蝉しぐれ | 映画熱

蝉しぐれ

いろんな意味で、美しい映画です。丁寧に作られた、渾身の力作。


この間見た 「シンデレラ・マン 」 がアメリカ人の美しい心を描いたものであるとすれば、この作品は、日本人の美しい心を表現したものであると言えます。


原作は、「たそがれ清兵衛」 「隠し剣 鬼の爪」 の藤沢周平。監督は、前2作の山田洋次監督ではなく、長渕剛お抱え監督の黒土三男。実は、NHKのドラマで既に映像化はされていて、その時も黒土監督が手掛け、モンテカルロ国際テレビ祭・ドラマ部門のグランプリを受賞しています。


その作品を、満を持して映画にしたのが本作。監督生命の全てを注ぎ込んだ、良質の映画です。


主演は、市川染五郎。歌舞伎役者だけあって、佇まいの美しさは絶品。立ち回りから殺陣まで、うっとりするくらい、いい感じです。ただし、それは映画の後半からですので、ご了承を。


映画の前半を盛り上げるのは、子役の二人です。石田卓也と佐津川愛美。この二人の熱演で、観客の心をグッと掴み、後半へ持っていくのです。毒ヘビにかまれた指を吸われる時の愛美ちゃんの表情、恐怖と恥ずかしさがよく伝わってきます。いいシーンでした。


この映画は、全編を通して、微妙な心理描写がところどころに出てきます。その一つ一つが、さり気なく、時には激しく、見ている者の心を揺さぶります。いじらしいというか、奥ゆかしいというか、ふだんの生活で忘れかけていたことを、思い起こさせてくれるんです。


かつて、黒澤明監督の 「生きる」 「赤ひげ」 を見た時の感じに似ています。アニメで言うと、杉井ギサブロー監督の 「銀河鉄道の夜」 TV版「タッチ」 といったところ。


こういう微妙な部分を感じ取れる自分もまた、日本人だなあって思います。相手を思うからこそ、口に出せない、変に言い訳しない。そして、潔い。だからこそ、余計に美しい。


もちろん、全てにおいていいというわけではありません。役者でうーんなのが一人。ヒロインの木村佳乃。この人、「ISORA」 の頃とあまり変わってないような…。俺的にいうと、能面女優です。表情が固い。あのいたいけな少女が、成長するとこれかい。…じゃあ、いいかなって思うじゃん!もちっと何とかならんかなあ。でも、出番もセリフも少ないのでセーフかと。


後は、主人公の友達二人が成長すると、今田耕司とふかわりょうになります。何で? まあいいか。二人ともそれなりにがんばって演じていたから、そんなに違和感はありませんでした。これもセーフ。


色々難点はありますが、それを帳消しにしてしまうのは、やはり映画自体にパワーがあるからでしょう。黒土監督、いい仕事しました。素晴らしい作品、ありがとうございます。心が洗われました。


そして、俺的には一番の楽しみが、殺陣のシーン。これまたスゴい。刀さばき、カッコいいです。時間は短いけど、堪能させていただきました。最後の斬り方、シビレます。


何もかもが美しい。そして、その美しさを感じられる自分もうれしい。日本人でよかった。今日は、日本酒にしよう。熱燗でキューッと…。


余談ですが、映画館にいったのがギリギリの時間だったので、ゴハン抜きで見たんです。そしたら、静かな場面でお腹がグウ…。いわば、“腹しぐれ”ですな。たまらず、お腹を押さえて見ていたんですが、やっぱり恥ずかしかった。 こんな俺も奥ゆかしい…? 違うって? どうもすいません。