死に直面する時、人は人生が走馬灯の様に流れると云う。

酒田亮助は今、正にそれを身を持って経験しようとしている。

信号を守り侵入した深夜の交差点。

猛スピードで信号無視した車に横から追突され、酒田亮助の頼りない軽自動車は激しく吹き飛ばされている。

追突された瞬間から彼の視界に入る世界は、時が止まろうとしているかのようにスピードを落とし始め、もう何回横転したのかは判らないが、今は全てがスローモーションとなっている。

混乱はない。

死ぬことへの覚悟も出来た。

あとは全てが終わるのを待つだけ。

酒田亮助の精神状態はまるで清流のように、恐ろしく落ち着いている。

ぶつかって来た奴はどんな奴だ?

信号を守っていたのに、何故こんな目に会ってしまったのか?

これは間違いなく死ぬだろうな・・・。

一通りのことを考え終えた時、恐らく走馬灯とやらが始まる、と酒田亮助は実感した。

よくよく考えてみるとこれまでの人生で一番頭が冴えているかもしれない、と彼は思う。

幼かった頃の記憶から始まり現在に至るまで、まるでその瞬間その瞬間をやり直しているような錯覚に陥る程、鮮やかに記憶の波が押し寄せる。

こんなことがあったのか、と驚かせられるような記憶。

懐かしいな、と思える記憶。

何年も前に観た映画をもう一度見せられているような不思議な感覚。

死を目前にしているにも拘わらず、とても心地好い。

走馬灯とは「死」と云う全生物に平等に与えられた極限の恐怖から少しでも逃れる為に脳に搭載されたオプションなのだろう、と酒田亮助は思う。

この走馬灯が現在・・・、即ち車に追突される瞬間までやって来る頃、恐らく死ぬのだろう。

そんなことをうっすらと考えていたら、いつしか頭を流れる走馬灯は「現在」にカテゴリ分けされる時期に差し掛かった。

ここまで来るともう、特に楽しいことも懐かしいこともない。

殆どのことが最近の出来事で、新鮮味も何もなくつまらない。

仕事場で真面目な外国人バイト以外の作業服をズタズタ切り裂き、犯人に仕立てあげて追い出したこと。

友人の婚約者に合成した浮気写真を匿名で送りつけ破談させたこと。

近所の老人が可愛がっていた野良猫を殺し、その老人宅の庭に埋めたこと。

スーパーのお菓子やパンにごく微量の殺鼠剤を仕込んだこと。

自宅マンションの隣に住む独り暮らしの女子大生を部屋に監禁していること。

新しい記憶が頭を過る度、死が近付いて来ているのが判る。

横転している勢いも失われて来ているような気がする。

恐らく首の骨などが折れているのも酒田亮助は判っている。

自分の人生が終わりを告げる数秒前だ、と云うことを実感した酒田亮助は、生き埋めにされる人間の表情が観てみたい、と山に向かう途中だったことを思い出した。

拐って後部座席に放り込んだ女はどんな走馬灯を見ているのだろうか?

酒田亮助は生き埋めにされる瞬間の女の表情なんかよりも、その女の走馬灯を観てみたい衝動に駆られながら人生に幕を閉じた。