幽霊の存在を否定も肯定もしないが、世の中に沢山心霊物件での恐怖体験が存在している以上、湧き上がる好奇心を抑え切れず、人生で一度は自分自身で体験してみたい、と思うようになった。

しかしながら本物の心霊物件に入る度胸はない。

こうして心の片隅に好奇心を追いやり、普通の生活を営んでいたのだが、勤務しているイベント企画会社でとある企画がキックオフした。

その企画とは「心霊物件体験」。

企画書を読んだ瞬間、殆んど忘れて萎み切っていた好奇心が即座に肥大し、心が沸き立つのを感じた。

上司に懇願しそのプロジェクトに捩じ込んでもらったのを機に、この企画を絶対に成功させるべく働いた。

請け負った仕事内容はスポンサー探し。

プロジェクトの細かい企画内容までは把握せず、アウトラインだけを頭に叩き込んでスポンサーを探す日々。

一般的に考えると訳の判らないこのプロジェクト、スポンサーが一石二鳥に見つかる訳もない。

門前払いをくらう日々に辟易としたが、好奇心と情熱でそれらをカバーし、複数のスポンサーを獲得。

遂に実現が確定した。

あとはプロジェクトの企画と運営班の仕事を信じて待つのみ。

そんな中ある日、プロジェクトリーダーからこの企画の最終確認を兼ねたモニターになってほしい、と依頼された。

スポンサーを勝ち取って来てくれた功労者にこの企画の一番最初の体験者になってほしい、とのこと。

どんな心霊現象が用意されているのか、までは聞かされていなかったので、ユーザーにかなり近い位置で体験出来る楽しみもある為、勿論快諾。

こうして夢と情熱が詰まった心霊ハウスへの入居が決まった。

選んだのは全部で20部屋用意されている心霊ハウスの中で最恐の部屋。

心霊物件に住んでみたい、と云う長年の好奇心を遂に満たすことが出来るチャンスなのだ、最恐以外あり得ない。

価格は一週間の滞在で15万円。

いくら好奇心があろうと、普通ならば払うのを躊躇う価格の物を無料でモニタリング出来るのも素晴らしい。

そしてまるで子供のような胸の高鳴りを感じながらの入居日がやって来た。

舞台は古いアパートでありながら、家具等が全て揃った状態の1DK。

雰囲気がある。

自宅より良い間取りなのが少し癪ではあったが、いつからか始まる心霊現象への期待がその感情をすぐに吹き飛ばした。

休日の昼間に入居し、流石に初日の昼間からは何も起こらないだろう、と寛ぐ。

部屋着に着替え、買って来たビールを冷蔵庫に取りに台所へ行く。

すると突然テレビの電源がオンになった。

予想を裏切り真っ昼間からスタート。

テレビの電源が一人でに立ち上がるなど、ジャブ中のジャブ。

ビール片手に座椅子に腰を落ち着かせ、そのままテレビを観ながら、これが企画ではなく実際に起きたら恐いだろうなぁ、等と考える。

テレビに飽きたな、と思った頃にはテーブルにビールの空き缶が3つ、そして窓の外は薄暗くなっていた。

夕飯を調達しに行こう、とテレビの電源をオフにした瞬間だった。

真っ暗になったテレビモニターに映った自分のすぐ後ろに女の姿。

思わず声を上げ、後ろを振り返る。

誰もいない。

ドクドクと音を上げながら鼓動する胸に手を当て落ち着かせる。

冷静さを取り戻すと同時に心音も落ち着いて来た。

一体どんな仕組みなんだ、と考えながらこれから起こるであろう心霊現象に胸を躍らせた。

時刻は21時。

あれから心霊現象らしき物はない。

風呂に入ることにする。

ユニットバスなのでシャワーで済ます。

シャンプーをしている時、部屋の方から話し声が聞こえて来た。

どうやら次の何かが始まったようだ。

急いで頭を洗い流しいる時、更なる異変に気が付いた。

シャワーから出て来る湯が赤いのだ。

はじめはサビが混ざっているような薄茶けた色だったのだが、みるみる鮮血のように染まって行く。

ホラー映画でよく観る光景。

初日なだけあって定番の攻めかただな、と笑いがこみ上げて来た瞬間、風呂場の扉が外側からドンッと力任せに叩かれた。

流石にそれには驚き、ユニットバス内で軽く飛び上がる。

何度も何度も叩かれるドア。

ドンッドンッと規則的に叩かれる合間に、掠れた声・・・、唸り声で「殺してやる・・・」と合いの手のように入る。

仕組まれたことだ、と判ってはいるものの、反射的に鍵をかけてしまった。

扉を叩く音は次第に強くなる。

それに比例するように「殺してやる」と云う唸り声の憎悪、そして音量も増して行く。

あまりの恐怖に思わずしゃがみ込み、耳を塞いだ。

するとシャワーから出ていた鮮血らしき物は普通のお湯に戻り、それと同時に扉の向こうの恐怖も消え去った。

茫然自失。

身体中の力が抜けて行く。

初日から恐過ぎる演出に驚愕し、そのまま30分ないしは1時間、呆然とユニットバスの中で頭にシャワーのお湯を受けながら身動きが取れなくなってしまった。

仕込みだと理解しているのにここから動きたくない、と身体が言うことをきかない。

初日でこれなのにこれから一週間もここで過ごせるのか、と激しい後悔に襲われながら何とか立ち上がり、バスタオルで濡れた身体を拭き扉を開けた。

「殺してやる!!!」

扉の先の恐怖は去っていなかった。

血塗れで長髪の女が扉の横から包丁片手に叫びながら現れたのだ。

あまりの衝撃に声など出ない。

瞬時に跳ね上がり、その場で足を滑らせて全体重がかかった状態で便器に後頭部を強打。

視界はどんどん狭くなり、意識は真っ暗な沼の底へと沈んで行った。



・・・

・・・・

・・・・・

・・・・・・


「高部さん、これ大丈夫なんですか!?荒木くん、これ、死んでますよね・・・?」

血塗れで長髪の女は頭が割れて動かなくなった荒木を指差し、部屋に入って来た高部に震えた声でそう言った。

荒木の身体は冷たくなり、死後硬直も始まっている。

「良いんだよ、これで」

高部はタバコに火を点けた。

「これってひょっとして・・・、私が殺したことになるんですか・・・!?」

血塗れで長髪の女は今にも泣き出しそうで、且つ消えてしまいそうな声を絞り出す。

「大丈夫、事故だよ事故。打ち合わせした通りちゃんと対応するから、事故で処理されるよ。おまえは仕事してただけ。荒木も仕事してただけ。会社から遺族に労災が払われて終了さ」

高部は冷静にそう言った。

「社長命令だったんだ、今回のこれで損する奴や貧乏クジを引く奴なんていない。心配するな!」

「けど・・・」

「けども何もない!」

高部が声を荒げた。

「姑息に弱みを探って社員と会社を強請ってたコイツが悪い。因果応報だよ。敏腕営業だかなんだか知らないけど、会社まで強請ったのが運の尽きだ。限度を知らないバカなんだよ、コイツは。バカは死ななきゃ治らないって言うだろう?

高部はタバコを箱から出し、血塗れで長髪の女の口にくわえさせ、火を点けてやった。

二人が吐き出した紫煙はまるで死神の幻の様に、荒木の死体にまとわりつく。

「おまえだって強請られていたんだろ?こいつは社内で怨まれ過ぎだったんだよ。調子に乗って会社まで脅すなんて、うちの社長がどんな人なのか全く判ってない」

荒木の死体を見る高部の表情は冷たい。

「この企画の企画者、社長なんだけどさ、本当に恐ろしい人だよな。スポンサーを獲得させてモニタリングで事故らせて破滅させる。そんでもってあまりにも恐過ぎてモニタリングした社員が死んだって宣伝しろってんだぜ?こんなの絶対に話題になるだろ?バカな奴は消えてスポンサーは獲得、そんでもって企画は大成功!」

「けど今の時代、この企画を実施したら炎上しますよ・・・」

「バカだなぁ、おまえは。そんなもんすぐ別の炎上案件でかき消されて、恐怖マニアが挙って企画に殺到するさ!それくらいインパクトがある!やっぱうちの社長は大した人だよ」

高部は声高らかに笑った。

「しかしもうちょい頑張れよな。こんなすぐに死んじゃって・・・・。まだまだ色々準備してたのによぉ」

血塗れで長髪の女は恐る恐る顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。

「本企画はもっとマイルドにしますよね?」

「バカ!当たり前だろ!」

高部はスマホを手に、白けた表情で部屋を出て行った。



(了)