「どうもあいつの本心、本音が分からないんだよ」

 

「これから組織にとって雌雄を決する大切な戦いが待っているのに、やる気を感じないんだよなぁ~」

 

「あいつならこうした、厳しい提案に対して、どのような反応・態度を見せるか試してみようか?」

 

「あいつを追い詰める提案で、あいつの本気度を見ようじゃないか」

 

こうした会話は持たないにしても、つい、人の心をもてあそぶような言動や人を値踏みしてしまうのが私たちなのかもしれません。

 

人を育て支える事と、人を翻弄し、コントロールしてしまう事をいつの間にかはき違えて、人を苦しめる組織人のなんと多いことか・・・。

 

組織のリーダー的な存在として10年以上やると、だいたいこうした流れになってくることを私物化と呼びますし、独裁とも呼びます。

 

今、マスコミが取り上げているアマチュアスポーツの世界にもつながります。

 

 

実は私も組織の長として働いている時に、そうした組織のために人を当て込むことに苦心し、結局のところ管理の名に隠れて、多くの職員の人権や心を傷つけてきたことを深く反省しています。

 

要はパワハラということを気がつかずに、正しいことを行っているという思いで突き進んでいたといえるのでしょうね。

 

おいおい久保、急にどうしたのかって?

 

いやぁ、人の心より、教条主義的な組織運営が優先されてはダメだという事を、今、つくづく感じているのです。

 

人を大切にする人間でありたいと強く思った場面が、最近続いているもんでね・・・。