渡辺邦男監督が1958年に撮った大映映画『忠臣蔵』は、年に数回観る映画の一つです。

長谷川一夫演じる大石内蔵助を筆頭に綺羅星の如き俳優陣(※1)による赤穂四十七士のエピソードを描いた作品ですが、浄瑠璃を基にした「碁盤太平記」(近松門左衛門)や「仮名手本忠臣蔵」(竹田出雲、三好松洛、並木千柳)そして「元禄忠臣蔵」(真山青果)、「松浦の太鼓」(瀬川如皐、桜田治助)等の歌舞伎・文楽上演や講談「赤穂義士伝」を愛する自分には数多(あまた)存在する義士映像の中でも特に思い入れの強い作品となっております。

義士作品好きが昂じて史実関連の著作も数冊読みましたが、個人的にはフィクション性の強い「仮名手本忠臣蔵」に、元禄の仇討事件に対する当事者を含めた人々の想いが色濃く反映している様な気がします。

大映忠臣蔵は、浄瑠璃・歌舞伎の「祇園一力茶屋の段」のみならず、「仮名手本忠臣蔵」から派生した講談「大石東くだり」や「赤垣源蔵・徳利の別れ」等の心が動く挿話が監督の巧みな演出と大映所属の俳優陣の渾身の芝居で演じられているので、個人的につい手が伸びてしまう作品の一つです。

とりわけ好きなのが、「大石東くだり」における長谷川一夫と中村鴈治郎の掛け合いですが、恥ずかしながら何度観ても涙腺が刺戟される場面です(※2)。

個人的に史実を基にしたノン・フィクション作品よりも、マリオ・プーゾの「ゴッド・ファーザー」やフランシス・コッポラによる見事な映像化作品(1972)の方が、時代と当事者の心情が感じられる様な気がするという点で、大映の『忠臣蔵』は私的な趣向で恐縮ですが、最も好きな赤穂義士をモデルにした映像作品です。

 

(※1)主な配役:長谷川一夫(大石内蔵助)、市川雷蔵(浅野内匠頭)、二代目中村鴈治郎(垣見五郎兵衛)、山本富士子(瑤泉院)、京マチ子(おるい)、東山千栄子(大石の母:おたか)、勝新太郎(赤垣源蔵)、志村喬(大竹重兵衛)、淡島千景(大石りく)、鶴田浩二(岡野金右衛門)、若尾文子(お鈴)、川口浩(大石主税)

 

(※2)江戸に向かう大石一行は垣見五郎兵衛の名を語って旅を続けておりましたが、それを知った中村鴈治郎演じる垣見五郎兵衛は彼等の宿泊先を訪ね、長谷川一夫に真の垣見五郎兵衛であれば所持しているはずの近衛家の道中手形を見せる様に問い詰めます。

そこで長谷川一夫が短刀と浅野家の家紋を見せた時に、中村鴈治郎は瞬時に「それが」垣見五郎兵衛が持つ道中手形に相違ないことを認め己の無礼を詫びます。

そこで長谷川一夫が言う「武士は相身互い。よくよくのご事情があってのこととお察し申す」と述べる謝意に満ちた科白は、大好きなジョン・フォード監督の『怒りの葡萄』(1940)の、食パンやキャンディを子供達の為に安く売るダイナーのシーンに通じる深い情愛を感じます。

 

§『忠臣蔵』

鶴田浩二と若尾文子↑

長谷川一夫と中村鴈治郎↑

山本富士子(中央)と市川雷蔵(右)↑

山本富士子↑

志村喬↑