素人の意見の総和として | (旧)薄口コラム

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原発再稼働賛成か反対かについて、僕はかなりずれた考え方をしています。
それは十分に自覚しています。
その上での僕の原発についての考え方です。


結論から言うと、僕は原発再稼働は容認派です。
最終的に脱原発に向かうのは当然として、即時ゼロかゆっくりと減らして行くかという選択になったとき、ゆっくりと減らしていくのがいいのではないかと考えています。

こう考える根拠は、「僕が見てきた人たちの中で、この意見を言っている人たちが1番価値生産を多くしている」と思ったから。
かなりふざけた考え方であることは承知しています。
だって自分で判断していないのですから。
ただいろいろ考えた末、僕はあえて自分で考えず、「それぞれの立場を取る人が生産した価値の総量」が多いと思った方の立場をとることにしました。


僕たちがここまで原子力に不信感を抱くようになったのは、2011年の原発事故で専門家の言葉に強い不信感を抱くようになったからです。
今までは言われたことを鵜呑みにしていたけれど、あの事故のおかげで必ずしも専門家の言っていることが全て正しいわけではないということを、僕たちは強く意識させられました。
その結果、自分たちで考えて即時ゼロとか原子力推進とか、各々の立場を取るようになった。
じゃあ、僕たちは専門家の意見が信用できないからといって、どうやって原発について考えればいいのか?
そう考えたとき、専門家の意見は信用できないといった所で、素人考えで判断を下すのはもっと危ないと思ったんです。

僕たちはどんなに調べた所で所詮はド素人。
しかも、殆どが立場を明確にした上で調べ始めているため、そもそも調べるデータが偏ってる。
巷に溢れてるあらゆる主張がそうやって作られたもの。
もちろん僕が自分で調べた所で同じことです。

それならば原発即時ゼロにしても原発再稼働にしても、どちらも同程度の根拠と信用度しかないと考えました。
だったらいっそ、それを主張している人が誰なのかで決めてしまおうと思ったわけです。
それぞれの意見を言っている人たちのどちらが、社会に大きな価値を与えているのかで僕は判断することにしました。
それは専門家という肩書きを信じて意見を鵜呑みにしているのと殆ど同じということは承知しています。
価値を生産していると言ってしまえば、当然経済人を高く評価し、そしてそういう人に脱原発反対派が多いことも承知しています。

そういうことも全て含めた上で、主張をしている人達の生産する価値の総量で決めるという選択をしました。
以前は専門家の意見を見て判断してきました。
そして少し前までならいろんな人の意見を見て多数派はどちらかと考えるというのもありだったとおもいます。
しかし、誰もが情報発信ができ、これだけ多くの人が意見を発信できるようになった今、たんに意見の数で判断したら、無限の意味のないバズのような主張も数値に含まれあまり信用できない気がします。
結果、主張している人自信の評価を情報としての価値の拠り所にするという考え方。

原発に関しては僕が見聞きした限りの中では、即時ゼロを主張している人よりも今は再稼働させてゆっくりと減らしていくと主張している人の方が総価値生産量は多い気がしました。
だから僕は原発再稼働容認という立場です。