淡雪のような白い指先を組み合わせて姉は眠っている。

もう幾度呼び掛けようとも永遠に起きては来ない。

昨日身罷った姉は今は柩に納められ家族親族の弔いを受けていた。

幼い時から元気に走り回る姿は見たことがなかった。

いつも静かに庭を眺めたり大人しく手仕事をしている姿が姉の日常だった。

「姉々…」

小慵は呼び掛けて許荷月の組み合わせた指の間に白菊を一本滑り込ませた。

両親は華やかな色の花で荷月を飾りたがったが小慵は姉にはこの白菊が一番似合うと信じていた。

物静かで可憐な姉には香り高く潔い白菊が似合う。


父が訪れた親族から慰めの言葉を掛けられているあいだ、小慵は弔問客に線香を渡したり頭を下げ続けていた。

荷月の長い睫毛が弔う者の心に陰を落とし哀しみを誘う。

皆が口には出さずとも小慵には分かっていた。

弔問客達の想いは皆一様だった。

美貌がこれほど儚いものだとは。

叔父がしんみりとした口調で零した。

「惜しいなあ…荷月ならどんな大家にでも嫁げただろうに…これからと言う時に…惜しいなあ」

その言葉は親族の気持ちを代表していた。

小慵は自分の日に灼けて浅黒い指先を人に見られている訳でもないのに後ろ手に隠した。

母は泣き伏して倒れ葬儀の手配も人に任せて寝込んでいる。

これでこの商家の娘は小慵一人となったが、誰も小慵に慰めの言葉を掛けて来はしなかった。

葬儀の場でさえ小慵は孤独だった。


分かっている。

自分は姉とは似ても似つかない。

顎は張っているし目だって姉に比べれば細い。

似ているのは耳のカタチくらいなものだ。

姉の好ましい容貌は姉妹の扱い方に差を生んだ。

姉に接すると誰もが好意的になる。

贈り物や土産物の菓子は真っ先に姉に手渡された。

客人は姉の喜ぶ顔が見たいのだ。

無論姉は独り占めするような事はせず小慵に手渡してくれる。

そうなると小慵はなお惨めな気持ちになったがそれを気付かれぬよう屋敷の奥へとこっそり逃げてゆくのだった。

そんな許家でも小慵を気遣って優しくしてくれる者が一人いた。

二番目の兄の挧だ。

挧だけは二人に分け隔てなく接してくれた。

姉だけに特別声を掛けるでもなくごくごく平等に接していた。

小慵は家ではこの挧兄が一番好きだった。

家族の中で自分が浮いて感じられて仕方ない時は目で兄の姿を探した。

その次兄だ…。

長兄がむしろ冷静に佇んでいるのに対し

挧兄は今彼女の目の前で男泣きに泣いていた。

立って弔問客に挨拶する役目を果たしながらも滂沱と流れる涙を袖で懸命に拭っている。

弔問客もそれを見て心を動かされ、貰い泣きする者も居れば嘆く兄の肩を抱いたり背中を撫で擦ったりして慰めていた。


小慵だって姉の死は悲しいのだ。

けれど挧兄の流れ落ちる涙を見て自分の考えていた兄の姿ではない事に酷く落胆していた。

挧兄だけは自分の味方だと思っていた。

それなのに兄は隠せないほどに妹荷月の死を嘆き悲しんでいる。

違っていたのだ。

あれは自分の思い込みか、若しくは兄の憐れみだったのだ。

もし、これが自分なら挧兄はこれ程悲しんだだろうか…

いや、私が死んでも兄はこんな風に嘆かないに違いない。

そんな思いが沸々と湧いて来て挧兄に対する親しみの感情が徐々に冷たく凍りついてゆくのが分かった。


弔問客が一区切りつくと小慵は裏手の自分の部屋に引っ込んだ。

両親に叱られないよう手伝いの女中に昨夜から寝ていないので気分が悪くなったと言い繕った。


その夜、線香の香りと紙銭の煙が屋敷中に漂うなか、小慵は両親がひそひそと語り合う声を聞いた。

母の声は憔悴しきっていた。

「あなた、例の仲人に断りませんと…」

「ああ、そうだな。こんなに急に亡くなるとは思わなかった。だがな、その事は心配するな…実は徐家の若様が戦地から帰って来たが瀕死の重傷らしい…先方だって側室選びどころじゃない…この話はきっと流れてしまう…」

「そうですか…どのみち荷月の事は知れ渡るでしょう。仲人は耳が早いですから…」


姉には縁談があったのか…

小慵は胸のうちが震えた。

姉は誰の妻にもならない先にその生命を散らせてしまったのだから。


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