私の養豚場勤務の歴史 | ゆりかの湯「楽しいロペミチ一家」

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ロバ父ぺり母みっちーチイチャンの一家4人の
楽しい暮らしつれづれ。
プラス
ぺり母の趣味(手芸・音楽鑑賞など)
と仕事(養豚漫画家)
と息子のお稽古(クラシックバレエ)


テーマ:
某仕事で、養豚面白ネタを
語ることになった。
しかし、豚との生活がメインで
もっと従業員さんとの関わりも
話してくださいと言われた。

実はその期間、
パワハラで過労入院→退院後、
絶賛仕事干され中だったので
仕事中はほぼ他人と関わらなかった。
全くヒトと話さない日が
連日続いていた。

思えば、
養豚場で楽しく働いていたのは
もっぱら学生時代のバイトばかりで
社会人になってからは、
獣医に風当たりの強い余裕のない農場→
優しくて楽しい従業員さんの農場
ただし成績最悪→パワハラセクハラ
村八分横行農場
で働いていた。

前半は高い管理レベルとサービス残業
の農場だったが、後半は有給も病欠に
される塩辛い会社だった。
農場内に援助者がいなかったら
危険な立場だった。

人間不信になるも、その後営業職に転じ、
多くの農家さんを回ることになり
方々で優しくして頂いて今に至る。

私が農場勤務を辞めた時、
家族はほっとしたに違いない。
そうやって考えてみると、
農家さんで受け入れて貰えたのは
ひとえに
養豚業の辛さを実感していたから、
なのかもしれない。
しかし、決して暖かい立場ではなかった。
なにせ、先日まで養豚場に勤めていた身、
農家さんと話が通じて当たり前。
先輩の営業マンには理解不能。
畜産動物薬部門では初の女性営業
だったから、彼らと養豚獣医師逹には
「女を武器にしている」と言われのない
中傷を受ける始末。
そこから本当に理解してもらうまで
1年半かかった。

主婦になってから10年目、
今現在の養豚業界における
女性の社会的地位は向上したのだろうか?


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