大姉上の十一娘への賛辞を聞いて二姉の表情は険しくなった。

「陶乳母」

元娘が呼ぶと陶乳母は三人の前に玉佩を載せた盆を運んで来た。

「好みが分からないけれど、この三種類の玉佩なら気に入ってくれるかしら?一人ひとつづつ選んで頂戴」

二姉が話していたのはこの事のようだ。

「感謝します、大姉上」

十一娘は五娘と顔を見合わせた。

大夫人も勧めた。

「さあ選んで…遠慮せずに。姉上の厚意よ」

二姉が五姉に振り向いた。

「五妹、選んだら?」

「姉上こそお先に」

「じゃあ遠慮なく…」

二姉は白い玉佩を選んだ。玉佩には文字が刻まれていて二姉は読み上げた。

「喜上眉梢です」

「そう、良い兆しね…さああなた達も」

五姉は多子多福が彫られた黄色の玉佩に手を伸ばした。

ところが二姉が横合いから咳払いをして警告した。

その玉佩は選ぶなと云う意味らしい。

仕方なく五姉は緑色の玉佩を手にする事になった。

「五妹は何を選んだの?」

大姉に聞かれて五姉はしぶしぶ答えた。

「吉祥如意です」

二姉は勝ち誇ったような声を出した。

「じゃあ十一妹は多子多福ね!」

その目は企みに満ちて底意地が悪かった。

その瞬間羅大夫人は元娘と意味ありげに目を見交わした。

元娘は褒めた。

「多子多福とは縁起がいいわ」

十一娘は自分にこの玉佩を選ばせた二姉の真意が何処にあるのか訝ったが先ずは大姉に感謝を表すのが先決だ。

「有難うございます大姉上、本当に嬉しいです」

後の二人も続いた。

「感謝します、大姉上」

元娘は微笑んだ。

「気に入ったようね」

妹達の面会は此処で終わりだと大夫人が告げた。

「では下がりなさい。大姉と水入らずで話がしたいの」

「はい、失礼します」

三人は一様に腰を屈めて挨拶をすると退出した。


羅大夫人は娘ににじり寄り尋ねた。

「どう思う?」

「二娘は勘付いているわ。諄を託される女子は多子を望まれて居ないと。だからあの選択をしたのよ。小賢しいわね…」

継室として徐家に入ればいずれ夫の子が産まれる。

その子は嫡子となる。

その時万一腹を痛めた我が子を世子にと野心を持てば幼い諄は追い落とされてしまう。

それだけは許さない。

二妹の気性は分かっている。

欲深いところがある事も。

元娘には二妹より純粋で落ち着きのある十一娘に任せたい気持ちがあった。しかし彼女には未知の部分がある。

元娘は一呼吸置いて十一娘に触れた。

「十一娘に関しては…あれだけでは分からない。もう少し様子を見るわ」

大夫人は頷いた。


「旦那様のお戻り〜」

丁度その頃春日宴の賑わいを避け脇門を通って戻った令宣が居た。


庭を散策する許しを貰い十一娘と五娘は先程の姉との面会について話していた。 

「五姉、姉上の病は…」

五姉が漏らした。

「大姉上の病状、思っていたより深刻そう…」

十一娘も姉の病状に不審を抱いていた。

齢の離れた大姉は十一娘が幼い頃に嫁いでいった。

嫁ぐ前の綺羅きらとした姉上しか覚えていない。

特に身体が弱かった覚えもない。

「何故長患いになったのかしら…」

それが疑問だった。

五娘も疑念を抱いていた。

「徐府なら優秀な医師を抱えている筈よ」

いくら考えても徐家の内部に関わること。

疑問に答えは出ない。

「それにしても…」

五姉は言葉を継いだ。

「二姉は変よ!何時だって自分が最上を望むのに喜上眉梢を選ぶなんて。吉祥如意でも多子多福でもなくね」

五姉の云う通り十一娘も先程の二姉の不自然な態度に違和感があった。

私に多子多福が渡るよう仕向けた。

二姉は妹に花を持たせるような優しい女子ではない。

だとすると多子多福がむしろ二姉にとっては不利な条件になると考える他ない。

「多子多福…」

十一娘は考え込んだ。


蓮房は令宣の帰って来そうな門の辺りを一人彷徨っていた。

その時背後に臨波と令宣の会話が聴こえて来た。

振り返った蓮房の顔は喜びに輝いていた。


「侯爵、劉勇は福建に戻っていません、もしや」

「都に潜伏していると?」

「確かな証拠はありませんが複数の情報が…侯爵はもうご存知でしたか?」

「朝廷に協力者がいなければ逃亡は不可能だ…福建でなければ都の協力者の元に潜んでいるのだろう」

臨波は約束した。

「城門に網を張り必ず捕らえて見せます」

令宣は臨波が劉勇達を逃がした責任を取ろうとして逸る気持ちを鎮めようとした。

「あまり警戒させず黒幕を探れ」

黒幕は分かっている…。


愛しい令宣兄様の声が聴けて私は幸せだわ。

蓮房は夢見心地で令宣達の前に姿を現した。

 「侯爵…」

令宣は突然現れた蓮房に驚いた。

「蓮房…何故此処に?」

今日は春日宴。

女達は大広間に集っているとばかり思っていたのに何故此処へ。

臨波と照影は気を利かせた。

「侯爵、私はこれにて失礼します」

「旦那様、私も用事が…」

二人とも蓮房が令宣に執心しているのを見て知っている。

知らないのは侯爵だけだと思っていた。

だが令宣は仕事の会話を遮られるのが嫌いだ。

「蓮房、客間に辿り着けぬのか?誰かに案内させよう」

この屋敷に通い慣れている蓮房が客間を知らぬ道理はないが今から彼女にまとわりつかれても困る。

令宣にさりげなく袖にされても蓮房は微笑みを絶やさなかった。

「道に迷ったのではありません。杏の花が美しく咲いていると聞きましたので紅杏枝頭 春意騒ぐ…を感じようかと参りました」

一緒に花を観に参りましょうと水を向ける。

令宣はそっけなかった。

「それなら風雅の時を邪魔はせぬ」

「あ!侯爵…わたし」

背中を見せて去って行こうとする令宣を追いかけると衣の裾を踏んで前のめりにつんのめった。

令宣が咄嗟に助けたので転ばずに済んだ。

「大丈夫か?」

蓮房は令宣の胸にすがって離れがたかった。

(お兄様の薫りがするわ…)