普段から○○しない 教えて!goo | tobiのブログ

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mixi日記2020年01月15日から 

 テーマサイトは下記。 
【普段からメイクしない君が薄化粧した朝、の「から」】2020/01/15 
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11446968.html 
===========引用開始 
宇多田ヒカルの「花束を君に」の歌詞で、 
「普段からメイクしない君が 薄化粧した朝」というのがあります。 
この「から」の使い方について少し違和感を感じます。 

「普段ならメイクしない君が 薄化粧した朝」だったら意味が受け取りやすくてわかるんですけど。 

「から」で合ってますか? 
===========引用終了 

 これはおもしろい。 
 こんなに基本的な言葉なのに、辞書に適切な語釈が見当たらない。逆か。基本的な言葉だから多義すぎて辞書がフォローしきれないのかもしれない。 
 近いかな、と思ったのは、No.5の人がひいた『大辞泉』。 
===========引用開始 
[準体助] 
種々の語に付いて、それの付いた語句を全体として体言と同じはたらきをもつものにする。 
1 以後、以上の意を表す。「5キロからの重さ」  
2 …から始めて、…をはじめとして、の意を表す。→からに →からは →てからが 
「鍋そのもの―が品よく出来上って居る」〈漱石・虞美人草〉 
===========引用終了 

 この記述ではわかりにくいが、「2」のほうの意味。「からして」に置きかえるとわかりやすいかも。 
「普段からして○○しない」 

 No.6の人がひいた『日本国語大辞典』では、「格助詞」にしている。どちらが適切なのかは知らない。 
===========引用開始 
[1] 〘格助〙 
体言または体言に準ずるものを受ける。 

② 動作の起点を示す。中古に現われ、現代に至る用法。上代は、この用法としてはもっぱら「より」の方を用いる。時間的起点を示す場合と、空間的起点を示す場合とがある。 
⑤ (②の用法から転じて) 体言を受け、「…からはじめて」「…をはじめとして」の意を表わす。「からして」の形でも用いられる。→からして。  
===========引用終了 

 No.8の人は『広辞苑』をひいている。 
===========引用開始 
➊(格助詞) 
㋖最初だけを示し、後も同様であることを推量させ、強調する。「長―してこの体たらく」「うまい料理は材料―違う」 
===========引用終了 
 すでに2人も辞書をひいているのに、ほぼ同じ語釈をわざわざ別の辞書からもってくるのは何か意味があるのだろうか。先行コメントを読んでないのかな。 
 しかも説明中には「拡張」とある。語釈の場合は、『日本国語大辞典』にあるように「から転じて」というのが一種の慣用句。きっと例によって異次元の語釈なんだろう。無関係のことを「拡張」と呼んでいるのも見た気がする。そんなことが許されるならなんでもアリ。 

 これで一応解決するが、質問者が補足で鋭い手裏剣を飛ばす。  
===========引用開始 
「普段からメイクしない」人が「今朝もしていない」だったらわかるんですけど、 
その人は普段はしないメイクを今朝はしているわけですから、ちょっと違和感を感じました。 
===========引用終了 

 たしかにそのとおり。 
「普段からして(出勤時も)化粧しない彼女が、休日にするわけがない」ってほうがよほど自然だろう。なんて鋭い(笑)。 
 原文の場合は、「普段は」が素直だろう。「普段なら」でもいいけど、妙なニュアンスが加わりそう。 
 ではなぜ「普段から」にしたのか。 
 一番の理由は作詞家の「感覚」だろうね。歌詞なんだから、そこが最優先。 
 もうひとつ大事なのは「字数」。「普段は」では字数が合わなかったんだろう。「普段なら」「いつもなら」なら字数は合うけど……だから作詞家の感覚に合わなかったんだって。 

「普段から」はフツーに使われるけど、個人的にはかすかに重言のにおいを感じている。 
 だって「普段」で十分意味は通じるのに「普段から」にするんでしょ。「常日頃から」なら三重言だろうか。 
【伝言板 板外編5──重言の話3】 
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-59.html 
 以下は一部の抜粋(重言)。 
===========引用開始 
●「日ごろから」「ふだんから」は重言なのか 
「古来から」(「従来から」「旧来から」も同様です)が重言であることは、かなり古くから指摘されています。しかし、つい使ってしまうのは、見た目と語感の問題が関係しているのではないでしょうか。 
 次の3つの文を比べてみてください。 
  1)この重言に関しては、古来多数の識者が指摘しています。 
  2)この重言に関しては古来、多数の識者が指摘しています。 
  3)この重言に関しては、古来から多数の識者が指摘しています。 
 1)は「古来多数」と漢字が続くので見た目がよくありません(「多数」を「多く」にかえると、少しマシです)。「古来」の直後に読点を打ちたくなりますが、直前の読点と位置が近いことが気になります。かといって、2)のようにするのもヘンな感じです。3)のほうが見た目がずっとすっきりとしています。さらに問題なのは、「古来」よりも「古来から」のほうが語感がよいことです。読点の位置を意識しながら、1)~3)を音読してみてください。いちばん語感がよく感じられる(これも重言です)のは、3)のはずです。 
「日ごろから」「ふだんから」にも、似たような問題があります。「から」をとって「日ごろ」「ふだん」にしても意味がかわらないので、重言風の表現です。この2つ言葉の場合は「から」がついてもつかなくても語感はさほどかわらない気がしますが、「日頃」「普段」と漢字で書くと、「古来」と同様に見た目の問題が出てきます。 
 もちろん、見た目や語感がよいからという理由で重言を使うのは間違いです。しかし、本書で再三繰り返して(これも重言風です)いるように、多少ヘンでも語感のよい表現なら定着してしまう可能性があります。この場合は、「定着してしまう」ではなく「誤用がなくならない」とするほうが正確でしょうか。   
===========引用終了 

「から」というのは非常に便利で使い勝手がいい。 
 個人的には、「午後2時から会議を始めます」には異和感がある。 
「午後2時に会議を始めます」というべきだと思う。 
「会議は午後2時から始めます」も「会議は午後2時からです」というべきだと思う。 
 でも辞書類も「午後2時から会議を始めます」の類いを例文にしているから逆らう気はない(泣)。 
【【拡散希望】(笑)天下のNHKにパクられたかもしれない2 【板外編15】「カラ」と「ニ」の話】 
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1710.html

 

 

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