FUJITA'S BAR
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2016-02-25

CLUB-R ジャズライブ

テーマ:ライブ
最近、新しく開拓したお店、クラブRで、ジャズライブがありました。


アルトサックス、エレクトリックギター、ドラム、オルガンのカルテット。

平日ということもあって、お客が少なめで、気楽に参加できました。


2曲目に「ジョージア」を演奏してくれたので、

この曲が大好きな俺は、大喜び♪


歌うようなサックスの音色が、なかなかエロい(笑)


ギターも、ドラムも、オルガンのソロも、素晴らしかったです。


でも、サックの“オレ様ムード”が突き抜けているんですね~



ピアノジャックの、若さあふれるノリノリの演奏もいいんですが、

俺的には、こっちの方が、大人のゆったりした時間を楽しめたような気がします。



演奏が終わった後、サックスのお兄さんと、カウンターで一緒に飲みました。

彼、楽しい男ですね~

ほんの15分ほどでしたが、メンバーの方たちともお話しできてよかった。


俺は、基本的には映画から音楽を学んだ男なので、

話題は自然に、映画の方向へ。


何だか俺、もうこの店に溶け込んでしまったみたい(笑)

ここの常連には、オタクな連中がたくさんいそうですね~





大勢で賑やかなライブもよし。

少人数で、じっくり聴かせるライブもまたよし。




映画も、

音楽も、

自分なりのスタイルで、楽しめばよろしい。




大人の時間は、男を磨くための、貴重なひととき。



次回も、行こうかな。


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2016-02-25

ピアノジャック LIVE (新潟LOTS)

テーマ:ライブ
2月21日に、家族3人で新潟LOTSに行って参りました。


妻が大ファンの、ピアノジャックのライブ、3回目。


俺は、左の膝と右肩を痛めていたので、うまく体が動きませんでしたが、

気持ちはノリノリで楽しめたので、しばしの間、嫌なことを忘れられました。



ヒロの独特なトークで、場内は大爆笑。

ハヤトが絶妙なツッコミで、会場を盛り上げます。


『…新潟といえば、みかづきのナポリタン!』とスベれば、

『…イタリアンです!』と、お客がツッコミを入れます。



曲芸のようなピアノ演奏と、情熱的なカホンの音が、鋭く響く。

CDで聴くよりも、生ライブの方がずっとカッコいいですね。



今回は、「最大速」がキーワード。

ウルトラなスピードで、弾く・弾く・弾きまくる!

ミラクルな動きで、叩く・叩く・叩きまくる!


すっげえ~ 2人とも、腱鞘炎になりませんように(汗)


新潟のファンのために、限界までチャレンジして下さって感謝です☆




しかしまあ、変則的な手拍子やら、タオルを回す動作やら、

おっさんにはしんどい面もありますが、

会場の一体感が、何だか素晴らしかった。




妻と娘が楽しんでいる姿を見られるのは、幸せなこと。




たぶん、来年も行くことになるでしょう。

その時は、もっと精神的にアゲアゲになっていられたらいいなあ、なんて。
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2016-02-25

U-NOTE Ⅱ 「ようやく及第点」

テーマ:ケガ・病気
本来、豚コラムとして書く記事かもしれませんが、

俺の精神的な戦いに関することなので、このカテゴリーで。



さて、前回の記事をアップした翌日。

天候は相変わらずコロコロ変化する。

問題の肥育舎の豚たちが、回復傾向にあるとはいえ、

ここで温度管理を失敗すると、またダメージを与えてしまうことになっちゃう。


前日に、長時間にわたって話し合ったことを、1つ1つ思い出しながら、

細心の注意を払って、仕事を進めていく。



昼休みに時間が食い込んで、粘って粘って、自分なりに設定してみる。

午後イチでどうなるかわからないので、上司に電話して報告。


上司も天候が気になっていたので、すぐに見に来てくれました。




しばし、緊迫した時間が流れる…







『…これでいいですね。大丈夫です。』




おお、ついに合格をもらいました。

まぐれかもしれないけど、やっと手にした及第点。





『…この感じを、よく覚えておいて下さい。』とのこと。






俺がいつも思うことなんですが、

「何となくうまくやれていること」って、すごく怖い状態なんじゃないかと。


俺は不器用なので、努力と経験を積み重ねないと、なかなか覚えられない。

だから、人の何倍もがんばってしまう。その分、疲れる。


年を食っているから、若い頃よりも疲れやすい。

しかも、休んでも、なかなか回復しない。


結果、動き続けて、ぶっ倒れてしまう。

う~ん、我ながらマヌケである。



今回の試練は、約3週間ほど続きました。

今年の冬は、寒い日と暖かい日が交互にやってきて、

人間も、豚も、具合が悪くなりやすい。


カーテンの調整が、“冬モード”になったり、“春モード”になったり。

急上昇したかと思えば、急降下したり。

冷たい風が吹けば、豚舎内が急激に冷えて、

風が止んだ途端に、豚舎内の温度が一気に高くなってしまう。


そこに加えて、肺炎、腸炎、関節炎の症状が出ている豚の治療が増加。

時間をどんどん奪われ、洗浄・消毒の時間が圧迫されて、進まない。


いやあ、ホント、悪循環でした。



でも、ようやく一点突破。


努力って、やっぱり大事ですね。



その日は、夕方まで仕事がスムーズに運び、久しぶりに気分がよかった。

仕事帰りに、レイトショーに行きました。


そして昨夜は、新しく開拓したお店でジャズライブがあったので、

ちょっとおしゃれして、聴きに行きました。



いい映画と、楽しいお酒と語らいのひととき。

俺にとっての、最高の安定剤だと思います。



コツさえつかめば、あとは応用とアレンジで、何とかなる。

昨日も、今日も、小言はありませんでした。


豚が元気になってきたので、俺の両足は噛み傷だらけですが、

それもまた、男の勲章。




この仕事、まだやれるような気がしてきました。
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2016-02-22

U-NOTE Ⅱ 「霧が晴れていく時」

テーマ:ケガ・病気
今日はついに、上司に言い返しました。


朝イチが第1ラウンド。俺のKO負け。

午後イチで第2ラウンド。俺が反撃して、判ポイント差で定負け。

夕方に、第3ラウンド。満身創痍になりながら、ドロー。(だと思う)


いつまでも、やられっぱなしで終わってたまるか。


俺だって、いい仕事したいと思っているし、

上司だって、俺がちゃんと仕事できないと困るはずだから。


心のどこかで、ずっと感じていた。

俺じゃない誰かがやった方が、この仕事、うまくいくんじゃないか。

俺がここにいるばっかりに、みんなに迷惑かけているんじゃないか。

俺は、この仕事に向いていないんじゃないか…



だけど、どうしても、こだわりたいところがあった。

このまま、終わってしまうのは、嫌だった。



「話し合い」というのは、聖徳太子の「十七条憲法」の頃からある。

日本人は、話し合うことで、道が開けていく側面が、確かにある。



俺は、どんなに気難しい相手とも、話し合ってきた。

父親のような“人の話を聞く気がない男”は別として、

今までに仕えた、たくさんの上司の中でも、

今仕えている上司は、

何度同じことを聞いても、何度でも丁寧に説明してくれる。

文句はそれなりに言われるけど、教えてくれるだけでありがたい。



不満なんか挙げたらキリがないけど、

俺は、失敗したら、どうすればよかったのかを考えて、

次に生かしたいと思う男。


逆に、何となくうまくいっている方が、ずっと恐い。

失敗するなら、入りたてのうちがいい。


だから俺、今、どんどん失敗しています(笑)



対等の立場でないのはわかっているけど、

それなりに、俺が感じていることを、正直に話した。


そうしないと、前に進めないと思ったから。



今日は、話し合いの合計が、たぶん2時間くらいになっちゃったと思う。


だけど、確実に「手応え」があった。


お互いに、いい仕事をするために、意思の疎通が必要だから。

感覚の領域を言葉にするって、すごく高度な会話になるから。



たぶん、明日からは、何かが変わっていくような気がする。



ここ1ヶ月くらいの間、立ち込めていた「霧」が、

ようやく晴れてきたように感じるから。




それが、気のせいなのかどうかは、明日、仕事をしてみればわかると思う。



おつかれ、自分。

眠剤飲んで、横になろう。


今日は、よくここまでがんばった。

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2016-02-20

U-NOTE Ⅱ 「夜に想うこと」

テーマ:ケガ・病気
普段は、肉体労働をしているので、夜になると、自然に眠気がくる。


しかし、眠ってから2~3時間後には、目が覚める。

覚醒しないままに、夢のつづきを引きずりながら、トイレに行ったりして、

ぼーっとしたまま、また布団に入る。


現実の自分と、夢の中の自分の境界線が、曖昧なまま、ため息を搾る…



落ち着かない不安感と、逃げ出したい恐怖感と、

このままどうにでもなってしまえという閉塞感が、同時に交錯していく中、

どれが本当の自分か、わからなくなってしまう。



朝になれば、また体が勝手に、突き動かされるように起き上がり、

ぼんやりと支度をして、仕事に向かうのだろう。



でもまだ、夜の時間。

慌しく動かなくていい時間。

心も体も、怠けていて、問題ない時間。



考えてみたら、2連休だった。


明日も、仕事は休みだった。



そうか、もっとゆっくりしていても、いいんだ。

もっともっと、リラックスしていても、許されるんだ。



ゆっくり…できない。

リラックス…できない。

体の力が…抜けない。


だからいつも、緊張している。

だからいつも、疲れている。



疲れているのに、休まらない。



ゆっくりしなきゃ。

リラックスしなくちゃ。

体の力を抜くのに、渾身の力を振り絞っている…




我ながら、馬鹿だと思う。




こんな馬鹿が、生きているのが不思議でしょうがない。




世の中に必要とされている人たちがどんどん死んでいくのに、

俺みたいな人間が生き残っているのが、何だか申し訳なく感じる。



でも、生きているんだから、しょうがない。

考えても、わからない。

わかったと思ったことも、ほんの一瞬で、次の瞬間には、また、わからなくなる。



人生は、わからないことだらけ。

わからないまま、みんな死んでいく。



そんなことを考えながら、ぼんやりと、夜が過ぎていく。



暗闇と静寂は、心を鎮めるひととき。

その状態を心地いいと感じた瞬間に、すっと眠りに入っていく。



眠れることは、幸せなこと。


ほんのいっときだけ、精神を休ませることができる。


このまま、無意識の世界へ、永遠に旅立つことができたら…と思う。




「おやすみなさい」という言葉は、命令調。

休めと言われて簡単に休まることができれば、苦労はしない。

もっと気の利いた言葉はないものかなぁ…



そんなことを考えながら、また、ぼんやりと夜が過ぎていく。


夜は、長いようで短く、短いようで、長い。

時間の経ち方は、精神状態によって違うから。



今夜も、色んなことを考える。


ぼんやりしながら、あれこれ考える。




ゆっくりと、時間が流れていく。




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2016-02-20

U-NOTEⅡ 「意思の疎通」

テーマ:ケガ・病気
今日明日は、久しぶりの2連休でございます。


今朝はいつもより2時間ほど寝坊して、8時半に起床しました。

先週も、天候が悪く、具合の悪い豚が続出して、

カーテンの開け閉めと、治療の忙しさでヘトヘトになりました。

洗浄と消毒、粉砕機なども、思うように進まない…


でも、一番苦しかったのは、上司とうまく意思の疎通ができなかったことでした。

普通の会社なら、毎朝ミーティングや打ち合わせとかがあるんですが、

ウチの農場では、そんなものはありません。


朝からまず現場に行って、音頭確認して、注射器持って巡回を始めます。

お互いにいつも、別々の場所にいるので、連絡は携帯電話が多い。

運よく外ですれ違った時が、打ち合わせのチャンス。

豚舎の状況を説明して、指示を仰ぐ。

入りたての頃は、何でもいちいち聞いていましたが、

もう2年半以上になるので、ある程度、自分で判断しなくちゃならない。


忙しくなってくると、やることも増えて、集中力を持続させるのが難しい。

心配事や不安も重なり、精神的に疲弊していく。


そうなると、失敗が増える。

注意を受けることも、だんだん多くなる。


上司は、怒鳴ることもあれば、ネチネチと小言が続くこともある。

基本、怒りっぽい人という印象。

黙っているか、イラついているかのどっちか。

だから、うまく伝わらなくて、見当違いの回答がくることもしばしば。

長男なので、否定されることが大嫌い。

うっかり伝え方を間違うと、やぶ蛇になっちゃうことも。

俺がおしゃべりなので、それが仇になることもよくある。


俺は、細かいことでも気になったことは全て報告したい性格なのですが、

最近は、報告しない方がいいことがあることもわかってきました。


社長と上司の間でも、連絡がちゃんとされていないこともあって、

俺が「さぐり」を入れて、円滑に仕事が回るように工夫することもあります。



上司は、豚に対しては天才的なスペシャリストです。

でも、人の気持ちに関しては、天才的に鈍感だと思います。


一方、次男さんの方は、温厚で人あたりがいい。

彼の繁殖・分娩部門は、先輩のCさんと新人のD君の3人で、

いつも楽しそうに盛り上がって仕事をしているように見えます。


いいなあ、うらやましい…



俺の肥育部門は、上司と俺の2人だけなので、いつもギスギスした空気が漂います。

いつダメ出しされるだろうかという不安があるので、常に緊張が絶えない。


5つの肥育舎を、必要に応じて見回るのですが、

上司が入った時に暑かったり寒かったりすると、厳重注意を受けます。

気になるから、何度も何度も確認に入ることになる。

行く回数が増えると、時間がどんどん奪われてしまう…



猛暑の日なら、開けっ放しでいいし、極寒なら、閉めっ放しで楽なんだけど、

一日の間に温度がコロコロ変わると、俺の仕事は忙しくなるんですね。



まるで、嫁姑のように、アラ探しをされているようになることもしばしば。

カーテンの開け閉めの不備、治療豚の見落とし、洗浄での洗い残し…

細心の注意を払っても、全部完璧にはなかなかいきません。

そこで、確認を二重にしたり、「失敗しにくい」ように工夫しています。


でも、なかなか「ゼロ」にはならないんですね。


重症の豚を見逃したり、カーテンを開け過ぎて豚舎が冷えたりすると、

逆鱗に触れ、寒空の中、外で1時間くらい説教されることもあります。

どうやら俺には、真剣さが足りないらしい。



ここ2週間ほど間にも、「ご指導」の最中、鼻水がズルズルでした(笑)

5つの肥育舎を回って、1500頭以上の豚を管理するのって、難しい…

歩数計は毎日、1万7000歩を越えています。

あ~あ、俺ってやっぱり、才能ないのかなあ。


時たま、褒めてもらうことも、半年に1回くらいありますが、

その時に褒めてくれないんですね。

先週の方が管理がよかった、とか。

去年の夏の時のあれがよかった、とか。


だったら、その時に言ってくれれば、もっとやる気でるのに~


あの時はよかったけど、今はダメだという言い方は、推進力に結び付かないでしょ。



俺ってどうも、「気難しい上司」のもとで働く運命にあるみたいなんです。


例えば、2人で採用された場合でも、相手は優しい上司で、俺は厳しい上司。

たぶん、部下がすぐに辞めていくから、求人が出るんじゃないか、とも思えます。


ウチの農場では、最初、繁殖・分娩部門で求人が出て、

最初に採用された人が辞めて、2番目の人も辞めて、Cさんで3人目。

Cさんは優秀なので重宝され、即戦力になりました。


そして、肥育でも求人が出て、俺が採用になったんですが、

この部門では、俺が最初なんだそうです。


上司が直接指導するのは、俺が初めて。

彼も、どう指導していいか、あれこれ悩んだそうです。


怒りをぶつけられ、うつが悪化して、数日休んだことがあって、

病気を正直に告白した時は、もうクビになると覚悟したものです。


しかし、上司の身近でも、うつになった人がいたらしく、

俺の意味不明な言動の理由がわかって、彼は態度を変えてくれました。

俺は、クビにならずにすんで、こうして今も仕事をさせてもらっています。



以前の飲み会で、こんなことを言われました。

『…オレのしごきによく耐えてくれました。

 あの人、辞めるんじゃないかって何度も思ったものです。』


たしかに、辞めたい、と思うくらい、苦しいことがいっぱいの職場です。

だけど、これで簡単に辞めたら、きっと後悔すると思ったんです。

可能な限り、もう「逃げたくなかった」んです。



相変わらず、指導は厳しいですが、まだ、修行中の身。

今、大切なことを、五感で学んでいる重要な時期。


この仕事は、俺が今まで経験した仕事の「総合力」が試されている。


上司は、気難しくて面倒くさい人ですが、それは、お互い様。

少なくとも、俺の父親に比べたら、仏様のような人です。


意見を堂々と言えば、ちゃんと聞いてくれるし、

お互いに、キリンビールとサッポロ黒ラベルが好きだし。



来週の土曜は、新人くんの歓迎会の予定です。


俺はいつも怒られてばかりのカッコ悪い先輩だけど、

優秀で明るい若者に希望を与えられる、いい飲み会にしたいです。



やっぱりこの仕事は、コミュニケーション能力が大切。

五感でする仕事だから、感覚的な会話が多くなる。

論理的で感情的な内容が入り混じった会話って、面倒くさいんです。


これは、脳が鍛えられるわ~




あまりにも疲れてしまい、

色んな不安材料が重なって、

怪我を連発したり、まあ、色んなことがあって…



ブログも、映画も、好きなことが一切できない状態が続きました。



でも、このままでは終わらない。


たとえ、この仕事を辞めることになったとしても、男の意地を通したい。



そんな風にぼんやり考えながら、今週の仕事を終えました。




今日は、ゴロゴロします。


俺には、ゴロゴロする資格があると思うから。
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2016-02-20

映画コラム 「映画の鮮度」

テーマ:映画コラム
先日の記事の延長になりますが、

「色あせていく映画」もあれば、未だに「新鮮な魅力を放つ映画」もあります。


俺の場合、「タクシー・ドライバー」「ゴッドファーザー」「七人の侍」

「ブレードランナー」「べっぴんの町」とかが、それに当たります。


でも、少しずつ、色あせていっているのは事実なんですよー


前回の記事をちょっと補足しますと、

「数年前に製作された映画が遅れて公開された場合はどうなるんだ?」という疑問。


俺の感覚で言うと、「その映画の存在を知った時から経過した時間に比例する」

という結論になります。


つまり、そういう映画があることを知って、見たいと思った時に見ることが大事。

何年も経ってからようやく見たら、気分が乗らなかったりして、テンションが下がる…

それって、すごくもったいないことなんですね。


例えば、読みたい本を買ったのに、いつまでも読まなかったりすると、

読む気もだんだんなくなってきて、ただ、コレクションが増えていくだけ。

やっぱり、買った日にすぐ読むのが、一番面白いし、興奮するし、吸収も早い。


腹が減ってないのに食料をたくさん買い込んでも、とうてい食べ切れない。

だから、食べられるぶんだけ買って、その日のうちにおいしく完食したいもの。



そういう意味においても、映画の「鮮度」は重要なのです。


あなたがもし、10年前に製作された映画の存在を今知って、

レンタルDVDで借りて見たらすごくよかった、としましょう。

それは、OKなんです。


俺も、こんな映画があったなんて知らなかった、と思って借りることがよくあります。


そういう場合は、自分の中では「新作扱い」していいんですね。

小津安二郎監督の「東京物語」だって、40代になってから初めて見たんです。

たまたまユナイテッドシネマで上映してくれたから、見に行きました。

どうせ見るなら、DVDじゃなくて、劇場のスクリーンで見たい。

だから、あの映画は、俺にとって「新作」として楽しめました。

映画記事もちゃんと執筆しましたので、俺の中で矛盾はないです。



ただし、予告編とか宣伝とかチラシ等で、すでに存在を知っていた映画を、

劇場に行かずにスルーして、後からDVDで見たらすごく面白かった場合、

俺、すごく悔しいんです(涙)


やっぱりあの時、無理してでも見に行けばよかった。

劇場で見ていたら、きっと熱の入った記事を書いていただろう。


もはや、俺には、その映画記事を書く資格がない…

そのくらい、俺は、劇場に重点を置くのです。


今は、パソコンやスマホで、自由に見放題とか、いろんな媒体がある。

それに慣れた世代にとっては、映画館に行くこと自体が面倒くさいのかも。


だけど、俺という男は、どんな下らない映画であっても、映画館で見たいのです。




俺の記事は、青くさい。

文章の基本なんてまるでなってなくて、ただ、書きなぐっているだけ。

読み物としての面白さも価値もまるで皆無で、読むだけ、時間の無駄である。


しかし、ささやかな「取り柄」があるとすれば、

劇場で見たばかりの「新作」を、新鮮な感覚があるうちに文章化している、ということ。

しかも、極力ネタバレをさけて、これから劇場に行く人も安心して詠める、ということ。



俺がまだ30代後半くらいだった頃(桑畑三十郎だった頃)には、

『…映画を見ていないのに、映画を見た気分になれます。』

という、最上級のコメントをいただいた時は、すごく嬉しかった。


俺という男は、非常に偏った思考をしているので、

世間一般の見方とは、華々しく逸脱していることが多い。

そのせいで、多くの読者を怒らせてしまったことを、素直に反省しています。


しかし、反省はするけど、後悔はしていません。

全部、正直に書いたことだから。


人目を気にして、人の顔色を窺って、無難なところに小さく収まるスタイルは、

細く長く続けられて、それなりの読者も獲得できるでしょうが、

そんなの、ただ疲れるだけだもん。面白くも何ともないし。



大体、自分の心を偽って書いてばかりいたら、俺の脳が腐ってしまう。


同じ思考でグルグル回っていると、心や感性が淀んでしまう。


だから、常に新鮮な空気を入れて、風通しをよくしたいんですね。




人の心は、いつも同じところにいるとは限らない。

人の心は、いつも同じ方向を向いているとは限らない。

人の心は、いつも同じ状態であるとは限らない。


お約束なんて、クソくらえ。

お上品な文章なんて、ファック・ユー。

イカレた男で結構。それがどうした。SO WHAT?



面白いかどうかは、独断と偏見で、決めていい。

鮮度が高いかどうかは、自分の感覚で判断していい。


お行儀のいい「見方」しかできない人は、ここに来なくていい。


俺が「面白い」という映画には、理由がある。

俺が「つまらない」という映画にも、理由がちゃんとある。


自分が面白いからって、人に強制する方がおかしい。

自分がつまらなかったといって、人にも強制させる方がおかしい。


人と自分は、違う生き物なんだから。



みんなが、自分と同じ感覚を共有してくれないとイライラする人がいる。

10人が映画見たら、8人が感動しても、1人や2人くらいはつまらんと思っていい。

それが、健全な世の中であると俺は思う。


感動すると、一時的に人は、思考停止状態になる。

幸福感に浸って、しばらくの間、その状態に酔いしれる。

しかし、時間が経つと、色んなものが見えてくる。

自分が感動したことが、嘘っぽく感じられてくる。


そこからが、面白いのである。



俺が映画記事を書くタイミングは、褒め記事の場合、酔いしれた状態になってます。

後で読み返すと、俺ってバカだなあって苦笑します。

でも、そういう楽しみ方が、まず第一歩なんですね。


そこから、自分なりの展開をしていけばよろしい。

自分の心で感じ、自分の感性で噛み砕いて、消化吸収して、推進力に変えていく。


その過程で発生するのが、「映画熱」というものだと思うんです。


「熱」は「エネルギー」を生み出し、人を動かす原動力として循環する。




反対に、ダメだと思った映画には、それなりの理由があるもの。

何がいけなかったんだろう。見る視点が間違っていたんだろうか。

コンディションがよくなかったんだろうか。見方を変えて考えてみる。


考えているうちに、ここはよかったけど、ここは悪かった、と分類できるようになる。

そうして、思考が進むと、こういう角度で見たら楽しめるんじゃないか、と気づく。

その瞬間、この映画って意外と面白いかも!なんて感じられたりするんですよね(笑)


そのくらいの領域に到達できれば、もうプロの観客だと思います。


どんな映画を見ても、楽しめる能力ってすごいじゃないですか。


映画は、観客が楽しむことができて、初めて「完成」する生き物なんですから。






生き物には、寿命がある。

形あるものは、いつか崩壊する。


だから、それが一番美しかった時のことを、しっかり覚えておきたい。

それが一番魅力的だった時のことを胸に刻んで、語っていきたい。



…新鮮なうちに、おいしく召し上がれ。




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2016-02-18

映画コラム 「色あせていく映画」

テーマ:映画コラム
以前にも書きましたが、映画には「賞味期限」があると思っています。

そもそも、「不朽の名作」なんて、存在しませんから。


作品というものは、時間が経てば、古くなっちゃうんです。

それは、仕方のないことなんです。



俺は、若い人たちには、こう言います。


昔の映画を無理して見なくていい。

可能な限り、「今の映画」を見て欲しい。



映画を好きになると、あらゆるジャンルを見たくなるものです。

アクションだけじゃなく、社会派ドラマや、恋愛、芸術、ホラー、ドキュメント。

サスペンス、コメディ、特撮、アニメーション、ショートムービー、いっぱいある~


映画って、毎年、どんどん作られていくんですよ。


去年公開された話題作、見に行けなかったから、DVDレンタルで見よう。

あ、レンタルに出た。でも新作は高いから、旧作になったら借りよう。

で、旧作になった頃には、見る気がなくなってしまっている…


こういうことって、よくあるんです。



俺が、劇場にこだわるのは、新鮮なうちに、いい状態で見たいから。

いい状態で見た映画の面白さを伝えたいし、書き残しておきたいから。


世の中には、お金持ちの人がたくさんいて、

『…オレの家の方が、映画館よりシステムがいい。』と豪語する人は、

映画に対して感じている魅力が、俺なんかとは全く違うんですよね。


セレブの人には、セレブな楽しみ方があっていいでしょう。

俺みたいな貧乏人には、俺にしかない楽しみ方があっていいはず。





映画は、人によって感じ方がまるで違うのです。

だから、面白いんです。



予告編を見ていると、わざとらしいコピーがたくさん。

まるで、「この映画はこう感じなさい」と命令されているみたいに感じてしまう。


感動しようが、ムカつこうが、個人の自由だっつーの。



名作と呼ばれる映画だから、感動しなくちゃ。

みんながいいという映画だから、感動しなくちゃ。

彼氏とデートで見る映画だから、感動したフリをしなくちゃ。



そんな「偏った見方」をしていたら、感性が育たない。



自分がどう感じたか。

自分がどう思うか。


そこが、大事なんです。



フェデリコ・フェリー二。

ジャン・リュック・ゴダール。

黒澤明。

ジョン・フォード。

アンドレイ・タルコフスキー。

スティーヴン・スピルバーグ。

スタンリー・キューブリック。

リュック・ベッソン。

宮崎駿。

三池崇史。



みんな、当たりがあれば、ハズレもあるんです。


何を作っても面白い、なんていう人はいない。


作り手にも色々いるし、見る側にも、色々あるから。


面白いものは面白いし、つまらないものはつまらない。

それで、いいんです。


ただ、そこで、考えて欲しい。

何故、面白いのか。

何故、つまらないのか。


そこを追求する思考力がある人の感性は、磨かれていく。

そこを突き詰めていくと、「自分の見方」が生まれる。



クラシックの名作を見ると、

何となく、褒めなきゃいけない雰囲気がある。


でも、そこは自信を持って、ダメ出ししていい。

その変わり、いいと思ったら、全力で褒めて欲しい。

自分が感動した理由を、自分の言葉で表現してみて欲しい。



でも、いくら感動しても、

その映画を、リアルタイムで劇場で見た人には、かなわない。



だから、若者に言うんです。


今の映画を、今しか見られないタイミングで、見ておけ。



どんなにくだらない映画でもいい。

今公開されている映画を、今の感覚で、劇場で見るのが、最高にオイシイ。


俺は、そんな風に考えるんですね。



俺にとって、去年の映画は、すでに「クラシック」なんです。


新作を見ても、一ヶ月経てば、すでに「旧作」なんです。



だから、俺が映画記事をブログにアップするのは、「今の映画」だけにしたい。


旬の映画を、旬の時期に見た感覚を、記録しておきたいから。



昔の映画を見るヒマがあるなら、今の映画を1本でも多く見たい。


DVDで見る映画は、俺にとっては、レンジでチンの、冷凍食品ですから。



新鮮な食材を、お店で調理してもらって食べるのが、一番うまい。

お土産にもらって、家に帰って食うのは、何かが違うもんでしょ。



だから、若者たちよ、今の映画を遠慮しないでどんどん見なさい。

クラシック映画の評価は、ジジイたちにまかせておきなさい。

同じような映画ばかり見て、飽きたら、たまに昔の映画をつまみ食いする程度でいい。



今の自分が見たいと思う映画を、見たいだけ見よ。


それが、感性を磨くための、大切な第一歩だから。
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2016-02-18

メンタルコラム 「友達の定義」

テーマ:メンタルコラム
これは、年末に8割方書き上げたところで消えてしまった記事の復刻版です。


あの時と今とでは、思考も感覚も違うと思うので、

あくまでも、“今の時点”で考えていることを、書き出してみます。





俺が30代の頃、スナックのカウンターで、年上のお姉さんに絡まれたことがありました。

『…桑畑くんさあ、友達って何だと思う~?』

『…はあ、友達の定義ですか。これは、なかなかの難問ですなあ。』



細かいことは忘れましたが、俺の持論としては、


①友達は、片想いでいい。無理矢理両想いにならなくていい。

②力関係は、対等であるべき。同じレベルで自由に会話ができること。

③あくまでも、期間限定の関係で充分。ずっと続ける必要はない。

④頻繁に会わなくていい。数年に一度でも、会えば楽しい関係。


そんな感じのことを話したように記憶しています。





まずは、広辞苑で調べてみましょう。


「友達」は、「親しく交わっている人。」

「親友」は、「信頼できる親しい友。仲のいい友。」

「仲間」は、「同じ仕事をする人。その集まり。」


う~ん、どれもイマイチだなあ。何だよ、これ。

広辞苑の編集者って、友達いないのかな(笑)



まあ、そのくらい、曖昧な表現しかできない言葉なんでしょうな。




俺の考えとしては、「友達」というのは、年を重ねる毎に、意味が変わっていく関係。



例えば、「同級生」だから、イコール「友達」ってわけじゃない。

数年間一緒に勉強する仲間だから、敵対しない程度に付き合う、という感じ。

いつまでも仲がいい関係もあれば、卒業してプッツリ関係が途切れる、なんてことも。


そのくらい、曖昧なものなんです。「同級生」なんてのは。



じゃあ、「幼馴染」はどうでしょう。


子供の頃からの付き合いなら、長所も短所も知り尽くしているかもしれない。

ただ、時間が経っても昔の話しかできない関係は、ちょっと寂しい。

「今の自分たち」ではなく、「過去の自分たち」しか見ていないのは、疲れる。

「昔はよかった」ばかり連発する人との会話は、未来がちっとも見えて来ない。

自分だって、「今の世の中」を構成している一人なんだから。


人は、時間とともに「変化していく」生き物。

昨日の自分と、今日の自分は、確実に違っている。

だから、久しぶりに会う親友と、話が弾むんですね。



単なる「同級生」というのは、ちと面倒くさい。


俺は、中学の同級会に、5年に一度くらい呼ばれることがあります。

でもそれは、あれからあいつがどうなったか見てみたい、というのが実情。

呼ばれれば行きますが、基本、あいつらは「友達」なんかじゃない。


心の闇を抱えて思春期を必死で過ごした俺を「根暗」だと馬鹿にして、

もっと明るく生きろと説教をするくらいしか能のない連中。


俺は、「みんな」の中に入っていない男だったんです。

(入りたくもなかったし、俺の友達は違うクラスにいたし)



しかし、高校生の時は、いい同級生に恵まれました。

今でも付き合いのある男は、何人かいます。


もっとさかのぼると、小学生の頃からの親友も、ひとりだけいます。

彼とは、剣道で一緒に竹刀を交えた仲。

奴は、二段。俺は、初段。

でも、真剣で斬り合ったら、俺が絶対勝ちます。


先月も一緒に飲んで、盛り上がりました♪

(奴の話は、また改めて語ろうかと思っていますのでよろしく)



他にも、数年に一度しか会わない親友が、あと4人ほどいます。

そのうちの一人は、もう20年以上会ってませんが(笑)


でも、俺にとっては、みんな「友達」なんです。

人に聞かれたら、あいつは「親友」だと答えます。

たとえ相手が「お前なんか友達じゃねえ」と言っても、俺は「友達」だって言います。


俺にそう思わせるくらいのことを、たくさんしてくれたから。

俺のくだらない話を、楽しそうにいっぱい聞いてくれたから。


話しやすい人がいる。

話しにくい人がいる。


会うと、安心できる人がいる。

会うと、不安になる人がいる。


その違いって、どこにあるんでしょうね。


友達じゃないけど、楽しい「飲み仲間」というのもいる。

ある意味友達なんですが、ちょっとカラーが違うんですよね。


会いたい時に会えないからこそ、いい関係が続く場合もある。

約束しなくても、連絡先を知らなくても、縁があれば、また会えるから。



ネットの友達だって、一時的に仲良くなれても、離れる時は、あっという間。

相手にとって、俺が少しでも気に食わないことを言うと、あっさり嫌われる。

俺、別に「いい人間」じゃねえから、そんな奴にはさっさと嫌われた方が楽です。

中途半端に好かれると、相手の要求に応えないといけない「プレッシャー」が発生する。

相手は楽しいかもしれないけど、俺はヘトヘトになっちゃう。


やっぱり、相性とか、心の波長とか、バイオリズムとか、関係あるのかも。

飲み屋でよく会う仲間は、常連ということもあるけど、

「ここで飲みたい」というタイミングが合うんだと思う。

俺も一人。相手も一人。こういう相手が一番気楽に話せるんですね。




対等な立場で、自由に会話できる相手が、俺の考える「友達の定義」とします。

これは、あくまでも、今現在の思考から導き出される結論です。


明日になれば、変わるかもしれない。

一年後には、全く違うことを言っているかもしれない。



感動は、一度しか体験できないもの。

誰かと楽しく過ごした時間も、その時だけの、貴重な体験。


喜びは、一瞬。

苦しみは、永遠。

その一瞬で得たエネルギーを、生きる力に変えていくのだ。



友達は、「契約」じゃない。

「ずっと友達だよね」と念を押す人は、きっと不安なんだと思う。

「もちろん友達だよ」といくら言っても、また何度でも聞いてくるでしょ。


でも、そういう人も、いていい。

「面倒くさい友達」っていうポジションで(笑)



相手の悪いところしか見えない人は、なかなか友達ができない。

自分自身の悪いところを棚に上げて、人を非難しても、説得力がない。


相手を褒めることの方が、会話が楽しくなるし、自分も気持ちがいい。

会話は、「楽しい方向」へ行くからこそ、盛り上がるのだ。



愚痴や昔話、人の悪口や自分の自慢話ばかりでは、会話が暗くなるし、

聞かされる方は、たまったもんじゃない。




映画から、学ぶこと。

音楽から、学ぶこと。

読書から、学ぶこと。

仕事から、学ぶこと。

飲み屋のカウンターで、学ぶこと。



学び取る力があれば、会話力がアップしていく。

読み取る力があれば、文章力がアップしていく。

聞き取る力があれば、人の気持ちがわかるようになっていく。

本気で伝えたい気持ちがあれば、最終的には、ちゃんと伝わっていく。




そういう体験から生まれるのが、「友達」なんです。




お金をかけても、時間を費やしても、手に入らないものは、たくさんある。

数は、問題じゃない。

相手がイケメンか美人かどうかも、関係ない。


一緒にいて、気持ちよく過ごせる相手は、簡単には見つからない。

出会いがあって、話をしてみて、初めて見えるものがある。

その人との関係でしか、理解し合えない話題というものもある。



時間は、どんどん過ぎていく。

みんな、忙しい。

誰も、ヒマなんかない。



でも俺は、映画に行く。

本を読み、音楽を聴き、飲み屋に行って、仲間たちと語り合う。


それが、楽しい時間だから。

俺にとって、大切なひとときだから。



どんなにひどい目に遭っても、どんなに人格を否定されても、

つらいことがたくさんあっても、まだこうして生きていられるのは、


きっと、友達がいるからだと思います。




人によって、「友達の定義」は違っていい。

自分だけの、「友達の定義」を、ぜひ考えてみて下さい。














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2016-02-14

最近読んだ本

テーマ:
本の記事を書くのも、かなり久しぶりのことです。


ここ数ヶ月は、精神的にしんどい日々が続いて、読書が困難な状態でした。

それでも、読みやすそうな本を見つけては、細々と読んでいたんです。


知らない間にたまったので、8冊の本をご紹介。





「宇宙戦艦ヤマトを作った男 西崎義展の狂気」(講談社 牧村康正・山田哲久著)



ご存知、「ヤマト」のプロデューサーとして有名な男の暴露本です。

本屋で手に取って読み始めたら止まらなくなって、迷わずレジに直行しました。

しかしまあ、パワフルな人生ですね~


大きな仕事をなし遂げる男って、このくらいのテンションで生きるパワーの持ち主

じゃないと、務まらないんだろうなあって感じました。


才能がなければ、いい作品は生まれない。

しかしまた、力のあるプロデューサーの存在がなければ、作品は世に出ない。


ここに書かれていることは、実に刺激的で面白い。


宇宙に戦艦を浮かべるという発想は、梶原一騎の「新戦艦大和」もあったけど、

これもまた「新戦艦高千穂」が前にあったりして、闘争には至らなかった。

でも、それら2作が、雑誌に掲載された「絵物語」だったのに対し、

「宇宙戦艦ヤマト」は、TVアニメーションで放映したことが画期的だった。


手塚治虫、富野由悠季、安彦良和、庵野秀明といった錚々たる名前が登場。

西崎氏との出会いによって、数々の才能が見出されていたのもまま事実である。


いいものを、最高の状態で作り出し、最高の宣伝をして世の中に送り出す。

まさに、ヤマト発進の醍醐味を味わえる、冒険物語です。


後半はボロボロだけど、日本で彼の果たした業績は大きい。

男の夢とロマンを乗せて、ヤマトは今も宇宙のどこかを航行中なのだ。







「格闘技の科学」(サイエンスアイ新書 吉福康郎著)



剣道、柔道、合気道、キックボクシングを経験した俺にとって、実に興味深い本。

あらゆる格闘技の技を、物理的な視点で効果を解説した、目からウロコの1冊です。


シンプルでわかりやすい解説と、カッコいいイラストのバランスがいい。

無意識でやっていたことにも、ちゃんとした理屈があったんですね。

ボクシング、空手、柔道、相撲、剣道、合気道、太極拳、少林寺拳法、

この世には、実に様々な格闘技が存在します。

どれが最強かは、ルールが異なるので、安易に比べられない。


こういう状況なら、この格闘スタイルが効果的。

なるほど、アクション映画を楽しむ上でも、大いに参考になる本ですね。





「武術の科学」(サイエンスアイ新書 吉福康郎著)



あまりに面白かったので、彼の本をもう1冊購入しました。

今度は、武器を使用した格闘が登場します。

剣術、槍、弓矢、棒術、ヌンチャクなど、ワクワクする内容がいっぱい。

男の子なら、見よう見まねで、体を動かしたくなるでしょう。

ブルース・リーやジャッキー・チェンに憧れた世代なら、読んでみる価値ありです。





「拳銃の科学」(サイエンスアイ新書 かのよしのり著)



調子こいて、また同じジャンルの本をゲットしました。

今度は、拳銃についてわかりやすく解説した本です。


リボルバーとオートマチックの違いと、それぞれの特徴。

シングルアクションと、ダブルアクション。

マグナム、ライフル、スコープ、レーザーライトによる照準など、

映画ファンなら知っておくとお得な情報が満載。


子供の頃から、たとえ水鉄砲でも、むやみに人に向ける癖をつけさせない、など、

銃のプロじゃないと言えないような、コアな文章がちょっとシビレました。







「夜、眠る前に読むと心がほっとする50の物語」(王様文庫 西沢泰生著)



いかにも安っぽいタイトルなので、普段だったら絶対に買わない本なんですが、

実はこの本に出会ったのは、年末の“あのこと”があった時だったんです。

家にも帰れず、寒さをこらえながら、放浪して、行き場がなかった状態で、

何か本を探そうとしたけど、タイトルを読むだけで、眩暈がした…


そんな時に、わらをもすがる思いで手にしたのが、この本でした。


ロッテリアの喫煙ルームが空いていたので、ホットティーをおかわりしながら、

ひたすら、読み続けました。


人のぬくもりや心づかい、ちょっとした優しさが、胸にしみ込んできて、

俺は、あふれる涙を止めることができませんでした。

傍から見たら、みっともないおっさんだったでしょうね。


特によかったのは、マラソンランナーのコーチとして有名な、小出義雄氏の言葉。

苦しい時に、こんな言葉を実際にかけてもらえたら、俺は発病しなかったかもしれない。


この本に出てくる、あらゆる出来事が、俺の人生に重なりました。

あの日々には出なかった答えのヒントが、ここにあったんです。


やはり、人の気持ちがわかるからこそ、心を動かす一言が言えるんでしょうね。


この本との出会いによって、俺はあの晩、自殺しないで家に帰ることができました。

(その直後に見た映画の記事で、また叩かれることになったけど)






「言えないコトバ」(集英社文庫 益田ミリ著)



このお姉さん、いい文章センスしてますなあ。

読んでいて、心地がいい。

時折、はっとさせられることもあって、彼女の感性の奥深さを感じます。


女性の心を勉強する意味でも、すごく役に立つ1冊です。

シンプルなイラストとマンガが添えられているのも、なかなかよろしい。


心が疲れた時や、言いたいことがうまく言えなかった時に読むと、

いいヒントを与えてくれるような、優しい文章だと思います。





「銀座缶詰」(幻冬社文庫 益田ミリ著)



益田さんの文章をもっと読みたくなって、たまたまブックオフで見つけて購入。

こちらは、もろに「オバチャントーク」みたいになってます(笑)


女性同士だから言えるような話題も、彼女が語ると、一般の会話に昇華してしまう。

やっぱり、素敵な感性をお持ちなんだと思います。

そして同時に、生きるために必要な力が、彼女にはちゃんと備わっていると感じました。


人との距離の取り方や、加齢にともなう言葉の使い分けなど、

身近なテーマをちりばめたエッセイなので、とても読みやすいです。






「人情ことば 恋ことば」(草思社文庫 中村喜春著)



最後は、大人の言葉を勉強できる本です。

著者は女性で、名前は「なかむらきはる」と読みます。

1914年生まれで、2004年に亡くなった方ですが、

芸者からスタートして、最終的にはコロンビア大学で教鞭をふるう立場になられて、

生涯にわたって、言葉を大切にされた日本人女性だと俺は認識しております。


言葉というのは、時代によって進化するものだと俺は思っているので、

日本語の乱れとかは、普段は気にならないんですが、

彼女の文章を読むと、なるほどなあと納得せずにいられません。


同じ言葉でも、言い方によって、伝わり方が違う。

たくさん知識があっても、乱暴な使い方をすれば、言葉は生きてこない。


言葉を大切にするということは、人の心を大切にすることに通じるんですね。



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