

でも、できることは、あまりにも少ない。

 

 

そういう状況の中で、

 

愛する人と一緒にいられる時間が、

 

ほんの、束の間のひとときが、

 

心を、支配していく。

 

 

 

人を好きになると、心の回路に、変化が起きるもの。

 

 

満島ひかりの、“手の演技”が、本作の見どころですね。

 

彼から届いた手紙に触れる時の感じ、すごくいいんです。

 

俺も、若い時に文通した経験があるから、あの感覚がよくわかる。

 

 

紙に書いた文字には、情緒がある。

 

 

 

この映画は、2時間35分もあるんだけど、

 

極力、無駄な部分を省いているような感じがします。

 

 

説明的な場面を入れれば、もっと尺は短くなったかもしれないけれど、

 

それでは、人の心の動く時間を、表現できない。

 

 

 

佇んで、思い悩んで、迷って、行動に出て…

 

 

 

彼女が、彼に抱く思いは、決して、安っぽいものじゃない。

 

彼女が、自分の過去を語り、彼が、自分の過去を語り、

 

そこから、いや、そこからしか、生まれない“何か”がある。

 

 

 

人がみんな違うように、恋の仕方も、感情の動きも、やっぱり違うのです。

 

テンポのいい、わかりやすい恋愛映画ばっかり見ていると、

 

いざ、リアルな恋をした時に、イライラしてしまうものなんです。

 

 

 

そういう自分って、面倒くさいって、思うでしょ。

 

それは、相手もまた、面倒くさい人間だからに、他なりません。

 

 

 

なるほど、本作は、「死の棘」の香りが、プンプンする。

 

人は、恋をすると、何かが変わる。

 

そして、感情が暴走すると、止まらなくなっちゃう。

 

(新藤監督の「鬼婆」とか、すごいですよね)

 

 

 

この映画は、純愛映画だと思います。

 

冷静に見てみれば、おかしいでしょ、とツッコミたくなる場面もたくさん。

 

でもそこはあえて、恋に突っ走った心の象徴ということで。

 

 

隊長がやたらに隊を離れて、女のもとに行くのは、

 

隊員からすれば、異常な行動以外の何物でもないでしょう。

 

 

でもたぶん、みんな、疲れちゃっているんでしょうね。

 

 

 

塚本監督の「野火」とは、全く違う世界。

 

しかし、俺は、こういう人たちもいたんじゃないかな、と思うのです。

 

 

厳罰を覚悟で、何もかも失ってしまうことをわかっていて、

 

それでも、動かずにはいられない。

 

じっとしていられない…

 

 

 

さあ、この恋は、どうなるんでしょう。

 

最後まで、しっかりとご覧下さい。

 

 

 

 

命短し、恋せよ乙女。

 

命が儚いと思えば思うほど、恋は美しく燃え上がる。

 

好きになっちゃったものは、しょうがない。

 

 

 

…潮の香りが、ゆっくりと、魂を浄化していくのだ。

 

 

 

 

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2017-09-17

映画 「散歩する侵略者」

テーマ:邦画

歩こう、歩こう、私は、宇宙人!

 

 

俺は、歩くのが大好きです。どんどん歩きましょう。

 

走るのは嫌いなので、歩き疲れたら、どこかの居心地いい場所で、休みましょう。

 

 

黒沢清監督最新作は、SF映画。しかも、侵略モノ!

 

これが、わくわくせずにいられるでしょうか。

 

 

彼の作風は、鶴田監督からの影響も受けているでしょうが、独特のものだと思います。

 

ホラーであろうが、サスペンスであろうが、さり気ないユーモアがあって、俺は好きです。

 

 

本作は、「CURE」や「ドッペルゲンガー」の延長にある、コメディ路線の薄気味悪さ。

 

得体の知れない“何か”が、日常を狂わせていくというシチュエーションが、何だか楽しい。

 

 

 

この映画は、好みが分かれるところでしょうね。

 

 

 

俺がまず感じたのは、「ボディ・スナッチャー 恐怖の町」かな。

 

で、いやいや、これは違う、「光る眼」だわ、と思い直して、

 

まてよ、「ウルトラセブン」のいくつかのエピソードも、次々と浮かびました。

 

 

でもこれは、黒沢映画だから、やっぱり、「回路」と「CURE」の流れでしょう、と。

 

 

 

俺がもし宇宙人で、地球を侵略しようと思ったら、

 

やっぱり、こんな感じのアプローチをするかもしれない。

 

まずは、スパイを送り込んで、情報収集をして、

 

どうやったら、効率的に、しかも確実に、この星を支配できるか。

 

 

アメリカだって、大戦後に戦勝国として日本を植民地化しようとして、

 

調べてみると、思ったより面倒くさい国民性であることを感じて、

 

あの手この手で、言う事を聞かせようと方向転換をしたんだし、

 

日本に来た外国人も、日本が大好きになって、日本に定住したりしたんだし。

 

 

 

未知の世界というのは、想像やイメージしていたよりも、案外、魅力的だったりするのだ。

 

それと同様、異質に見えた“よそ者”も、新鮮な刺激を与えてくれる存在だったりするのだ。

 

 

 

俺は、転職をたくさんしているし、その分、住所も何度も変わっているので、

 

そこらじゅうで、“よそ者”扱いを受けて来た男。

 

だから、宇宙人の戸惑いや、迷っている様子に、敏感に反応してしまうのです。

 

 

 

宇宙人代表は、松田龍平。

 

宇宙人っぽくて、いいですね~

 

人類代表Aは、長澤まさみ。

 

相変わらず、いかにも普通の女って感じで、個性を感じなくて、かえっていいのかも。

 

で、人類代表Bが、長谷川博己。

 

彼は、ヘタレ浮気男から、ゴジラ撃滅作戦司令官まで、幅広く手掛けているので、役柄ピッタリ!

 

 

たぶん、一般の観客は、長澤まさみ視点で見ると、楽しめるかも。

 

俺的には、彼女だけがダメで、他のキャストはみんなよかったので、

 

これは、「主役以外はみんなよかった映画」のランキングにインできるでしょう。(懐かしい記事☆)

 

(だって、最初にクレジットされているのが彼女だから、たぶん主役扱いなんでしょう)

 

 

 

で、笑えたのが、アンジャッシュの児島君。いいですねえ、コントみたいで。

 

「少女」の時もそうでしたが、イヤ~なオーラを放つおっさんを演じさせると、キラリと光ります。

 

そして、「寄生獣」に出てた東出昌大が、教会で聖書を朗読する姿は、爆笑でした。

 

しかも、俺の好きな「コリント人への第1の手紙13章」だったので、テンション上がっちゃいました☆

 

 

 

ジョージ・パルの「宇宙戦争」もそうでしたが、

 

人類の最大の武器って、何なんでしょうね。

 

そして、地球の最大の武器って、一体、何なんでしょうね。

 

 

 

「金星人地球を征服」では、たった一匹のカニが、海岸から上がって来て、ガストーチで焼かれて絶命。

 

ひとりで来るとは、いい度胸だ、と思いました。

 

「暗闇の悪魔」では、光に極端に弱い宇宙人だったので、車のヘッドランプでやられました。…弱っ。

 

バルタン星人は、何度も何度もやって来るのに、毎回、やられています。

 

よっぽど皆さん、地球が大好きなんですね。

 

 

 

でもまあ、地球を征服するのって、なかなか難しいと思います。

 

だって、そうでしょ。メトロン星人さん。

 

人類だって、地球を征服なんて、未だにできていないのですから。

 

 

 

行き詰まったら、歩きましょう。

 

歩くと、血行がよくなって、思考もまとまり、呼吸が落ち着いてきます。

 

そして、酒の抜けも、よくなるんです。

 

 

 

俺が長谷川博己の立場だったら、松田龍平を、行きつけの飲み屋に連れて行きます。

 

だって、変わった人と飲むのって、楽しいんだもん。

 

 

 

 

「地球に落ちて来た男」の、デヴィッド・ボウイ。

 

「クローンは故郷をめざす」の、及川光博。

 

松田龍平にもまた、普通の人間にはない魅力が、あると思うんですよね。

 

彼の、絶妙な演技に、ご注目下さい。

 

 

 

 

 

人はみんな、同じじゃない。

 

突出した個性を、誰もが、持っている。

 

 

もらう。

 

盗む。

 

奪う。

 

学習する。

 

ただ、真似をするんじゃなくて、鵜呑みにするんじゃなくて、

 

自分の感覚で捉え、自分で考えて、自分なりに、アレンジしていくのがよろしい。

 

 

 

…人類の最大の武器は、知恵と勇気と、面倒くさい心!

 

 

 

 

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2017-09-12

映画 「三度目の殺人」

テーマ:邦画

人の心なんて、誰にもわからない。 自分の心だって…

 

 

是枝監督の最新作。

 

家族ものはあんまり好きじゃないんですが、

 

こういう「歪んだテーマ」は好きなので、劇場に行きました。

 

 

三度目の殺人くらい、大目に見てよ~

 

なんて呑気な気分じゃ見られない、重厚な、男のドラマ。

 

 

俺的には、「ベイビー・ドライバー」と根本でつながっている題材です。

 

よかったなあ。あっち見てから、こっち見て。

 

 

本作の魅力として、まず注目していただきたいのは、オリジナル脚本であるところ。

 

いわゆる「原作もの」ではないから、ある意味、安心して見られるんですな。

 

 

 

今村監督の、「うなぎ」を思い出します。

 

役所広司が犯罪者役だと、やっぱりこれっしょ。

 

あのキャラの延長を見ているようで、二重に楽しい。

 

 

「そして父になる」の福山雅治と、本作の彼は、ほぼおんなじキャラ。

 

でも、こっちの方が、崩れ具合がワイルドで、二重に面白い。

 

 

広瀬すずの演技を、「怒り」でしか見ていない俺にとって、

 

本作は、なるほど、と感心した点で、二重に興味深い。

 

(お姉さんのアリスの方が、俺的には一歩リードしていますが)

 

 

 

物語の骨組みとしては、黒澤監督の「羅生門」(芥川の「藪の中」)なんでしょうが、

 

俺的には、奥行きという視点で、こっちの方が楽しめると思います。

 

 

「嘘」の対義語は、「真実」です。

 

(「反対語・対照語辞典」より)

 

 

誰かにとって「真実」でも、

 

他の誰かにとっては、それが「嘘」になることがある。

 

誰かにとって「正義」であることが、

 

他の誰かにとっては、それが「悪」になることがある。

 

誰かにとって「正しい」ことが、

 

他の誰かにとっては、それが「間違い」だったりすることが、たしかに、ある。

 

 

 

だから、人間って、面倒くさいんです。

 

 

 

法律はあるけれど、

 

それをどう解釈するか、

 

それをどう当てはめるか、

 

その匙加減が、難しいんですな。

 

 

 

法廷ものというジャンルは、

 

①スッキリ終わる

 

②モヤモヤして終わる

 

③怒りが込み上げて終わる

 

大体、以上の3つだと思うんですが、

 

 

本作は、この3つを全部満たしているから、面白いのです。

 

 

 

 

人は、人を、自分が抱いたイメージで、理解します。

 

その通りに相手が行動すれば、〇

 

望まない方向に行動すれば、×

 

 

まあ、そんなもんです。

 

 

 

もし、相手が、自分の思い通りに動いてくれると思っているなら、

 

それは、相手が合わせてくれているだけなのかも。

 

理由は、単純なことが多い。

 

権力を持っているから。

 

怒らせると面倒だから。

 

 

俺は、陰口を叩くのと、弱い者いじめが嫌いなので、

 

大抵、気になったことは、本人に直接言うことにしているんですが、

 

言うと厄介なことになって、誰かに迷惑がかかる時は、黙っています。

 

 

で、言うべき時に、短く簡潔に、さり気なく、ズバッと言っちゃう。

 

 

 

まあ、おっさん世代になると、なかなかそういう機会もありませんが…

 

そういう意味では、飲み屋のカウンターでの、フリーダムな会話は貴重です。

 

 

 

で、本作をどう楽しむか。

 

そんなことは、自分で考えればよろしい。

 

 

マニュアルに頼る人ほど、

 

人に説明してもらわないと映画を理解できない人ほど、

 

軽薄な人間関係しか味わってこなかった人ほど、

 

 

この映画は、ショックを受けると思います。

 

 

だから、お行儀のいい人は、見ない方がよろしい。

 

心にドロドロしたものを抱えている人ほど、映画は、生きるヒントを与えてくれます。

 

 

 

 

俺にとっては、

 

やっぱり、そうだよなあ、という「実感」がありました。

 

説明過多なのか、説明不足なのかは、人によって、まるで違う。

 

 

あえて、そこを狙っているのかもしれない、って思うと、それはそれで楽しい。

 

 

 

是枝監督作品の魅力は、

 

「得体のしれないもの」を表現することにあると思うのです。

 

 

「幻の光」では、自殺する男の内面と、残された女の内面を描きました。

 

「ワンダフルライフ」では、この世とあの世をつなぐ立場の男の苦悩を描きました。

 

「誰も知らない」では、歪んだ親子関係の、悪気の無い恐ろしさを描きました。

 

「空気人形」では、ダッチワイフから見た、男の空虚な性欲をストレートに描きました。

 

(う~む、やっぱり、井浦新君は、名優ですね)

 

 

 

本作では、かなりの領域に、踏み込んでいると思います。

 

その、薄気味悪さが、胡散臭さが、気持ち悪くて、気持ちいい。

 

 

人間って、不思議な生き物ですね。

 

でも、だからこそ、醜くて、美しい。

 

 

その、真の美しさは、きっと、誰も知らない。

 

世界中に、たったひとりだけ、理解してくれる人がいたなら、

 

それは、やっぱり、ワンダフルライフ。

 

空気人形のように、存在感がなくても、

 

幻の光のように、おぼろげで薄ぼんやりな生き様だとしても、

 

どこかで、ある角度からちゃんと見れば、その人は、美しく輝いているのだ。

 

 

そういう瞬間に立ち会えた人は、幸いである。

 

そういう瞬間を見届けてもらえた人もまた、幸いである。

 

 

この映画の中で、ギラっと光る瞬間が、いくつもありました。

 

それは、恐ろしいようで、不気味なようで、

 

しかしながら、潔い、心地よさがあったのです。

 

 

 

俺は、

 

この映画から、

 

何かを学ぶ、というよりも、

 

いくつかのことを、「確認」しました。

 

 

思っていても、口に出せないことって、誰にでもある。

 

そういう、繊細な部分を、ぬるっと表現してくれた。

 

 

是枝監督の才能は、素晴らしい。

 

役者の演技がどうの、

 

撮影テクニックがどうの、

 

音楽がどうの、

 

美術がどうの、

 

そんな枝葉のことは、どうでもいい。

 

 

総合的な、作品としての力が、すごいのです。

 

 

この映画、消化するのに、たぶん、一週間はかかるかと思います。

 

情報量が多くて、そして深くて、

 

俺ごときでは、まだまだ、咀嚼が足りません。

 

 

そういう映画は、結果的に、心の栄養になるのです。

 

 

 

 

人の心は、理解できるのか。

 

何度も書いていることですが、俺の考えは、同じです。

 

 

全部は、無理。

 

でも、一部なら、可能。

 

 

それはきっと、自分の心と向き合った分だけ、できることなのかもしれない。

 

そういう考え方を、教えてくれた1本でした。

 

 

自分と向き合うように、人と向き合うべし。

 

自分を愛するように、隣人を愛するべし。

 

自分を守るように、目の前の大切な人を守るべし。

 

 

 

…相手を通して、自分と向き合う力を養うのだ。

 

 

 

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2017-08-26

映画 「幼な子われらに生まれ」

テーマ:邦画

失敗をたくさんした人の方が、心の深い部分を理解することができるのだ。

 

 

夏休みの大作ラッシュが一段落して、ようやく、俺の見たい作品が出てきました。

 

三島有紀子監督作品を劇場で見たのは、「少女」に続いて、2本目。

 

 

なるほど、男として勉強になる、いい映画でした。

 

 

先日見た、「打ち上げ花火」でも、

 

男子ってバカだよなあ、と共感して楽しんでいましたが、

 

本作は、実に、身につまされる場面の連続でした。

 

 

宣伝でも、メディアでも、かなりネタバレされてしまっているので、

 

できれば、あまり情報を入れずに見に行った方がよろしいかと思います。

 

 

俺としては、簡単な骨組みだけ、教えましょう。

 

 

バツイチ同士の、再婚した家庭の物語です。

 

子供が数人出てきますが、全員女の子です。

 

以上。

 

 

だって、これ以上言いたくないんだもん。

 

 

 

 

さて、映画ですが、

 

いわゆる、ファミリー向けの、お行儀のいい映画ではありませんので、ご注意。

 

むしろ、破綻寸前の家族とか、カップルに、見て欲しいかな、なんて思います。

 

 

人は誰でも、少なからず、問題を抱えています。

 

そして、その本質に気づかないまま、毎日を過ごしているものです。

 

 

気づくのは、“何か”が起こった時…

 

 

失敗して、気づくことがある。

 

人を怒らせてしまって、気づくことがある。

 

人を泣かせてしまって、気づくことがある。

 

人を悲しませてしまって、気づくことがある。

 

人を傷つけてしまって、気づくことがある。

 

 

まず、気づくこと。

 

そこが大事。

 

それから、考えること。

 

言われたことの意味を、相手の行動を、顧みること。

 

 

 

今までと違う感触が、必ず湧き上がってくる。

 

そこから、今までとは違う、アプローチをしてみるのだ。

 

 

ここで使いたい、シンプルなキーワードがあるんですが、

 

これから映画を見る人のために、あえて封印しておきましょう。

 

言ってしまえば簡単なんですが、

 

俺としては、あくまでも、劇場で聞いて欲しい言葉だから。

 

 

やっぱり、男も女も、大人も子供も、それがコミュニケーションの基本ですよね。

 

 

 

単純なことほど、無意識のうちに、軽視していることって、案外多い。

 

 

俺も、50年生きて、いまだに、人として基本的なことができないままでいます。

 

わかっていても、どうすることもできないこともあるけど、

 

知恵と勇気と工夫次第で、どうにかなってしまうことも、たしかに、ある。

 

 

 

俺自身、7年前に人生を転落してから、

 

自分の命や、生き方や、家族というものの本質を、嫌というほど突き付けられました。

 

 

逃げて、どうにかなることもあるけど、

 

逃げても、解決しないことの方が、はるかに多い。

 

 

うまくやってきたつもりが、そうじゃなかった時のショックは、大きい。

 

心が折れ曲がり、滅茶苦茶に変形して歪んでしまうと、世界が恐ろしいものに見えてしまう。

 

 

 

イライラの根底にあるものは、何か。

 

モヤモヤの裏側に垣間見えるものは、何か。

 

 

 

何か問題が起きると、人は、原因を考える。

 

自分のせい、かも。

 

他の誰かのせい、かも。

 

責任を転嫁すると、自分は反省しない。

 

自分にとって都合のいいことだけを選択し、人のことは後回し。

 

今、忙しいから。手が離せないから。それどころじゃないから。

 

 

映画では、男はこう、女はこう、みたいな表現を使っているけど、

 

相手を理解しようとしていない状況は、男女共通の問題でありましょう。

 

 

男でも、やたら感情的な人はいるし、

 

女でも、理屈っぽい人は、たくさんいる。

 

 

自分は、自分の世界で生きていて、

 

相手は、相手の世界で生きている。

 

 

相手の心の中には、相手が思う自分がいて、

 

自分の心の中には、自分が思う相手がいる。

 

 

その両者は、決してイコールにはならないのだ。

 

 

ただし、ニアイコールに近づけていくことは、できる。

 

不等号がついたり、逆になったり、余りがでたりすることもあるけど、

 

理解しようという気持ちがある限り、数式は変形して釣り合わせることができるのだ。

 

 

 

俺にも、娘がひとりいます。

 

 

まさに、この映画のタイトル。

 

 

俺は、自分は絶対に結婚せず、自分の遺伝子を持った人間を残さないつもりでしたが、

 

生まれた娘を抱き上げて、“何か”を感じたんです。

 

初めてお風呂に入れた時の、あの感触。

 

寝顔を毎晩眺め、自分の邪悪な心を浄化してもらったこと。

 

 

娘は、3歳までに、一生分の親孝行をしてくれました。

 

 

 

だから俺は、映画に登場する、娘たちの言動に注目したのです。

 

 

親が、家族と向き合うことを放棄すると、

 

子供は、その影響を、増幅して受けます。

 

 

俺は、人とも、自分とも、向き合うことのないまま、

 

不安と恐怖と怒りから、逃げたまま、成人してしまいました。

 

親元を離れてから、魔の手が及ばない領域まで避難してから、

 

初めて、少しずつ、

 

自分と向き合い、人とも向き合うことを学んだのです。

 

 

 

少し前に見た「永い言い訳」でも、本作と同じことを考えました。

 

「淵に立つ」の時の浅野忠信を思い出して、後半は、少し怖かったです。

 

 

 

みんな、忙しい。

 

自分のことで、精一杯。

 

人のことなんか、構っている余裕はない。

 

自分が、最優先で、人は、後回し。

 

 

それでは、あまりにも、寂しい。

 

 

走り続けていると、くたびれてしまう。

 

疲れたら、休みたいと思う。

 

都合がいい時だけ、人のぬくもりを求めても、そんなにうまくいくもんじゃない。

 

 

 

寄り添う、ということは、

 

相手の重い荷物を、一部でも、一緒に背負ってあげることだと俺は思います。

 

 

軽くなったぶんだけ、心に余裕ができて、話せる状態になる…

 

そういう存在が、身近にいる人は、幸いである。

 

 

甘えられる時は、甘えましょう。

 

支えてもらえる時は、支えてもらいましょう。

 

 

そういう経験を積むと、今度は、自分が、人に優しくできるから。

 

 

教わること。

 

自分で気づいて、考えること。

 

 

時間は、どんどん過ぎて行く。

 

 

 

人は、生き物です。

 

だから、毎日、違う状態なのです。

 

 

心も、決して、昨日と同じじゃない。

 

パターン化された同じ言葉は、だんだん響かなくなっていく。

 

 

今日を生き抜いた自分が、

 

今日を生き抜いた相手に、

 

今日限定で、してあげられることが、あるんじゃないかな。

 

 

 

言いたいことを、自由に言える家族って、素晴らしいと思う。

 

失敗を、笑って話せるような、心の居場所があれば、人は必ず立ち直れる。

 

 

 

だから、がんばって、失敗しましょう。

 

 

 

…失敗こそは、人を強くする、心の糧だと思うから。

 

 

 

 

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2017-08-18

映画 「君の膵臓をたべたい」

テーマ:邦画

本当に伝えたいことは、いつだって、シンプルなもの。

 

 

7月15日に、最果タヒの映画を見てから、すでに1ヶ月以上が経過し、

 

このままでは、心に栄養が行かないと危機感を覚えて、

 

ようやく、重い腰を上げて、映画館へ。

 

 

正直、ここまできたら、何でもいいから見たかった。

 

で、一番インパクトのあるタイトルを選びました。

 

 

どうして、この映画を見ようと思ったのか、

 

それは、映画を見ているうちに、わかりました。

 

この変てこなタイトルの意味も、映画を見ればわかります。

 

 

 

「膵臓(すいぞう)」は、胃の後方、脊柱との間にある臓器で、

 

消化液と血糖値を調整するホルモンを分泌している。

 

(「美しい人体図鑑」より)

 

 

宣伝ですでにネタバレしているから、言いますが、

 

主人公の女の子は、膵臓の病気を患っています。

 

 

映画では、膵臓のことを“調整役”という表現でサラリと説明していて、

 

なるほど、主人公の生き方そのものであるような気がしました。

 

 

 

タイトルの言葉は、映画の中で出てくるんですが、

 

誰が、誰に言った言葉なのか、そこをよく見ておいて下さい。

 

 

 

 

 

個人的に、難病ものは好きじゃないのですが、

 

映画を見始めて、あ、これは毛色が違う、と感じました。

 

 

不思議と、画面が重くならないんですね。

 

普通に青春していて、純愛してるなあ、って。

 

 

恋愛に定義とか、パターンなんていうのは、基本、ないんだけど、

 

恋を経験してない人は、年齢に関係なく、参考にして欲しい。

 

そして、忘れられない恋をお持ちの方は、もう一度、向き合って欲しい。

 

 

そんな、恋愛の教科書にしたいような、良質の作品でした。

 

 

 

印象に残る言葉が、たくさんあります。

 

孤独の中で生きてきた人でなければ、わからない世界。

 

 

友達がいれば、それだけで幸福なのか。

 

友達がいないというだけで、不幸なのか。

 

家族に愛されていれば、それで幸福なのか。

 

恋人がいれば、何もかも満たされているのか。

 

 

人とかかわりを持つということは、リスクを背負うことである。

 

人とかかわりを持たないということは、孤独を背負って生きることである。

 

 

どちらがいいのか、俺には、わからない。

 

 

主人公は、強く、きっぱりした口調で、物事をビシッと言い切る。

 

それは、のほほんと生きている者の口からは、出てこない言葉…

 

 

孤独な男子と、活発な女子という組み合わせは、見ていて、面白い。

 

涙モノというよりも、明るい笑いに包まれた、優しい映画だと思う。

 

 

 

人は、いつ死ぬかわからない。

 

ここ数年の間に、俺も、2人の親しいネット友達を亡くしました。

 

昨年には、母親も他界しました。

 

 

いつでも言える、と思っているうちに、お別れは突然、やって来る。

 

今度会ったら言おう、と思っていても、その今度は、もう来ないかもしれない。

 

 

だから、一緒にいられる時に、後悔のないようにしておきたい。

 

明日も会えるなんていう保証は、どこにもないのだから。

 

 

 

映画そのものは、わかりやすくて、とてもシンプル。

 

それだけに、ストレートな言葉が、心に響くのである。

 

 

映画の中で、とてもいい表現がありました。

 

たしかに、その通りである。

 

この場面を見た瞬間、俺がなぜこの映画を選んだのか、答えが出ました。

 

 

1ヶ月も、映画を見ていなくて、

 

いい加減、何でもいいから見たくなって、

 

 

そういう状況だからこそ、この映画を選択できたんだと思う。

 

普段の俺だったら、絶対スルーするはずの映画だったと思う。

 

 

不思議な縁ですね。

 

 

何故、人は、食べたくなるのか。

 

それは、腹が減るから。

 

体が、栄養を欲しているから。

 

 

何故、人は、誰かを好きになるのか。

 

それは、心が乾くから。

 

人との交流によって、何かを得たくなるから。

 

 

何故、俺は、映画館に行きたくなるのか。

 

それは、俺の心が、細胞が、映画を欲しているから。

 

映画館に長らく行かないと、俺の心は、枯れてしまうから。

 

 

 

 

俺は以前、恋愛映画が苦手だった。

 

しかし、今は、楽しんで見られるようになってきた。

 

当時は、自分がしている恋愛が一番ドラマチックだと思っていたから。

 

今は、その当時の自分が、とても青くさく感じられるから。

 

 

恋は、いいものである。

 

片想いでも、両想いでも、よろしい。

 

 

誰かを好きになって、恋心を抱くことは、生きている証拠である。

 

周りから、どう思われようと、何と言われようと、

 

自分の人生の主人公は、自分である。

 

 

孤独な者は、思考が自由である。

 

時間が限られた者は、判断が最短であり、行動が早く、潔い。

 

 

もちろん、実際には、こんなにきれいにはいかない。

 

それだからこそ、画面に映っていない部分を、想像してしまう。

 

 

女の子は、見られたくないものは、見て欲しくないし、

 

知られたくないことは、絶対に知られたくない、と思う生き物だと俺は思っている。

 

 

(それでいて、相手のことに関しては、知りたがり屋さんだったりするんですけどね)

 

 

 

「食べる」という行為が、どんな意味を持つのか。

 

生き物と接する仕事をしている者にとっても、勉強になる映画です。

 

 

 

俺は、人に何かを伝えることが、とても下手な人間です。

 

誤解されないように、言葉を選んで言ったつもりが、さらなる誤解を生んだり。

 

好意で言ったつもりが、悪意だと解釈されたり。

 

 

言葉って、難しいですね。

 

ホントは、もっとシンプルに、伝えたいのに。

 

 

命は、誰でも、有限。

 

始まりがあれば、必ず、終わりがやって来る。

 

スタートも、ゴールも、誰にもわからない。

 

いつの間にか始まっていて、いつの間にか、終わるのだ。

 

 

終わりかけた時に、何を思うのか。

 

体の力が抜けて、ホッとする瞬間であるのか。

 

見苦しくジタバタして、最後まであがくのか。

 

 

誰にも、わからない。

 

だからこそ、思考も行動も、生き方も、その人の自由でいい。

 

 

 

時間が解決することも、確かにあるのかもしれないけど、

 

自分が率先して向き合わなければ、心は、鞘に収まらない。

 

 

 

現役で恋をしている人は、美しい。

 

いい恋を経験した人もまた、生き方が美しい。

 

 

本気で人を愛したことがあるのなら、

 

いつか、自分の人生をも、愛せるのかもしれない。

 

 

 

…今の気持ちを、決して忘れることのないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2017-07-15

映画 「夜空はいつでも最高密度の青色だ」

テーマ:邦画

言葉にできない気持ちを、言葉を使って表現しながら、心を探していく。

 

 

詩人、最果タヒの詩集を原作とした、石井裕也監督の最新作。

 

彼女の本は1冊持っているんですが、まだ全部読み終わってないので、記事にしていません。

 

(詩集って、一気読みするようなジャンルじゃないと思っていますので)

 

 

これは、心が痛みます。

 

池松君は、はみ出しブルー青年が、よく似合う。

 

彼の話し方が、とても、痛々しいのです。

 

 

主人公の女の子は、バシッと言ってくれますが、

 

それ、俺自身にもあるところなんですよね。

 

 

だから、ダイレクトに指摘されると、突き刺さっちゃう。

 

あ~ 俺って、ずっとこんな感じで見られてきたんだろうな、って。

 

 

 

 

登場人物がみんな、何だかイライラしている。

 

何かに対して怒りを感じ、何かに怯えて生きている。

 

「オーバーフェンス」を見た時の感触に似ている。

 

(残念ながら映画館で見られなかったので、ブログ記事にはありません)

 

 

何と言うか、取り残された感というか、置き去り感のようなもの。

 

こういう要素があると、とてもリアルに感じるんですね。

 

 

現実世界では、うまく立ち回ることが難しい。

 

むしろ、失敗とか、スベったりすることの方が多い。

 

だから、人と簡単に意気投合する機会は、少ない。

 

 

 

人と出会い、相手と親しくなろうとすれば、まず、共通点を探す。

 

考え方とか、食べ物の好みとか、笑いのツボとか。

 

 

全く同じ人はいないけど、似通った人は、結構いたりするもの。

 

あんまり似過ぎていると、自分を見ているようでイライラしたりするから、ほどほどがいい。

 

 

 

誰しも、生まれながらに持った資質がある。

 

育った環境とか、出会った人の影響も受けて、性格というものが形成されていく。

 

 

思考パターンとか、悪い癖とか、社交的かとか、明るいとか、暗いとか…

 

 

全員、違う個性を持っていて、違う環境で生きてきたんだから、

 

そう簡単に「一括り」にはできない。

 

 

似た者同士。

 

同じ境遇の仲間。

 

何でも話せる、気の合う相手。

 

 

 

人は、基本、孤独と向き合う生き物だと思う。

 

世間や会社や学校、コミュニティに属していると、やることが多いし、

 

ルールも守らないといけないから、考えているヒマなんかないのかもしれない。

 

 

だけど、俺の場合、しょっちゅうはみ出してばっかりだし、

 

「みんな」にうまく溶け込めない場合も多いから、

 

ひとりで考え込んでしまう機会が多いだけなんだろう、と。

 

 

身近な誰かに相談して、あっさり解決するようなことなら、苦悩したりしない。

 

誰に話しても解決しないってわかっているからこそ、口が重くなる。

 

自分のことをうまく話せないから、どうせ理解してもらえないから、

 

ますます、自分のことを、言わなくなっていく。

 

 

 

しかしながら、

 

ドロドロした膿のような沈殿物は、心の奥底に、何層にも重なっていく。

 

 

毒が回る前に、吐き出さないとマズい。

 

 

だから、話し出すと、止まらなくなってしまう。

 

 

 

笑いが、止まらない。

 

涙か、止まらない。

 

怒りが、おさまらない。

 

寂しさが、埋まらない。

 

 

そこまで心を追い込んでしまった自分自身に復讐するかのように、

 

灼熱の魂が、暴走する。

 

 

 

生きることは、苦しい。

 

痛みに耐えることは、永遠の孤独。

 

 

それを、一瞬でもいいから、忘れたい。

 

 

誰かと理解し合うことで、苦痛がなくなるわけじゃない。

 

誰かと愛し合うことで、孤独から解放されるわけじゃない。

 

 

 

だけど、誰かとつながっていないければ、

 

命は、すぐに消えてしまう。

 

 

 

死を身近に意識すればするほど、

 

自分が生きていることが、とても不思議に感じられる。

 

 

 

言葉が、きちんと伝わった時。

 

自分の気持ちが、うまく言えた時。

 

相手の気持ちが、何となくわかった時。

 

 

心が、ほんの少しだけ、楽になる。

 

 

 

言葉って、難しい。

 

記号や信号ではなく、意思を伝える手段として、無限の組み合わせがある。

 

 

俺のブログのように、ダラダラ書くんじゃなく、

 

短く、シンプルに、綺麗に言い切ってみたい。

 

 

たとえうまく言えなかったとしても、

 

相手が理解してくれたら、それでいいのである。

 

 

 

本作は、一応、恋愛映画ということになっていますが、

 

表現方法やアプローチが、一般的な作品とまるで違います。

 

 

もしカップルで見たのなら、たくさん、お話をしていただきたい。

 

オシャレに話せなくてもいいから、本当に言いたいことを、ストレートに。

 

 

池松君の、絶妙な 『…えっ?』 をうまく使いこなしましょう。

 

 

 

言葉は、気持ちを伝えるためにこそ、ある。

 

発した途端に、色あせてくるから、

 

今、感じたことを、今、言える言葉で伝えるべし。

 

 

 

時間が経つと、鮮度が落ちて、美化されたり風化したりして、歪んでしまうから。

 

 

 

 

 

…感情がほとばしる言葉を、現在進行形で。

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2017-06-26

映画 「22年目の告白 私が殺人犯です」

テーマ:邦画

告白、告発、宣戦布告。 …さあ、犯人の目的は何でしょう?

 

 

これは、笑えます。

 

怪しいキャストがいっぱいで、全員イカレている感じがよろしい。

 

 

昨日見た映画と対照的で、こちらはかなりアクティブ。

 

よかったなあ、この順番で見て正解だったわ。

 

 

さて、冒頭いきなり、犯人が告白します。

 

これは、真面目な映画ではないので、笑い飛ばすのが正しい。

 

「渇き。」なんかとおんなじジャンルに入れてもいいかと。

 

 

いきなり犯人が登場、というと、

 

「刑事コロンボ」とか、「古畑任三郎」とか。

 

途中で犯人が登場、というと、

 

「セブン」とか。

 

いきなり系としては、アメリカのドラマ「ブラックリスト」の、ジェームス・スペイだーとか。

 

 

まあ、物語としては、使い古されたネタかもしれませんが、

 

こんなに豪華キャストで始まると、何だかワクワクして楽しいですね。

 

 

 

内容は、時効を過ぎた連続殺人犯がどうのこうの、というお話。以上。

 

あまり書くとネタバレになっちゃうから、俺はここまでしか言いませんよ~

 

詳しく知りたい人は、他の人の記事を読んで下さい。

 

 

 

22年目の告白くらい、大目に見てよ~

 

開き直るその態度が、余計に怪しいよ~

 

(ヒットソング「三年目の浮気」のメロディで)

 

 

元ネタは、韓国映画だそうな。

 

なるほど、これ、復讐劇なら、すごいものができるわな。

 

日本版はリメイクだから、こんなにソフトなんですね。

 

 

そこは、藤原竜也の、浮世離れした独特の雰囲気。

 

追いかける刑事は、伊藤英明。(陰陽師の側近海猿悪の教典!)

 

医者役は、岩松了。(時効警察川の底からこんにちは下ネタオヤジ!)

 

ニュースキャスターには、仲村トオル。(ビーバップあぶない刑事海猫間男!)

 

そして、ヤクザが岩城滉一。「新幹線大爆破を筆頭に爆発暴走系映画の常連!」

 

 

全員、ワルの匂いがプンプンですが、

 

そこを、藤原君の、「アイムフラッシュ」のような、カリスマ性が漂う。

 

 

ここはぜひ、観客は、考えるのをやめたくなってしまいますね。

 

 

 

魅力的な男がたくさん登場するので、その掛け合いを、ひたすら楽しみましょう。

 

 

 

真実、事実、真犯人。

 

本物、偽物、まがい物。

 

嘘つき、正直、新事実。

 

イケメン、イクメン、大画面。

 

伏線、いい線、やってません。

 

どんでん返し、ミスリード。

 

 

そうです、私が、変な犯人です。

 

変な犯人だから、変な犯人。

 

 

 

 

…さあ、犯人は何を考えているんでしょう?

 

 

騙されるな。

 

自分の中に、答えを見つけ出せ。

 

 

 

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2016-12-18

映画「火 Hee」

テーマ:邦画

嘘の中にこそ、際立つ真実がある。

 

 

桃井かおり監督・脚本・主演という、やりたい放題感に興味を持っていて、

 

ようやく新潟でも一週間限定で公開されたので、劇場に行きました。

 

かおり姐さんは、もうすでに60を超えているはずですが、

 

いまだに妖艶な魅力がムンムンして、圧倒されっぱなしでした。

 

 

原作は、中村文則の短編小説「火」。

 

「Hee」って何だろうと、辞書をひいてみても、載ってない。

 

ははあ、これは、日本語の「ひ」を、アルファベットで表記するためなのかな。

 

 

最近また逮捕された「ASKA」が、「チャゲ&飛鳥」で活動している時の表記は

 

「ASUKA」でしたが、これだと欧米では「アス―カ」という間の抜けた読み方に

 

なってしまうので、「ASKA」という表記に変えたという話を聞いたことがあります。

 

これなら、「ASK」という単語があるから、読みやすいんでしょうね。

 

 

で、俺、勝手に想像したんですが、

 

「heel」という単語がありますよね。そうそう、ハイヒールのヒール。

 

冒頭の場面で、彼女が洗面台に脚をかけて洗っている時に、

 

男がぶつかってきて、靴が壊れてしまいます。

 

かかとがポキッと折れて、「Hee」。

 

ヒールには「悪役」という意味もあるので、何だか面白い。

 

 

 

かおり姐さんの役どころは、「容疑者」。

 

親切な説明などほとんど一切ない、俺好みのスタイルです。

 

彼女が、精神科医に独白していく様子が、画面の9割を占めます。

 

 

こいつ、デタラメばかり言ってんじゃないの、と思いたくなりますが、

 

そこは、彼女の真骨頂。

 

言ったことを忘れたり、あからさまな嘘をついたりする言葉のシャワーに、

 

時たま垣間見える、「彼女にしか感じ取るのできない真実」がギラリ、と。

 

 

5分に1回くらいの割合で、ゾクッときちゃいました。

 

 

力が抜けているようで、腰の据わった話し方。

 

身近にいるようで、雲の上にいるような、不思議な存在感。

 

人を見ていないようで、しっかり見ているような、するどい眼光。

 

包み込むように拒絶する、クールな肩透かし感。

 

 

これは、ヤラレました。

 

 

 

初めて彼女の演技をちゃんと覚えたのは、映画「噛む女」だったと記憶しています。

 

泉谷しげるの名曲とともに、彼女の気だるい横顔を覚えたんだっけなあ。

 

それから、「女がいちばん似合う職業」の、女刑事。

 

冒頭で、トイレに拳銃忘れる場面が、忘れられません。

 

 

「スワロウテイル」「大怪獣東京に現る」「スキヤキウエスタン・ジャンゴ」など、

 

この世を逸脱した世界でも、すうっと溶け込めるような柔軟さがあり、

 

イッセー尾形との2人芝居でも、本領を発揮しました。

 

(イッセーが昭和天皇を演じた「太陽」では、皇后様の役を演じてたっけ)

 

 

彼女は、3歳からバレエをやっていたこともあって、体が柔らかい。

 

CMでも、ひょいっと脚を上げる場面があったりすると、ゾクゾクしたものです。

 

タバコをガンガン吸っていて、お肌がきれいな女って、カッコいい。

 

いくつになっても、資生堂やエーザイのCMに出る女って、スゴい。

 

 

黒木メイサ主演のバレエ映画「昴」では、いい役を演じてましたね~

 

 

 

本作は、72分しかないので、あっという間に終わります。

 

撮影は、10日間しかかけていないらしい。

 

コンパクトですが、比重はなかなかのものがあります。

 

 

スタイル的には、ソダーバーグ監督の「セックスと嘘とビデオテープ」や、

 

東宝の特撮ホラー「マタンゴ」のような、静かな不気味さがあって、

 

画面から伝わってくる温度が、次第に上がっていくのを感じます。

 

 

 

「火」に取り憑かれた女、といえば、田中裕子の「火火」を思い出しますが、

 

あっちは結果的にいい話になっちゃっているので、こっちの方が狂気満載。

 

 

「火」を表現する言葉は、無数にあります。

 

「灯」は、ほんのりしたぬくもりがあるし、

 

「炎」は、燃え上がる恐ろしさを秘めている。

 

英語では、「fire」が一番ポピュラーですが、

 

「flame」だと、情熱的な意味が加わります。

 

(フラメンコの語源であり、ネットの炎上などもこれに当たるそうです)

 

 

 

 

人には、オーラというものが、たしかに、ある。

 

それは、光なのかもしれないし、

 

火のようなものなのかもしれない。

 

生命力が放つ輝きであるから、それははっきりとした「熱源」。

 

火のないところに煙は立たぬ。

 

燃える要素がなにもないところには、火は怒らない。

 

水素は、自らが燃える性質を持っているし、

 

酸素は、他者が燃えるのを手伝う「助燃性」という性質を持っている。

 

 

 

近づくと、火傷する女。

 

いつも、不完全燃焼の男。

 

饒舌だけど、わかりやすく表現するのが下手な女。

 

冷静だけど、何か燃えるきっかけを探している男。

 

 

いったん燃え上がると、何もかも焼き尽くしてしまう。

 

燃えるものがなくなるまで、ひたすら、燃え続ける、地獄の業火。

 

 

「風の谷のナウシカ」の老人たちは、言う。

 

火は、1日で森を焼き尽くしてしまう。

 

水と風は、百年かかって、森をきれいにする。

 

わしらもちょびっとは、火を使うがの。

 

でもわしらは、水と風の方が好きじゃ。

 

 

 

火を消すのは、水の役割。

 

しかし、冷たい水を温めるのは、火の役割。

 

多過ぎる火が、火災を生むように、

 

多すぎる水は、水害を生む。

 

 

一日に、水を2リットル飲みなさい、なんて、誰が決めたんだろう。

 

赤ん坊もじいさんも、2リットルなんですか?

 

デスクワークのイケメンと、ブルーカラーの肉体労働者でもおんなじ?

 

 

何でも、「適量」というものがあり、

 

その時、その場所によって、試行錯誤しなければならないのだ。

 

 

 

映画のかおり姐さんは、

 

常に、自分の心で感じ、自分の脳で考え、自分の言葉で話している。

 

それは、さっき言ったことと、矛盾しているかもしれない。

 

それは、昨日言ったことと、正反対かもしれない。

 

それは、一年前に言い切ったことと、まるで違うことなのかもしれない。

 

 

それは、しょうがない。

 

それが、人間という生き物だから。

 

 

常に、新しい細胞に生まれ変わっていくように、

 

思考や感覚も、新しい考え方や感じ方に、柔軟であるべきなのだ。

 

 

だから、あの頃はよかった、なんていう発想をしているヒマがない。

 

そんなものは、死に際にゆっくり思い出せばよろしい。

 

 

今年は、手強い映画にたくさん出会えて、刺激的だ。

 

 

 

いつも、何かを燃やしている。

 

熱くなれるものを、探している。

 

乾くからこそ、潤いが欲しくなる。

 

寒いからこそ、あたたかさが身にしみる。

 

 

 

今の自分は、どういう状態なんだろう。

 

感覚と思考は、モニタリングの最先端である。

 

そこから「意志」が生まれ、「行動」に発展していくのだ。

 

 

 

かおり姐さんの思考に、どこまでついていけるか。

 

精神科医の方が普通に見えるが、途中から、わからなくなっていく。

 

初老の娼婦から漂ってくる、妖艶なお色気。

 

加齢臭は、「華麗な香り」なのだ。

 

そして、タバコの煙が、誰よりも似合う女。

 

ニコチン、カフェイン、アルコール。

 

毒気を纏った、妖艶な猛毒に、心も体も痺れてしまうがよろしい。

 

 

 

かおりマシンガンの、乱れ撃ち。

 

銃口は、熱くなりっぱなし。

 

止まらない銃弾を、観客は、全身で浴びるのだ。

 

 

…どの一発が急所にヒットするか、覚悟して、いざ劇場へ!

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2016-12-09

映画 「聖の青春」

テーマ:邦画

選択して、実行に移すのは、あくまでも、自分自身である。

 

 

伝説の棋士、村山聖(さとし)の物語。

 

当初、松山ケンイチが演じると聞いて、ええ~っとなったんですが、

 

彼は、この役のために20キロ増量して、気迫の演技を披露しました。

 

 

俺は個人的に、“難病もの”というのは好きじゃないんですが、

 

将棋に挑むストイックな男の生き様を、この目で見たくなりました。

 

 

新潟ではすでにレイトショーがなく、家から車で1時間以上かかるところでしか

 

上映していないということもあって、一時は断念しかけたのですが、

 

奇跡的に仕事が早く終わって、夜7時の回、何とか間に合いました。

 

 

 

本作は、将棋がわからない人でも楽しめるようになっています。

 

その辺は、NHKで放映中のアニメ「三月のライオン」とおんなじですね。

 

(ちなみに、このアニメに登場する二階堂くんのモデルは、村山だそうな)

 

 

子供の頃から難病を抱えて生きて来た男にとって、

 

人生の“持ち時間”は、極めて少ない。

 

 

彼の、将棋にかける情熱と、命をかけて、体を張って指す姿を、よく見ておいて下さい。

 

 

 

以前にもお話ししたかもしれませんが、俺は、高校の時、将棋部の部長でした。

 

(まあ、だまされて部長にされてしまったので、棋力は中の下ですが)

 

俺にとって、将棋のイメージは、「真剣勝負」です。

 

単なるゲームではなく、一対一の、精神の格闘技。

 

 

かわりばんこに一手ずつ指していくのですが、

 

相手がどう指すのかを予測して、戦法を立てないといけないので、

 

無数の指し手から、たった一つを選び出すのが、非常に難しい。

 

俺みたいに、心がふらふらしている不安定な男には、

 

ものすごいプレッシャーになるんですね。

 

 

「自分の中で、迷子になってしまう」

 

これは、「B型自分の説明書」の名文ですが、まさにその通り。

 

俺はいつの間にか、将棋を指すのが怖くなってしまいました。

 

ずっと続けていれば、それなりの棋力がついたのかもしれませんが、

 

俺には、ハードルが高い領域だと思いました。

 

 

映画の村山は、「生きるか死ぬか」という領域で、戦っています。

 

もちろん、プロ棋士や、奨励会の会員は、そういう世界で生きています。

 

日々、指し手を研究し、強くなるための努力を惜しみません。

 

 

でも、根底にあるのは、面白いから、好きだから、というのが必ずあると思うんです。

 

好きな世界で、好きなことをやって、生きて行く。

 

これほど、素晴らしく、やりがいのあることはないでしょう。

 

だからこそ、つらいことがあっても、乗り越えていけるのではないかと。

 

 

俺がまず、注目したのは、駒さばきと、駒音。

 

これは、静かな劇場で見た方が、絶対にいいはずだ、と。

 

チェスクロックの音が、かなりうるさくて、おいおい、と思いましたが、

 

DVDで見たらきっと、ちょうどいいのかも。

 

(映画館で聴くと、そろばん学校みたいで笑えました)

 

 

 

最近は、機械が人間に勝ったとか、どうでもいいことが報じられていますが、

 

俺は、人同士の、ぬくもりが感じられる勝負の方が好きです。

 

棋譜(指し手の記録)をデータ化して、効率よく研究するのもいいですが、

 

相手がどんな心理状態で、どういう気持ちで指したのが、

 

そっちの方が、俺は興味深いと思うんですね。

 

 

指し方の微妙な変化、駒の持ち方、打ち方、打つ時の力、手の離し方など、

 

あらゆる要素が総合されてこその、一手であるからこそ、深いのです。

 

 

勝負手をビシッと指し、ジロリと相手を睨む時の、ゾクゾク感。

 

秒読みに追われて、慌てて指した時の、ドキドキ感。

 

何気なく指した、絶妙な一手を指した時、あるいは指された時の、ニヤリ感。

 

 

特に、中盤の、「7五飛」の場面での絶妙な指し方、いいですね~

 

将棋の醍醐味は、人同士の精神のぶつかり合いである、とつくづく思います。

 

 

「三手一組」は、将棋の考え方の基本。

 

①こう行く。 ②こう来る。 ③そこで、こう指す。

 

それって、普段の人とのやり取りで、自然にやっていることですよね。

 

今日は、彼とこういう話をしよう、なんて色々準備して臨んでも、

 

その時の相手の反応次第で、話す内容なんて、どんどん変わっちゃう。

 

人と話すことがストレスになるのには、実に深い理由があるものなんですよね。

 

 

 

映画の村山は、人とコミュニケーションを取るのが、どうも苦手のように見えます。

 

だからこそ、周りの人たちの個性が、際立ってくるんですね。

 

彼の師匠を演じるのは、リリー・フランキー。

 

いい師匠だなあ、と個人的に思いました。

 

将棋会館で出会う、脇役たちも、味があっていい。

 

“ニセ変態仮面”安田顕と、柄本時生の2人は、特によかったですね。

 

個人的には、古本屋の女の子とのやり取りが、とても微笑ましい。

 

(「変身」の、玉木宏と、文房具屋の蒼井優よりもぎこちなくて)

 

 

 

そして、羽生善治を演じるのは、東出昌大。

 

髪にほんのり寝ぐせがあったり、飄々と話すところが、実に面白い。

 

クールな羽生と、熱い村山との組み合わせは、人間的にも絶対面白い。

 

 

村山は、気難しい表情を見せることが多いですが、

 

基本、自分の気持ちに素直なんだと思います。

 

誰もが言えないことをズバッと言ったり、

 

相手を怒らせたとしても、自分が感じたことを、グサリと心に突き刺します。

 

 

彼には、時間がないから。

 

そのうちにあとで、なんていう余裕がないから。

 

自分の貴重な時間を割いても、誰かに本音をぶつけずにはいられないのは、

 

彼もまた、人恋しい、ひとりの人間であるから。

 

 

そんな村山も、敬愛する羽生に対してだけは、言葉遣いが違う。

 

勝負を離れた時の二人は、オンオフがきちんと切り替えられていて、

 

さすがは、プロ棋士だなあと思いました。

 

彼らのやり取りは、名場面がいっぱいです。

 

 

思い出すのは、映画「ピンポン」での、窪塚洋介と中村獅童。

 

天才同士でなければ、到達できない、神の領域。

 

ああ、きっと、この瞬間のために、今までの人生があったのかもしれない。

 

村山と羽生の熱戦も、きっと、二人にしかわからない、何かがあったのでしょう。

 

 

松山ケンイチという名前を覚えたのは、「デスノート」からでした。

 

その後、「神童」「人のセックスを笑うな」「デトロイト・メタルシティ」

 

「ノルウェイの森」など、人から振り回される方も、振り回す方も、

 

両方演じられる、面白い役者だなあと思うようになりました。

 

彼は、将棋が趣味だそうで、なるほど、村山とLは、共通点がありそう。

 

物事を深読みする眼光の鋭さは、彼の持ち味ですね。

 

 

そして、主題歌は、秦基博。

 

「アポロンの坂道」「言ノ葉の庭」に加えて、切ない青春映画にはピッタリですね。

 

本作は、やっぱり、青春映画だと俺は思うから。

 

持ち時間がもっとあれば、彼はきっと、素敵な恋ができたでしょう。

 

だって、“アレ”を読むのが好きだったんだから(笑)

 

 

 

 

 

生きることは、選択の連続である。

 

色んな手が浮かぶから、迷いが生じる。

 

時間内に、選んで決めていく。

 

常識だから、そうすることもあるし、直観で、決めることもある。

 

不幸な出来事をたくさん経験すればするほど、

 

物事を、より深く考えるようになるのだろうか。

 

 

あまり、考えない人。

 

できれば、考えたくない人。

 

考えるのが、好きな人。

 

考えずには、いられない人。

 

 

予想外の状況に出くわすと、心が混乱する。

 

頭の中で、心の奥で、過去の記憶と照合し、行動するための候補を探す。

 

三手一組で、綿密にシミュレートしていく。

 

成功しても、失敗しても、その「経験」を積んだことで、「人間力」はアップするのだ。

 

 

 

朝目が覚めて、起き上がる。 着替える。 ごはんを食べる。

 

どちらの足から動き出すか。 どちらの腕を先に、シャツに通すか。

 

味噌汁が先か。ごはんが先か。まず、梅干しを頬張るか。

 

車の運転。道順。買い物の内容。人との会話。休憩時間に何をするか。

 

 

毎日、誰もが、無意識のうちに、全部自分で選んで決めて、行動している。

 

誰かに言われてやったことでも、それを選択したのは、あくまでも自分なのである。

 

 

将棋は、待ったなし。

 

一度指してしまった手は、なかったことにはできない。

 

だからこそ、真剣に悩み、命をかけて勝負するのだ。

 

指した後は、すぐに次の手を考える。

 

いちいち、振り返って、後悔ばかりしていては、何も始まらない。

 

 

村山聖は、「寿命」という、「見えない制限時間」の中で、

 

常に、「秒読みの戦い」を強いられてきた。

 

そこに、彼の「強さ」の根源がある。

 

 

本気で戦うからこそ、

 

本気で悔しがるからこそ、

 

本気で人とぶつかるからこそ、

 

見えてくるものが、きっとある。

 

 

…自分にしかできない、オリジナルの生き方で、勝負せよ!

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2016-12-06

映画 「永い言い訳」

テーマ:邦画

心の中を吐き出せる相手がいる人は、幸いである。

 

 

退院しても、一週間は禁酒禁煙なので、飲み屋もカフェもしばらくお預け。

 

休みの前の夜に、飲みに行けないのは、ストレスになっちゃうので、

 

こういう時は、やっぱりレイトショーに行くのが一番ですな。

 

 

入院前に見たかったもう1つの映画が、どうやら人気がないらしく、

 

すでにレイトショーがなくなっていたので、この映画を選びました。

 

 

西川美和監督の映画を初めて見たのは、「ゆれる」でした。

 

その後、「夢売るふたり」を見たので、本作で俺は3本目になります。

 

 

 

仲良しの女性2人が、バス事故で急死してしまう。

 

遺族となった2つの家庭の、2人の男を中心とする物語です。

 

 

主人公は、作家でタレントの男。演じるのは、本木雅弘。

 

何ともいえない、くたびれ感がいいですなあ。

 

「226」の、苦悩する演技と、「GONIN」のナイーブな演技、

 

「べっぴんの町」の、中途半端なヤクザ役も、青くさくてよかった。

 

「おくりびと」はもちろん、最近演じた昭和天皇も、素晴らしかった。

 

 

でも、本作の彼は、一番、「彼らしさ」が出ているかもしれません。

 

 

以前に、インタビューで、確か、こう言っていたと記憶しています。

 

『…自分は、コンプレックスのかたまりなんです。』

 

それは、彼の演技の、繊細な部分に、しっかりと際立っていると思う。

 

 

苦悩する役柄が、とても板についている。

 

頭の中は、あらゆる思考で、常にグルグル回っており、

 

心の中は、あらゆる感情が、常に渦巻いている状態。

 

冒頭の、髪を切る場面から、それはすでに始まっている。

 

 

言葉を慎重に選んで、静かに、たんたんと、少しずつ、相手にぶつけていく。

 

イライラは伝染するので、相手に増幅して伝わり、うんざりさせてしまう。

 

それがわかっているのに、言ったところで、どうにもならないのに、

 

言わずにはいられないし、怒りを止められない。

 

小さな小競り合いは、一見、静かなようであるが、

 

スタンガンを突き付けられたように、鋭く熱い痛みが、瞬間的に襲う。

 

 

この夫婦は、ギリギリのところにいる。

 

 

そして、事故が起きた時、彼が何をしていたか。

 

まるで、三浦綾子の「氷点」である。

 

狙ったのかもしれないが、罪の意識というのは、根が深い性質のものであるから、

 

自分のせいじゃないのに、自分のせいに感じてしまう心理が、どうしても働く。

 

 

自殺ではない。

 

事故死である。

 

しかも、それらは、予期せぬ時に、ふいに起きてしまうのである。

 

 

主人公夫婦には、子供がいなかった。

 

何故いないのかは、映画を見ればわかるので、ここでは省略。

 

 

 

もう一方の家族は、両親と、2人の子供がいた。

 

トラック運転手の父親と、子育てに忙しい母親。

 

父親は、子供たちと、今までまともに向き合ってこなかった。

 

みかけは不愛想な感じがするけど、話し方は、実にやわらかい。

 

そのギャップに、話しやすさと話しにくさが同居している感じがする。

 

演じるのは、竹原ピストル。

 

この兄ちゃん、面白いですね。

 

 

彼もまた、ギリギリのところで、踏ん張っている男。

 

 

遺族の集まりで、もともと同級生だった2人は、急速に親しくなる。

 

主人公は、子供がいる生活に新鮮味を感じ、

 

トラック業務で家を留守にする父親のために、週2で、彼の家へ行く。

 

家事なんてまともにやったことがないような男が、

 

とまどいながらも、2人の子供たちと行動を共にする。

 

 

こう言うと、TVドラマでよくあるネタのように思えますが、

 

実は、ここからが、西川監督の真骨頂。

 

うまくおさまるようで、きれいにはいきません。

 

 

彼女の感性の深さは、素晴らしいと思う。

 

 

人同士というのは、親密になればなるほど、ぶつかりやすくなる。

 

お互いの気持ちいい距離感が、わからなくなるのである。

 

 

それは、大人でも、子供でも、男でも、女でも、同じこと。

 

理解してもらうと、もっと理解してもらいたくなる。

 

うまくいくと、もっとうまくいかないと気が済まなくなる。

 

 

人の心は、いつも同じじゃない。

 

昨日言ったことが、今日は180度変わることだってある。

 

 

それは、生きているという証拠。

 

 

いつも同じで、同じ環境で、同じことを繰り返していると、

 

自分の立ち位置が、ぼんやりとしていく。

 

 

不安な人ほど、安心を求めるが、それは、はっきり言って、不可能。

 

 

普段、我慢や辛抱をしているから、大事な席で、失態をしてしまう。

 

 

しかし、そうせずにはいられない「何か」があるのだ。

 

 

 

作家という仕事は、表現せずにはいられない人に向いていると思う。

 

才能というのは、心に湧き上がってくるイメージが常にあって、

 

それを、人に伝える形で出力していく技術を伴った能力。

 

 

だから、押し黙っているよりは、どんどん出力した方が、

 

新鮮な発想が、次々と浮かんでいくんだと思う。

 

 

トラック運転手の父親も、子供たちも、静かに、我慢をしている。

 

彼らなりの、ギリギリのところで、踏ん張っている。

 

 

それが、些細なきっかけで、ポロポロと出てくるのだ。

 

そこが、痛々しくもあり、親しみを感じるポイントでもある。

 

 

登場人物のひとりひとりが、いっぱいいっぱいのところで生きている。

 

 

まるで、自分を見ているようだった。

 

 

それは、「感情移入」と言ったチャラチャラした性質のものではなく、

 

あまりにも生々しくて、自分の弱さや怖さや醜さを、突き付けられた気分になる。

 

彼らが言い放った言葉に賛同する自分と、

 

それを言われてしまった方は、つらいだろうな、と思う自分。

 

 

傷つけたくないし、自分も傷つきたくないから、

 

人との距離は、どんどん遠くなっていく。

 

傷つかない代償として、ぬくもりも遠ざかっていく。

 

 

それで、よければ、それもよし。

 

でも、それでは、ダメな人もいるのだ。

 

 

甘え、だろうか。

 

思いやり、だろうか。

 

気遣い、だろうか。

 

 

図々しい、だろうか。

 

言い過ぎ、だろうか。

 

言わなくてもいいこと、だろうか。

 

 

 

父親たち2人のバランスが、とてもいい。

 

そして、子役たちの演技が、素晴らしい。

 

 

心を病んだ人たちは、

 

追い詰められた人たちは、

 

ギリギリで生きている人たちは、

 

危うい状態で、かろうじて正気を保っているだけなのである。

 

 

手嶌葵の歌が、絶妙なタイミングで流れます。

 

彼女の清楚な歌声は、聴く者の心を、素直にしていく力があると思う。

 

 

マシンガンのようにしゃべる人ほど、

 

自分が本当に言いたい言葉を、伝えていないのかもしれない。

 

黙ってニコニコして、親身に聞いてくれていると思った人ほど、

 

こちらの話を、ちゃんと聞いていないかもしれない。

 

 

一見、成立しているようで、すでに崩壊している関係。

 

一見、理解し合っているようで、何も通じ合っていない関係。

 

一見、伝わっているようで、全然かみ合っていない関係。

 

 

誤解と、偏見。

 

いたずらと、意地悪。

 

冗談と、憎悪。

 

褒め言葉と、嫉妬心。

 

あきらめと、無関心。

 

 

ああ、この映画には、ドス黒いものが、渦巻いています。

 

「淵に立つ」もすごかったけど、本作もすごい。

 

目に見えない、心の葛藤って、表現するのが難しい。

 

124分が、あっという間でした。

 

 

 

信頼を失うと、取り戻すのに時間がかかるというけど、

 

もともと信頼されていなかったら、崩壊するのは早い。

 

逆に、壊そうと思えば思うほど、驚異の修復力で再生する関係もある。

 

 

人同士の関係って、複雑で単純で、面白いもんですね。

 

 

何もかも失ったと思った時ほど、新たな出会いがあるもの。

 

普段は見えなかったものが、見えてくるもの。

 

その出会いを生かすか殺すかは、自分で決めていい。

 

 

「ブレない自分」を構築するなんて、もともと俺には無理だから。

 

「不安定で、どうしようもない自分」を肯定するところからしか、始まらないから。

 

 

悩んでいる人に、不安でどうしようもない人に、

 

追い詰められている人に、この映画を見て欲しい。

 

 

そして、話を聞いてくれる人たちの中に、

 

自分から離れないでいてくれる人の気持ちを、想像して欲しい。

 

 

 

 

…自分の心の中にある「淀んだもの」の正体が、見えてくるから。

 

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