【助詞の話 またしても「ニ」 庭には二羽鶏がいる】〈3〉 | tobiのブログ
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日本語アレコレの索引(日々増殖中)【22】 
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1971566092&owner_id=5019671 

mixi日記2020年01月20日から 
 下記の続き。 
【助詞の話 またしても「ニ」 庭には二羽鶏がいる】〈1〉 
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12559141996.html 
【【助詞の話 またしても「ニ」 庭には二羽鶏がいる】〈2〉】 
https://ameblo.jp/kuroracco/entry-12564329159.html 

 質問サイトに投下してみたけど、相も変わらず念仏コメントがウザい。 
 新顔(でもないのか?)のかたのコメントをもっと読みたいのに、雑音が多くて。 
【次の2つの文の「には」の働きは別なのでしょうか。1)庭には二羽鶏がいる 2)私には弟がいる】 
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11442193.html 
===========引用開始 
次の2つの文の「には」の働きは別なのでしょうか。 
 理由はハッキリしませんが、2)には少しだけ異和感があります。 

1)庭には二羽鶏がいる 
2)私には弟がいる 

 ハを削除すると、かなり違いが出てきます。 
3)庭に二羽鶏がいる 
4)私に弟がいる 

 3)は1)とほぼ同義に感じます。4)は2)と相当違うような。 
 ちなみに、「私に弟がいることを友人には隠していた」だとなぜか不自然ではなくなります。 
 さらに少しかえます。 
5)庭は二羽鶏がいる 
6)私は弟がいる 

 5)だとほとんど×ではないかと。6)だとやや不自然さが残りますが「私に弟がいる」よりはマシのような。  
===========引用終了 

 さすがに邪魔に感じるので1)の例文の「二羽」は外して考える。 
1)庭には鶏がいる 
2)私には弟がいる 

 頂いたコメントなどを参考に(これも失礼なのかなぁ)、いろいろ考えている。 
 少し方向性をかえてみたい。 
 下記のような考え方はできないだろうか。 

1)庭には鶏がいる 
 これはやはり「庭に鶏がいる」(②存在の場所 物理的・抽象的)が原形で、それに主題化(「取り立て」でも「強調」でもいい)の「ハ」がついたものと考えるのが妥当では。 
 問題は下記。 

2)私には弟がいる 
 これも述語が「いる」だから「私」は「場所」と考えたいんだけど、そう考えると、1)~6)を並べたときの差異が説明できなくなる。 
〈2〉で紹介したリンク先の〈1存在の場所・時点〉の小分類〈b. 私に子供がある。〈所有者〉 〉でいいのでは。 

 考え方をかえるために、「ある」に持ち込む。 
1.庭には花壇がある 
2.私には夢がある 
3.庭に花壇がある 
4.私に夢がある 
5.庭は花壇がある 
6.私は夢がある 

 こう並べると、「庭」のほうは、「3.庭に花壇がある」が原形で、「ハ」がついて「庭には花壇がある」。「庭は花壇がある」は、ちょっと特殊な文脈が必要な気がする。 
 一方、「私」のほうは、「私ニ夢がある」が原形で、「ハ」がついて「私には夢がある」。 
 それとは別に、「私は夢がある」が原形で、それに「ニ」がついたのでは。こうなると「ニ」が不明? ああそうか。別に無理やり「ニ」をつける必要はなく、これで一文。 
「ハ」は普通の主題で、「ある」がついて所有を表わす。 
 一方、「所有」のイメージに結び付きにくい〈5.庭は花壇がある〉はナシ。 
 元の文もこれと同じことなのでは。

 

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