現実だけの幸せ 2
目の前に居る二人の妹。
病院で横たわり、数日も眠り続けた僕が起き上がり、それ以上の幸せはありません。
僕はこうなった原因を思いだします。
冬の冷たい雨の降りしきる夕暮れ時、目の前には車のライトが迫っていました。
「詩織!」
と叫ぶと、僕は横断歩道にいた詩織を突き飛ばします。
直後、僕の体は宙におどり、やや左に傾いて落下。
そのまま意識を失いました。
あれは、交通事故です。
横断歩道を渡たろうとしていた僕達に、車が突っ込んできたのです。
そして、僕より少し前に横断歩道にいた詩織を、僕が突き飛ばし、変わりに僕がはねられたのでした。
僕は左肘から先の、感覚のなくなった腕を小突きました。
夢の中で、最後に刺さった矢のおかげで使えなくなったのでしょう。
すると、しきりに視線を送ってしまったためか、詩織と結は目を伏せて頭を下げました。
『ごめんなさい』
声がかぶり、一人分より大きく響きます。
そして、詩織が頭を上げて諭しました。
「私がお兄ちゃんの左腕を奪ったの」
嫌になるほど、悲しい報せでした。
続けて、結が詩織をかばいます。
「わ、私も……しっかりと姉上を見ておけば、このようなことは未然に防げたのでござります。ですから、姉上だけを責めないで下され」
夢の中でも、現実でも健気で献身的でした。
それに、大きな猫耳と尻尾がついておらず、結はまさに人間の姿です。
僕は動かせる右腕を妹たちに伸ばしました。
そして、詩織と結は僕の右手を両手で包むように握り返します。
力強く、僕が眠っている間もずっと呼びかけたに違いありません。
それに対して、眠り続けていた僕が罪悪感を覚えないはずがないのです。
僕も窓の外を眺め、本当に珍しく降っていた雪を眺めて諭しました。
「いきさつは話さなくていい。僕の左腕は……お前たちのせいじゃない。僕の覚悟だ。だから、自分を責めないでくれ。詩織。結」
あえて、最後に妹たちの名前を語尾に入れ、彼女たちがうなずくのを待ちます。
しかし、結は
「いえ、話さなければなりませぬ」
そう言って、僕に話を持ちかけてきました。
僕は首を横に振ります。
「健忘もちの僕に話したって無駄さ。すぐに忘れる。いや、忘れさせてくれ。腕なんて最初から使えなかったと思えるくらいに忘れたい。ただ、そんなことで悩んでいるお前たちのことが心配だよ」
身を起こし、それぞれの妹の頭を撫でてあげました。
いつの間にか、詩織の瞳から涙が流れ、僕はその雫を指ですくい上げます。
妹の涙を見るのは珍しくありません。
ただ、原因が自分であることが、今までになく胸を締め付けました。
すると、結も話すことを諦めてしまい、首を横に振ります。
「そうでござりますな。せっかく起き上がったというのに、このような話から始めるべきではありません。ただ、兄上―――」
「分かっている。現実じゃ、どんな残酷なことでも知っておかなければならない。あいつは…………」
結の言葉をさえぎり、そして僕の脳裏には夢の中の歪みが浮かびました。
結局、あの歪みは僕自身の弱いところであり、夢に依存したい心だったのかもしれません。
〔つづく〕
登場人物
草薙 香 主人公
草薙 詩織 香の妹 双子の姉 厳格で気丈 中等部 二年
草薙 結 香の妹 双子の妹 のん気で明るい中等部二年
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