国産機YS-11はどうだったんだろう。航空科学博物館3 | 輪っかのついたものがなんだか好きだ。道草の道を行く。
2017-12-28 01:25:43

国産機YS-11はどうだったんだろう。航空科学博物館3

テーマ:東京からツーリングどこいく?!

1だぜ!ナンバー1!

 

 

ツーリングで航空科学博物館のYS-11.べたべたと見回し写真とりまくるオジサン一人。


 

私ですが何か?なんか絵になる。空港でないから規制なくアングル撮りホーダイ。

 

 

ということで多くの写真あって、割に情報しらないのでYS−11を薄く、調べた、

 

 

YS−11ってなんだー! では、どうぞ。

 

 

YS−11は戦後初の国産旅客機で66人乗り

 

 

1964年、日本へ聖火を運んだ事もある。聖火号。

 

 

ターボプロップエンジンはロールスロイス製。一台2700ps×2=5400ps

 

 

終戦後。GHQは日本の重工業を全てやめさせ、当時航空機大国の日本は製造棟を禁止された。

 

 

1952年のサンフランシスコ講和条約後、航空機製造禁止が解除、

 

 

昭和37年1962年8月30日に初飛行を遂げた。この機体がまさにその機。

 

 

設計は軍用機に近いものでがっちり頑丈だったらしいがその分重く

 


機体としてはパワー不足だったらしく、

 

 

当時のパイロットからの評価は、あまり良くなかったようだ。

 

 

しかし、その強固なつくりは徐々に評判となり受注を増やしていったらしい。

 

 

製造元である日本航空機製造は1982年に解散している。経営は常に多難、赤字体質だったようだ。

 

 

旅客機としては2006年に日本では旅客用途の就航を終えた。

 

 

これの試作一号機は、戦後のまさに国産旅客機の第一号。

 

 

いまは現物の資料としてひっそりと成田空港の裏で飛び立つ飛行機を見守っている。

 

 

もう数回ひっぱる飛行機by航空科学博物館ねた。しつこくまた次回。

 

 

 

 

 ↓ 関連記事

 

ツーリング向き。航空科学博物館へ1

懐かしジャンボジェットでかっ。航空科学博物館2

 

国産機YS-11はどうだったんだろう。航空科学博物館3

零戦コックピット航空科学博物館4

 

kusanokanashimiさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

SNSアカウント

コメント

[コメントする]

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス